第3話〔貴方は あのその斬られたい ですか?〕③
「ドコと聞かれても……――」
――そもそもこの人、タンスの引き出しから……――というか、なんで騎士の恰好を、しかも剣まで――……常識的に考えて、今、目の前でオカシナ事が……――。
「――なにがどうなってッ」
座っていた椅子が倒れる勢いで立ち上がり、後退りながら相手の方を見、声を張るも気持ち上擦る。
「え? 何、え? 何々、な――何ですッどこですっ」
と、周囲をキョロキョロし出す相手の姿に、何故か心が落ち着く。
「いや、そちらのことですけど……」
「ぇ。――私?」
真っ直ぐに頷いて返す。
「ぁぁ、私の事ですか。――急に言うものですから、驚きました」
「ス、スミマセン。少しずつ、状況が理解できてきたみたいで……」
倒れた椅子を元に戻しつつ、相手の方を見て、言う。
「それは無理もありません。突然の事で色々と頭が混乱しているのでしょう。かく言う私も状況がイマイチつかめず、どうしたものかと――って、ナゼ貴方にその様な話をしなくてはイケないのですかっ」
テーブルの上を両手で打ち、前傾した姿勢で、相手が声を上げる。
別に頼んだ訳ではないのだが。
「――あの。一旦、落ち着きませんか?」
「私は、至って冷静です」
「ええと、そうではなくて……一度、今の状況を整理しませんか? そちらが必要なくても、自分はそうしてもらえると助かるんで」
「……――分かりました。わ私は、しなくても問題などありませんが、貴方が助かると言うのなら、救うのは騎士の責務です」
「はい助かります。一先ず、お互い椅子に座って、話をしましょう」
――で、警戒した態度を見せつつ、先ほどまで座っていたテーブルを挟み対面する席に相手が着席する。
「それで、どの様なお話をされるのでしょうか?」
かなり協力的な姿勢からして、この状況を望んでいたのは自分だけではなかったのだと気づく。しかし話の腰を折るのは避けたいので、黙っておく。
「順番に、質問しませんか? そちらからして、答えたら交替しましょう。返答できないものはカウントしないやり方で」
「……――分かりました。私は一向に構いません」
ム、カウントで伝わるんだな。まぁ見た目は英国人だし、これまでの会話は大体成立してるから、変ではないか。
「それでは、お聞きします。ここはドコでしょう?」
「大きく言えば、日本です」
「……ニホン? それは、いま居る国の名前でしょうか?」
「はい、そうです」
いまのは二回質問した気がする。が、細かい事は気にしないでおこう。
「答えたので、こっちの番です。ええと――ジャ、ジャグネスさん? は何者ですか?」
「アリエル・ジャグネスです。先ほど言った様に、メェイデン王国の騎士団に所属する、騎士です」
「すみません、聞き方が悪かったです。ジャグネスさんは、何の目的を持っている方なのかという質問です」
「目的、ですか。そう、ですね。……詳細を、お話する訳にはいきませんが、ある人を探す為に、こちらの世界へ来たとだけ言っておきます」
「要は人探し、ですね。分かりました。質問をどうぞ」
次は、こちらの世界、という言葉が示すところを聞こう。
「では――えっと、貴方は……」
「あ。スミマセン、名乗っていませんでした。自分は、水内、洋治です」
「そう、ですか。ではヨウと」
「好きに呼んでください」
「分かりました。――ヨウ、貴方はどの様な身分の方なのでしょう?」
「ええと。一般的な……市民と、思います」
「要するに庶民ですね」
「そうですね――」
――なんだろう。そういうのを気にする人なのかな?
「そう、ですか。できれば国王との謁見を頼める役職か近しい身分であれば幸先はよかったのですが。そう易々と事は運びませんね」
そもそも国王なんて居ないのだが。
「たぶん無理ですよ、それ」
「その様ですね。――貴方の質問を、どうぞ」
なんかガッカリされてるんですけど。
「……――ええと。さっき言ってた、こちらの世界というのは、どういう意味ですか?」
「そのままです。私は、ベィビアと呼ばれる世界から、こちらの異世界へ、来たのです」
見るからにやる気の削がれた顔で、悄然と相手が答えを返す。
「……それ、冗談ですよね?」
「私はふざけてなどいません」
バカな。いやしかし、今日日、宇宙人だの超能力者だのが頻繁にテレビ出演をする時代。そういう妄想癖を持った人が存在していてもオカシクはない。けど、引き出しから出てきた事実をどう解釈すれば――……本物? いやいや、そんな訳はない。けど――。
「ぁ、あの……?」
――……まさか手品? だとしても何故この家に出てくる。――……ドッキリ? いや、それだと自分を狙う理由が全くない。なにせ、そういうのとは無縁の。
「あの、ぁ……――わ、私を無視しないでくださいッッッ!」
突として耳をつんざく声量、そしてテーブルを叩く衝撃音。更には角部屋唯一の隣人から壁越しに音の忠告まで受けた後、ミシミシと軋む食卓の揺れがおさまる。と、静かに相手が口を開き――。
「――ぁ。かっ、壁の向こう……――まさか、トロールを捕らえているのですか……?」
「そんな聞くからに危険な生物は居ません」
次いで、立ち上がり剣の柄に手をかけていた相手を着席させる。
「すみません、ちょっと考えごとをしていて。――なんでしたか?」
「え? あ、確認のため、聞こうと思い……ま、まあ、聞いたところで、返る答えは知れているでしょう、けど――……暗号の解読が出来る人物の、心当たりはありますか?」
「全くないです」
「やはり、ですか――」
――ガッカリして、相手が項垂れる。
感情が表に出るタイプだな。
「――ちなみに、どんな暗号ですか?」
「……――見てみますか?」
「いいんですか?」
「内容が分からなければ、見ていないのと同じです」
――まあいいか。
腰周りに付けた袋から折り畳まれた一枚の紙を取り出し、どうぞ。と相手が自分に差し出してくる。紙を、テーブルの中央で受け取り、手元に寄せて開く。
「こちらの世界へ来る直前に、預言者様からいただいた物です。探し人の居場所を記したものらしいのですが、内容を理解できず。貴方の知人に解読出来そうな人物でも居ればと思い、聞きました。しかし望みは、なさそうですね」
開いた紙の真ん中に横一行――○○市○○区……――五〇四号室。
ム? ――……見たことが? いや、ここの住所ッ? しかも隣ッッ?
「もう、いいですか? そろそろ返してください」
「……――隣ですね」
「トナリ? ――どういう意味でしょう?」
「この紙に書かれている場所は、いま居る、この建物です。で、探し人は、隣の部屋に」
「それは、どういう意味でしょう……?」
「……――要するに、ジャグネスさんが探してる人の居場所が分かりました」
「なる、ほど。しかしそれだけではハッキリとした場所ま……で? デ、デェエエええええっっ?」
なに、この遣り取り。