第150話〔知りたいから そばに居るのよ〕①/外伝“挙式”
【補足】
時系列は三章と四章の間“挙式”の話となります。m(_ _)m
向こうから帰ってきて一週間後、とうとう挙式日は来た。
自分なりに準備もし、やれる事はやった。
しかし異世界での結婚式、形式など分からない以上、大半は任せるしかない。
ただその辺の事は特に何も思っていない。
まぁ仕方ない、と思う程度。
どのみち当日になれば予期せぬ問題が発生したりする訳だし、後が疲れる。
全てはなるように、そう構えていた。
これは……何だ?
何故こうなったと言わんばかりの気持ちで、預言者を見る。
ある程度の事は覚悟していた。が、これは予想外――というか。
ジャグネスさんはどう思っているんだと、目を向ける。
――凄く喜んでいた。
瞳をキラキラさせ、これから着る予定のドレスを嬉しそうに眺めている。
「喜んでいただけたみたいで、なによりです」
悪びれる様子もなく、横に居る預言者が溢れんばかりの嬉しさで純白の衣装に心を奪われている私服姿の女騎士を見つつ言う。
確かに完成品としては非の打ち所が無い。
しかしだ。
「……――何故、五着もあるんですか……?」
無論、新婦は一人である。
なるほど……。
一応の説明を聞き、話の流れは分かった。がだ。
「つまり製作する過程で少なからず余ってしまう布で作った、と」
「はい、素晴らしく明解です」
「……――にしても、偶然余ったにしては、多すぎませんか……?」
しかも新婦分は分かるとして、他にまでドレスを飾るスタンドなどが付いている内容は最初から用意されていたとしか思えない出来栄えだ。
疑う訳では――いや、疑うが。と、ニコニコ自分の質問を流そうとしている相手に。
「もしかして何か目論んでますか?」
途端にギクッといった感じで。
……わざとらしい。
「おお、そうでした。フェッタちゃんはうっかりとしておりました。――お手伝いをして、いただけますでしょうか?」
これまた大層な素振りで預言者が言う。
フェッタちゃん……。
「……何ですか? 急に」
「はい。ここだけの話なのですが、本日の挙式に際して必要な物を取りに書庫まで行かねばならないのです。しかしながらこれより着付けの作業があり、代わりの手間となっていただけると大変に助かる次第です」
なるほど。――というか。
「書庫? そんな所が在ったんですか?」
「無論ございます」
聞いといて何だが、そりゃそうか。――なので。
「場所は?」
と、傍目に喜ぶ女騎士を捉えつつ、行き先を尋ねる。
朝早く前日に指示された部屋へと訪れたのち、預言者に頼まれて向かった人気のない所。
ふム……。
間違ってはいない。扉の上には書庫と札に掲げられている。
しかし、こんな所あったんだな。と、それなりに知ったと思っていた城内の未開に、手を掛ける。
パタンと静かに扉を閉め、室内を見渡す。
基本的に他の部屋とはそう変わらない。
ただ当然の事だが、外から見た感じよりも広い部屋の中には沢山の棚に入った本が並ぶ。
しかし書庫と呼ぶには少々物足りない気もしつつ、意外に手入れはされている内部の均一な棚の側面、棚番を先刻受け取ったメモ紙と見比べつつ確認していく。
――ぉ、あった。
ここか。と次いで棚の前に立ち、指定の物を手に持っている要点を基に探す。
そして滞る事無く見付けた。
流れ的に用が無くなったメモを上着の胸ポケットに入れつつ、棚から出す前の背表紙に指輪の光を当てる。
先日といっても一週間ほど前にはなるが、失った新型の代わりにと渡された物。
無くなる前の物であれば光を当てなくてもよかったのに――と。
間違いがないことを確認し終え、本を手に取る。
と何処かで音が鳴った、ような気がした。
……気のせいか?
次いでその場を後にしようとした矢先、再び物音がし。
誰か居る……?
恐る恐るに部屋の奥――棚の陰になった所で見付けた人らしき影へ近づく。
左右できっちりと揃った毛先、全体的にぱっつんと形作られた丸みのある髪はそれでいてふんわりとしている。
僅かながらスゥースゥーと聞こえてくる呼吸。
というか、寝てる……?
何故こんな所で。それに――。
見るからに小奇麗な恰好、まるでパーティにでも行く装い。ただ。
――この腕輪は確か、騎士の……?
普段から見慣れた輪の存在に気付き、なんとなくの素性を予測する。
と、棚の陰で草臥れた様に眠っている謎の人物に集中する余り、手の本が滑り。
あっと床に落ちる本をその直前で偶さか掴み取る。
ふぅ、危なかった……。――ん、あれ?
ほんの一瞬、目を離しただけ。
途端若干前のめりになっていた後頭部に固く尖った何かがコンと当たる。
「何者ですかね? ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ」
あ――ひょっとして、また始まる……?
「とんだ不祥事を。まさか騎士団長のご亭主とは思いませんでした」
ややこしい事になるのではと心配した不安を打ち消す落ち着いた態度で、オカッパ頭が下げられる。
「いえ……自分も、先に声をかけていればよかったと思いますし」
「――ほう、つまり静かに近づく企みがあったと?」
ぇ。
「い、いやっ、そういう事情では……」
「はい、今のは私なりの冗談ですね」
「はぁ……」
なんだろう。――変に取っ付き難い。
「それで、ご主人さんはどうしてこちらに?」
ム。
「預言者様に頼まれて、これを」
と手に持っている本を相手に見せる。
「儀式書? ああ、本日の形式ですね」
「ええと。はいそうです」
形式って、変わった言い回しだな。
「しかし本番はこの後ですが、あの方にしては準備の悪い。何か、裏はありますかね?」
ム。
「裏? 何の事ですか」
「またまた、ご主人さんならお分かりのはずですが」
何の事だ?
「……まあそうですね、気にしないでください」
しかし話を振ったのはそっちなのだが。
「では時間も時間、向かいますね」
そう言って、気に留める様子もなく、部屋を出て行こうとする。
「ぇ、待ってください。一体どこに……?」
そしてピタリと止まり、凛とした毛先を伴って相手が振り返る。
「何処? ご主人さん、そんな大ボケを騎士団長の前でかましたら、いつか刺されちゃいますよ」
イヤなんでよ。――というか。
「……あの、失礼ですけど、誰ですか……?」
そろそろ教えて頂きたい。
「これは気が付きませんで。私は、メェイデン王国騎士団で騎士団長補佐をしているルシンダ、と申します。以後勝手に覚えちゃってくださいね」
なぬっと――。
いろいろとツッコミたいところはあるが、まさかの自己紹介に。
「――騎士団長補佐……?」
つまりそれって。
「はい。アリエル・ジャグネス騎士団長には平生からお世話されたり、したりです」
したり……?
また変わった言い回しだが。
「そうだったんですね。今まで一度も見掛けた事がなかったので、すみません」
「当然ですね。私、つい最近まで休みまくりでしたから」
「そ……うなんですか?」
「はい、一年くらいは帰省してました」
また長いな。
「ぁ今長いって思いましたよね?」
ぇ。
「まぁ――」
――……なんだ?
しかしそれ以上は何も言ってこない。
「……あの、何か気に障る事でも……?」
「はて、何の事でしょうかね?」
――なんだろう。凄く、接し難い。




