第143話〔ジャグネスさっ〕④
「まったく、じゃからワレのモノになれとあれほど忠告したんじゃ」
嫌味な感がある声色で、見た目光る球の女神が告げる。
いやいや。
「……ソレと現状は別なんで」
――それよりも。
「と言うか、今のはどういう意味ですか……?」
「なにがじゃ?」
「……――命を、譲るとかなんとかって……」
「ウむ、神の命でもってソナタを蘇らせる。と言ってもまだ完全には死んでおらんがの」
いやいやイヤ。
「そんなコトが出来るんですか、と言うか出来てもいいです」
「うム。となれば早速じゃな」
そっちの“いい”じゃない。
「じゃなくてっ、代わりに生き返るつもりはないってコトです」
「なんぜ?」
「……――神様を代わりに生きるほどの価値は、ないので」
「案ずるでないぞ。これは、スズキーの願いでもあるのじゃからな」
鈴木さんの……? いや。
「だからって、身代わりになる事では。第一これまでの、加護はどうなるんですか?」
「一時的に無くなるじゃろうな」
……一時的。
「どういうコトですか?」
「そのようなコトはどうでもよい。まずもって、時間がないからの」
ム。
「時間……?」
「ウム。ワレの力もそう長くは持たぬ、早うソナタを救わねばの」
「いや、だからそれは」
「してヨウジよ、ソナタはワレとの約束を覚えているかえ?」
ム。
「約束……?」
「此度の政、ワレが勝てばソナタを得るという申し合わせじゃ」
全くもって正当な話し合いで決まった訳ではないが――。
「――それは、まぁ」
先ほど嫌味っぽく言われたばかりだし。
「では約束通りに、貰うぞよ」
ぇ。
すると一体なにをと思う自分に示す様、キラびやかな球体が前に来る。
「……何を?」
「約束は約束じゃ。褒賞が無い以上、別のモノで代用する」
それってまさか。
「待っ」
瞬間、制止を告げるより早く、目の前に来た球体が上へと昇る。
ぁ――。
そして何処と無く不安を抱く事のない感覚のまま、消えていった。
――れ?
なんだろうか、この感じは。
「うむ、これでちゃんと鬼娘の方は返したぞよ」
ムと視線を下ろす。
「何を……したんですか?」
「べつになにもしとらん。予定していた事をし遂げただけじゃ」
しとげ……?
「但し器は投げ出して来たからの、後の事は知らん」
「……――よく分かりませんけど。もう約束と言うのは済んだんですか?」
「まだじゃ、今のはワレの取り決めを全うしたに過ぎん。次は、そちらが果たす番じゃ。ソナタの命に代わる、大切なモノを貰う。よいな?」
いいも何も。
「一体なにを……?」
「言うまでもない。これを、ワレのモノとする」
と言われて動きがあってから気付く、その小さな一粒の光。
「……それは?」
「新たな女神じゃ」
へ。
「次はワレみたいには成らん様に施す。じゃがこれより一年は蘇生の加護がない故に精々気を付けよ」
いやいやイヤ。
「ちょっと待ってくださいっ。いきなり、勝手に話を進め過ぎでは……」
「当然じゃ。ワレは、この世界の神ぞ?」
それはそうなのだが。というか、何故に問い掛けてくる。
「……新しい女神って、女神様はどうなるんですか……?」
目の前に居る現在の女神を単純に心配し言う。
「一部は新たな女神の成長を見届けるまでは残る。じゃがそれも数年で帰還を余儀なくされ本来の枠内に戻ろう。後は大半が人としての輪廻に遵うのみ、要は――知らん」
最終的にブッチャケた。
がその上で、気になった――。
「――大半と言うのは?」
「我らの慕う、この魂だけは例外じゃ。全ての事を成し憔悴した後は行く場所なく、消えるのみ」
我ら――いや、それよりも。消えると言うのは、――ム?
相手の表情は見えていない、というか無い。が何故か雰囲気的に変動を感じる。
「なしてソナタが知っておるのを分かったのか、気になったじゃろ?」
ム……。
「大方フェッタの奴から聞いておったのじゃろ」
「……知ってたんですか?」
「いいや知らん。ただの勘じゃ」
神様の勘……。
「あの者達には長く、散々だったからの。分かってはおったが、憖には扱えん」
何の事を? とは二人の間柄を多少知っているだけに、半端な気持ちでは聞けない。
「なぁヨウジよ、ワレはよき神だったと思うかえ?」
ム。いや――。
「――知らないです。自分はまだこっちに来て、日が浅いので」
「なるへそ」
ちなみにこの場合のヘソとは、火床の事を言い換えた言葉である。
と、そんな理解はどうでもよく。
「やっぱりそういうのって、気になるものなんですか? 神様でも」
「なるじゃろ。支持率は大事じゃぞ」
中間選挙も何も無いのに。
「じゃがそれも終い。今後一切、神が悩む事はない。本当機械的な方が楽なんよ」
正直に返す言葉が見つからない。
ただ――。
「女神様は“本当に”それで、いいんですか……?」
――聞きたい、本心を。
相手が表情もない、ただの球だとしても――其処に在る、確かな魂を見詰める。
「とうに我らは、本来ダレが女神であったのかも忘れてしもうた。此度の事も度重なる自問自答の末に起きた騒動……。しかしじゃ、何が正しかったと思うより、もう一度」
スゥーと話す光が薄れていく。
ぇ?
「……ソナタと見た、あの赤紅色の日差し……せてやりたか……の……」
消えた。
何の前触れもなく薄れ、忽然と光の球が消え失せる。
ええと……――で、どうすれば……?
面白味がないと言われた光景の内、独りぽつんと佇む。
***
「久方振りに会うたというのに、まことツレぬ奴だのぉ……」
着地の衝撃にて低くなった場で胡坐をかき、今しがた飛んできたばかりの高所に目を向ける大男がガッカリした口調で呟く。
そして出来た小さな窪みに残っていた塵が風で掻き消え、漸く気付く。
「ぬ? おお、居たのか。――片割れはどうした?」
近くでちょこんと正座をしていた双子の一方に王が問い掛ける。
すると、すっと上がる腕が高台のある方を指差す。
「――……今からでは何も残っておらんぞ」
やや不満気な表情で告げる。
途端、組んだ大男の足元で何かがモゾっと動く。
「ぬ? おお、……何をやっておるのだ?」
見た結果として伸し掛かってはいないものの、衣服を押さえられ息苦しそうにしている老人を解放することなく問い掛ける。
「アホっ早、退かんか!」
「なんだ口の悪い爺だの……」
「オマっホはッ」
ひょいと衣を踏んでいた片側の膝が上がり、発声していた勢いのまま老いた体が急遽脱したのち激しく咳き込む。
「ゲゲホっホゴゲガ、ホボボボッボ」
「無事か……?」
「――な訳、ゴホ……ある――カホッ」
「……ワシの足元で、何をしておったのだ?」
「ダレが、主の足――」
――老いた魔導師が思い出し、呼吸を整える間も置かずに向こうの大地に目を遣る。
其処は時すでに遅し、迫り上がる歪みに因る崩壊が始まっていた。
*
不意に横から聞き覚えのない声、ちらっと見えた指先が方向を示す。




