第142話〔ジャグネスさっ〕③
咄嗟に受け止めた体をその場に寝かし、恐る恐るとホリが手を引く。
次いで黒髪の少女が恐々とした声を上げ、しがみ付く様に意識のない上体を揺らす。
「イケませんっ!」
と出てきたフェッタが瞬時に状況を把握して動揺する少女をやや強引に離す。
そして傍らに身を屈して見る有り様におずおずと触れ、原因となる突き立った刃の先へと目を向ける。
其処に急ぎ駆け付けた赤い少女が肩で息をしながらフェッタの反対側に居たホリを跳ね除け身を置く。
「――なんとかなるわよねッ?」
一旦は落ち着いたものの、何も動きを見せない二人を見て再度不安で少女の声が上がる。
しかし傍らで見ている二人からの返事はない。
ただ、何かをしたいという雰囲気で手を震わせているボロボロの衣を着た最も年代の近い相手の表情を見て、無意識に花子の顔が女騎士の方を向く。
「メンド神! アンタわたしに恩があるんだから、なんとかしなさいよっ!」
***
先に向かったエリアルの後に続こうと、疲弊した体をそばに置かれていた自身の剣を用いて無理矢理に立ち上がらせたユーリアの隣に女騎士がやって来る。
「……大変なことになっちゃったわね」
非常に弁明のない態度で告げる。
その横顔を見てユーリアは――。
「戦闘中の過失は事故です……、まずは処置を先決します」
――どこか強張っている様に思う。
「そうね。私の出番は、もうおしまいね」
その言葉も、やはりどこか緊張している。
すると皆が集まっている向こうから叫び声にも聞こえた、お呼びがかかる。
途端に張り詰めていた気持ちが解けるような表情をして――。
「――この子の体をお願いね、タルちゃん」
言って女騎士がふっと糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちる、のを杖代わりに持っていた剣を手放しユーリアは受け止める。
と同時に、その体から抜け出た白く輝く光の球が皆の待つ方へと向かっていった。
***
失血している量は然程。
それよりも、左の胸に突き立った刃が問題である。
「ね、とりあえず止血するとか、できないの……?」
フェッタのそばで、滅多に見せない不安気な表情をしている少女が刺さる剣を凝視したまま何もせずにじっと場を占める二人の顔を交互に窺い問う。
「……しかしながら、このように深く刃が突き刺さったままでは如何様にも……」
当然無闇に抜く事は速やかな死を招く。
だからといって、何ら処置をせず放置すれば結果は殆ど変わらない死因となる。
けれども適した治療法が見当たらない。
そんな二人と、落ち着かない少女の間に突如――仰向けに倒れる体の脚を跨ってホリが立つ。と躊躇なく胸に刺さった剣の柄を両手で掴み。
「これを抜けばいいのですねっ、――このくらいならワタシでも!」
「お待ちなさいッ」
え、となるホリ――だが騎士の力を以て動かされた剣はいとも容易く引き上げられ。
「ぁ、抜けてしまい――どわっッ? なにかドクドクした物が剣の先にってあアッ?」
これまでに蓄積していた分に加えて新たな衝撃を受けた刃が根元からポキッと折れ、その先に付いていた臓器ごと地面に落下し、ぐしゃりと――皆の前で赤黒く広がる。
次の瞬間、各々の感情が動き出すよりも先に。
「ええいッなにをやっておるっ、どきんしゃい!」
突っ込んできた光の球が皆で囲む今まさに死する肉体と接触する。
途端――世界が灰色に染まった。
*
ん? 一体なにが……起こった?
なんとなく、覚えているのは胸の辺りを中心に受けた衝撃とその後の僅かな記憶。
その内容を冷静に辿っていき。
確かになった情報の元、思わず左胸に手を持っていく。が――。
ぇ? あれ? なんだコレ。
――其処にいつもの体は存在せず、手応えも全く無かった。
どうなって……?
全体的に見て、まるで靄の様だ。
動かせば応じて動く、が感覚というか感触はない。
全身薄らとしていて服も着ていない。
そして寒くは――ましてや暑くも、ない。――で。
……ここは?
一旦、自分の状況は保留して周辺に目を向ける。
遠くまで見える澄み渡った空。
視界の下部、足元は白い雲みたいな流動物が絶えず見える範囲の地表を全て覆っている。
これって……もしかして。
「ソナタの死に対する情景は実に、盛り上がりに欠けるのお」
いや、そもそもテンションの上がる事ではないと思うのだが。
と声のした方へ向く。
次いで、予想どおりフヨフヨと浮かんでいたバレーボールほどの光球に。
「やっぱり死んだんですか?」
――質問をした。が一向に返事はない。
ム……?
聞こえてなかったのかなと再度、問い掛けようとした矢先――ぐんと光の球が顔の前に迫り、凄い勢いで。
「己が何をやってしまったのかをソナタは正しく理解しておるのかえッ?」
パッパパッパと発光や点滅を激しく繰り返す。
ぇ? え?
「前世の頃から間抜け要素があるとは思っておったが、今回ばかりはフォローの甲斐がないわいっ!」
エエ、……なんかスミマセン。――けど。
「いや――けど、いきなりだったので……」
「ええい言い訳がましいっ、いきなりも耳鳴りもないわ!」
意味が分からン。
「……どうして、そんなに怒るんですか……?」
どちらかと言うと被害者は自分だと思うのだが。
「阿呆ッ今日という日は女神を喜ばせる潮時であろうっ。――だというのに死してどう笑いに繋げるかッ? 完全なる失敗じゃろ!」
いや、別に体を張った訳では。
「……わざとではないですよ?」
「あたりまえじゃっ!」
ムム。
死ぬのは自分なのに――なんで。
というか……死ぬのか?
なんだろう、急に。
「ヨウジよ、ソナタはあの女達を放って逝くのかぇ?」
あのモノ達……? ぁ――。
「――放っておくと言うか、そもそも自分が何かをしていた訳でもないので」
突然の事で申し訳ない、とは思うけれど。――ただ。
「鬼娘はどうするのじゃ? なにも告げず、無視をするのかぇ?」
勿論そんなつもりは全く無い。が。
「けど、どうしようもないのでは……」
すると突として後ろへ僅かに引いた光球のそばに煌びやかなピンポン玉ほどの球体が小さな一粒の光と共に現れた。
それは以前に見せてもらった、魂の。
「憶えておるかえ? 此度の杯でワレが勝てば何を得る次第じゃったのかを」
「それは、まぁ……」
しかし何をもって勝敗を決める予定だったのかが一連を思い返しても全く分からない。
「ほんに途中までは順調じゃったというのに……進行を妨げられ、剰え褒賞たるソナタが失するとは誤算の誤算、大誤算じゃ」
妨げに関しては自分ではなく、向こうの自業自得と思います。
敢えて口には出さないけれど。
で、だ。
「スミマセン……、それでここは何処なんですか?」
と言うか自分は今どういう状況なんだ。
そしてパパッと光球が発光する。
「何処でもない。ここは魂の内側、ソナタが想像し得る情景の中じゃ」
全くピンとこない。
「……死んだんですよね?」
「まだじゃ」
え。
「けど、さっき」
というかは流れ的に。
「通常であれば微塵も生きてはおらん。じゃが神の力で既のところ、崖下で止めておる」
完全に落ちてますやんか。
「止めて、どうにかなるんですか……?」
「ならん。ソナタは加護も無いしの」
なら――。
「因ってワレの命をソナタに譲る事にした」
――へ?




