第28話〔そもそも死んでませんよ〕⑬
「なんか言われた?」
そう、包帯男の見送りを終えて戻ると出迎えついでに、少女が聞いてくる。
「ええと」
そして今し方の出来事を思い返す。
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「では、わたしどもはこれで」
と言った後、乗ってきた車の前で別れの挨拶をする包帯男が次いで頭部の検査を念押す。
「はい。できるだけ、早いうちに」
「その際の負担は、こちらに」
「それはお断りしましたよ?」
「ぁ、そうでした。申し訳ありません、つい」
「生真面目なんですね」
と冗談めかしで言う。
「よく、言われます」
「そういえば、従業員の人達も言ってました」
「そ、そうですか。お恥ずかしい限りです」
「恥ずかしくなんかないと思いますよ。皆、社長さんのことを信頼してるんだと思います。だから、あまり怒らないであげてくださいね」
「ありがとうございます。ただ、叱らないという訳にはいきませんので、そちらのほうは頭の片隅にでも」
「社長さんなら、それでも十分に安心です」
「……――わたしは、それほど出来た人間ではありません」
「けど、鈴木さんの話に合わせてくれましたよね?」
「お気づき、だったのですか……?」
「はい途中からですけど。それに、突拍子もない話だと、言ってましたし」
すると何故か相手がくすりと笑う。
「失礼。しかし、王族というのは少々大きく出た、と思いました」
「ならどうして。今後の取引まで約束するって、言ったんですか?」
「……――理由はさておき、そちらにとって悪い話ではないと思いますが」
「納得する為の理由が、欲しいだけです」
「なるほど、いい加減な対応は出来かねる事情ですね。……――強いて言うなら、勘、です」
「勘……。商談なのに、そんな不確かなもので判断をするんですか?」
「よい指摘です。ただ、商売というのはとどのつまり、自身の勘頼りなのです」
ム。
「それは、金を買う信用に足りるものなんですか?」
「……――きっと、水内様なら、ご理解いただけるかと」
「俺なら?」
「いえ深い意味はありません。ただ、水内様なら知っているのではないかと思いまして。彼女が、悪い人間ではないという事を」
ム。
「まあ。やり方は、ちょっと強引ですけど」
「はい先ほどの手品も、なかなかに面白かった」
手品――。
――母国語を話して欲しいという要望に対し指輪の付け外しをしていた時の事を思い出す。
「それだと、嘘をついてる相手を信用するコトになるのでは?」
「しかし彼女の嘘は、誰かを陥れるものではありません――よね?」
「それはまあ……」
――どうしよう。普通にいいコトを言ってるのに、どうしても包帯が気になる。
「さて。そろそろ時間的に余裕がありませんので、申し訳ありませんが、このへんで」
ム。
「すみません。引き止める形になってしまいました」
「謝る必要はありません。個人的にはもっと水内様とお話しをしていたいくらいです。――それ故に名残惜しい。ですが、いずれまた」
と言って小さく頭を下げた後、相手が運転席の方に向かう。それを、助手席に座って待っていた、細めの男が顔ごと目で追う。
やっぱり運転するのか。大丈夫かな……前、見えてる?
「――そうでした。最後に一つ、聞いても宜しいでしょうか?」
運転席の扉の前、車の屋根から顔を出し包帯男が言う。
「はい、なんですか?」
「あのかたの、道理に合わない強さや剣は……?」
ム。
「ええと。あれも手品です、きっと」
「なるほど。水内様が言うのなら、きっと、そうでしょう。――では」
「はい気をつけて」
本当に、気を付けて。
そして窓を開けて再び別れの挨拶をしたのち、包帯男の乗る車が走り去る。
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うーん。――何を話せばいいんだろう?
「ん、分かった。ありがと水内さん」
え。
「――まだ、なにも言ってませんけど?」
「おおかた、わたしの嘘がバレてたって話でしょ?」
「ナゼ」
「わざと、バレるような嘘をついたからよ」
「なんで……?」
「ああいう、ガリ勉ナルシストってのはね。オレは分かってる、とか思わせておくと、ベタな優しさをみせるもんなのよ。だから、それっぽいのをまぜながら話すのが、コツなの」
悪い人でしたよ、社長さん。
「じゃなかったら、あんな嘘、普通はつかないわよ。なに、王族って。わたしなら、絶対に信じないわよ」
鈴木さんて、本当に十八歳なのだろうか……。
「――て、とこで。わたしたちも、帰りましょ」
うーん。――複雑な気分だ、けど。
「そうですね。一先ずは――」
――ん? あれ。
「ジャグネスさんは、どこに?」
「あっち」
と少女が指で差す方向を見る。
「……なんで、また掘ってるんですか?」
「なんか。もうすこしで新しい地層が、って言ってたわよ」
え、なにが。
そうして、慣れないスポーツカーを運転し途中ドライブスルーを利用した果てに自宅周辺の景色が見え始める。
軽く踏んでるだけなのに、ドゥルンドゥルンて鳴りまくるんですけど……。
「水内さんて、運転ウマイのね」
と助手席に座る少女が唐突に言う。
「普通ですよ……――というか、取り立てで、よくこんな車を運転できましたね」
「ほんと、今日は運転し続けだったから、疲れたわ」
「あ。そのコトで、お礼を言うのを忘れてました」
「なんの?」
「俺を助けようとして、ムチャな運転や怖い思いをさせてしまったコトです」
「怖い思いって?」
「いろいろとです」
「べつに、なんてことないわよ。そもそもわたし、一回は死ぬ予定もあったし気にしないで」
さらっとダークなこと言ってる。
「――それでも、二人にはお礼をしたいので、自分に出来る事があれば言ってくださいね」
「じゃ」
「ただし一部の要求は却下します」
「わたしまだ、なにも言ってないけど……」
「言いそうなので、先に言っときます」
そして音は小さいが、間違いなく、舌打ちが聞こえた。
「……――ジャグネスさんも、何かあったら言ってくださいね?」
とバックミラー越しに後部座席を見る。と――。
「アンタ、なにやってんの?」
同じく後部座席を、後ろに顔を向けて、見る少女が不思議そうに言う。
――途中に寄ったドライブスルーの商品を左右の手に一つずつ持って天秤みたいになり、何か考え事をしていた女騎士が。
「いえ。妹へのおみやげが美味しそ、ではなく、やはり二つも要らないのではと」
……――さっき、三つも食べたのに。
「本当に御無事で、何よりです」
そう、異世界へ帰ってきた自分達を自身の部屋に迎え入れた、預言者が言う。
「してアリエル、貴方の頬に付いている赤色の液は何です?」
あ。
「逆の頬には茶色の液も付いていますが?」
え。




