第139話〔其処を暈かしたら駄目でしょ〕⑬
確りと聞こえてはいた。が、思わず。
「……いま何と?」
「ですので、洋治さまが事を複雑にしたと」
そんなバカな。いや、決して問題ないとは言わないが主に流れのまま、ややこしい事はできるだけ拒んできた。のに。
「無論、何もかもとは申しません。しかしながら洋治さまの在り方はこれまでの企てが意義のないモノになってしまうほど、無難でした」
無難――なんとイイ言葉か。
「ここから先の話は私の計画をも踏まえ、洋治さまがこちらへ来る前から順を追います」
「……お願いします」
なんだろう。理由は定かではないが、まるでクレームの対応をしている時みたいな心持ちと、その雰囲気になってきたな。
「最初に今お話したとおり、私を含む近代の預言者は主の愛した魂を捜す事を重んじ従順いたしました。その間、前回の救世主は罰を受け続け、男の魂その中身は消滅を避ける為一つの器を保管場所とした処置で存在を維持しております」
そして、宜しいかと聞いてくる相手に、ハイと頷く。
「なれば――当初の目論見、それは分離した殻を見付け一つの個体として生まれ変わらせる事。従って主から受けた命は異世界へと消えた外殻の探索と確保です。それを達成した暁には、あらゆる願いを叶えるという褒賞を付けた……」
ふム。
「で、フェッタ様はその褒賞で自由の身になろうと?」
ハイと言って目が伏せる。
その顔は、何故か浮かない。
途端に改まった表情で瞼が開き――。
「――唯一私だけが、使者として正しき行いをしたのです。なれば褒美をいただくのは必然の事と思いませんか?」
ム。
何というか――。
「どうしたんですか……、急に」
――いつにも増して感情的だな。
自身を正当する心の内を露骨に表す、そんな慣れない情動を見せた相手が再び急激な改まりで平然とし、口を開く。
「私の母や祖母は献身的でした。何よりも民を愛し、主に従える使者。しかし私にはそんな生き方が酷く滑稽に見えたのです。自らの人生を犠牲にしてまで得る他者の幸せが幸福であるはずがないと、二人を否定していました」
ふム……。
「特に母は、主の命に服従するあまり自身だけでなく子の私にすら事を強いるほどの従者でした」
ム。
「あの、口を挟んで申し訳ないんですけど。たしかフェッタ様のお母さんて、処罰されたんですよね……?」
しかも以前に聞いたところでは反感を買ったと。もし従順していたと言うのなら、話が噛み合わないような。
「はい。母は主の命に背き、処分されました」
「……――なら」
「母は、私を預言者にはしたくなかったのです。故に、死にました」
ム。
「どういうコトですか……?」
「……一度でも、預言者となった者は、その胸の内に石を入れられます。物は小さく生活する上では支障のない物ですが、以降魔力の行使が著しく制限され自身の全てを女神に強制暴露する事となります」
強制暴露……。
「拒む事は出来ません。抗える内容でもありませんし、いついかなる時も生存の実権は主の意のままです」
なるほど。
「だから、嫌だったんですね」
「お察しのとおりです」
当然だ。子に、そんな生き方を薦める訳がない。
「しかしながら私はじっと覚悟しておりました。いずれ母や祖母のように預言者となる身の上を親から教え込まれたゆえに。だからこそ、幼少を好き勝手に生きたのです」
ム。
「……教えられた? けど、お母さんはそれを嫌がったんですよね?」
「そう、祖母から聞かされたのです。私にとっては信じ難い、信教的な母の本心。最早、確かめる手段はありません。無論その気もありませんが」
「気にはならないんですか……?」
「当然――と言い切れるほどではありません。しかし知ったところで、今の私になんら影響もないでしょう」
そう……なのか?
――まぁ当人が決める事だし。
「それよりも話の続きと参りましょう」
「ぁ、はい」
とは言うが、そろそろ目標が。
「母の死後、復帰する形で預言者の座に戻った祖母も死に――預言者となった私は二人が成し得なかった発見をいたします。言うまでもなく、既にお分かりとは存じますが、貴方を見つけたのです。厳密には、その転生者を」
ふム。
「転生者?」
「はい。本来であれば分離したのちに消滅するか、一つの魂に戻って新たな器に宿るしかなかった殻が見付けた寄生先です」
寄生……。
「先ほど申したように、本当なら中身共々消える外殻が存命できたのは主の対処が的確かつ早かったからです。でなければ、殻だけで消滅していた可能性もあったと思われます」
しかし感謝すべき事なのかが全く判断できん。
「結果として長い延命過程に入った殻は無意識に足りない部分を求め、偶然に行き着いた母体で場凌ぎの魂を形成したと思われます。そしてソレが出産を経て生まれ育ち、今の貴方になったのです」
……なるほど。
ただ若干理解が追い付かない。
「偶然に行き着いた母体と言うのは、自分の知る母親のことですよね……?」
「仰るとおりです」
「つまり自分はというか、その宿った魂はたまたま生き残る事ができたと?」
「出会えたことは偶然です。しかしながら宿った理由には明確な訳があります」
「と言うと?」
「その母体に在った魂は出産前または後に死産となる予定だったのです。おそらくは、前でしょう」
「……何で、分かるんですか?」
「“殻”である貴方が宿れるとすれば、それは殻を必要としたゆえ。大体の場合は出来た体内で外殻が正しく形作られなかった為の初期から中期の死産が理に適っております」
なるほど……。
「しかしながら、元は全く別の気魂。一時凌ぎにはなっても遅かれ早かれどちらかが譲らなければ双方破綻いたします。――ただ答えは、現に残った洋治さまと既に出ておりますが」
な――。
「――待ってください。つまりそれって、自分の所為で誰かが生まれてこなかったというコトですか……?」
「それは解釈の違いです。正しくは居なければ、産まれるコトも適わなかったと捉えるべきでしょう」
――そんなのは。
「本人が望んでいたかどうかも分からないのに、ですか?」
「仮にそうだとしても非はどこにも在りません。貴方とて、望んで着いた訳ではないのですから。そして真実とは断言できませんが、一つの事実がございます」
「……何ですか?」
「魂の性質上、選択権は常に内側の気持ちです。本気で拒めば、誕生後でも殻を破り自殺を図れます。が自ら出ていったとなれば、それが本心の願いとも言えるでしょう。なにより、とうに過ぎた話だというコトをお忘れなく」
それは……。
「では話を戻します」
次いで自分の返答を待たず、直ぐに相手が口を動かす。
「彼の転生者である貴方を発見し情態を確認した私は、念入りな計画を実行する為の近辺調査に従事しました。無論、従者としても失敗は赦されぬ次第です」
「近辺調査……?」
「まァ端的に、こちらへと連れる上で大人しく従うかの調べです」
なるほど。
「実行は二人に、判断はユーリアからの異世界情報を元に数年かけて行いました。因みにユーリアに詳しい事情は現時点でも話した経緯はありません。あくまでも現地調査とだけ、伝えております」
なら二人は――ヘレンさんと、クリアさんか。
「……自分事ですけど、えらく慎重ですね?」
「それだけの歳月と、私の野望が詰まっておりましたので」
ふム……。
「で、その時点では旨く行ってたんですか?」
「途中までは。と言うのも、予期せぬ事態が起きたのです」
「それは?」
「はい、主が突然目覚めの段階に入られたのです」
「……思い掛けない事、だったんですか?」
「換言すればタイミングがよくなかったのです」
なるほど。で。
「何故ですか?」
「完全覚醒前の女神は起きる内部派閥的に洋治さまを嫌った魂が多く、理由は世界を管理する上で特別な存在は公平な判断の邪魔になるという論です」
普通に妥当な結論だな。
「ゆえに“身柄を拘束する”準備が整ったにも拘らず、先に主の覚醒を急く必要が出来たのです」
その前に、穏便に済ませる為の下調べではなかったのか。と、ツッコミたい。が――。
「――で、どうなったんですか……?」
「判断を誤り、洋治さまの無害なご家族を殺してなお、こちらでのてんやわんやが重なりました」
其処を暈かしたら駄目でしょ。




