第137話〔其処を暈かしたら駄目でしょ〕⑪
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要するに、女神には核となる魂――それが本当の女神様、が居て――今も幼いまま。
何故なら一度も誕生、人の器を持った事がない為に殆ど成長していないとか。
ただその魂の質は人としての度合いを遥かに超えているので、実質収まる器がないとも言えるらしい。
なら、普段の女神様は何なのかというと、勝手に女神の世話をしている魂達。
しかしそういったボランティアの末、今では皆が一つの魂として存在している様な認識になっており、それぞれを区別し話すのも不可能に近い。
取り分け当初に肩入れしたモノ達は結び付きが強く、もはや主格と言って妥当。
それが、皆の知る主な女神なのだと言い。単純でない話を元預言者は締め括った。
ふム。
複雑、且つ時間的負担を軽減するという発言が都合よく運ばれたのかは定かではないが。
一先ず聞いた話に納得はした。
しかしそんな自分とは裏腹に不満げな表情を浮かべ――。
「――アンタね。またそうやって、逃げるつもり?」
自分の隣、相手の反対側を歩く少女が確証を得た様子の声色で告げる。
逃げる? 一体なにの。
「おや……、やはりバレてしまいましたか」
「当然よ。直ぐにはぐらかそうとするの、アンタの悪い癖よ。カンペキにバレてるから、いい加減に直しなさい、見てるほうが苦しいわよ」
相も変わらず容赦ない。あと、もう話について行けてない。
「……痛烈な助言、痛み入ります」
「どう捉えるかは自由よ」
「御意に」
そして何故か、二人して黙りこくり。
当面の目標だった光が眩しいと感じられる位置にまで来た。ところで――。
「いつまで、黙ってるつもりよ……」
――痺れを切らしたであろう少女が最初に口を開く。
正味、気まずい雰囲気だったので助かった。
「ね。聞いてる?」
やや苛立った時の口調。
さすがに伏せていた目を開け、確かな反応を見せる。
「このまま、有耶無耶になるまで、ではイケませんか?」
「な。ちょっとアンタねっ」
「戯れ言です。お気になさらず」
そして、――再び沈黙して語らない。
ムム……。
「そんなに言い難い事なんですか?」
途端に二人の視線が自分に集まる気配がした。
すると少女が小さな溜め息を吐く。ただ失望でというよりは気苦労でな感じがした。
「好意を抱く相手に嫌われたくないのって、普通よ?」
それなら分かる、が。
「親しみを持ったから言いたい事も言えないなんて、オカシイような……」
結果少女がキョトンとした顔で目を見開く。のを見て――。
「いや、あの……オカシイと言うか、変……よくない?」
――若干引き気味になる、自分が情けない。
「仰るとおりです」
ムっと反対側を見る。
「慣れぬ感情ゆえ戸惑っておりました。が、とうとう覚悟は完了いたしました」
そんな本能さえ乗り越えたみたいな顔で言われても……。
「先ほど救世主は女神の覚醒を促すと申しましたが」
話し始めて早速、本人以外の事を語り出した。がその表情は確かな覚悟で、言葉を進めているのが伝わってくる。
「その実体は救世主となった者の内なる魔力を女神に譲渡する行為。主は古くからこれを奉公と呼んでいます」
ム。
「待ってください。譲渡って、自分達にはそういう力が、ありませんよね……?」
そんな摩訶不思議な力、聞いたコト……――は、あるけれども。それは一部の、一種の想像を大事にする特定の人達が得る――。
――とも、今や言えない状況か。
だとしても。
「……そう、言ってましたよね?」
以前に無理と聞かされた記憶は確か。
なので、なるべく早くハッキリとした返答が欲しい。
ちらっと見た感じだと、わたしにそんな力が、的に自身の小さな手を眺め落ち着かない様子だったから。
「はい。異世界にて産まれた者に、魔力を扱う術はございません」
それなら。
「しかし魔力自体は存在しております」
なぬ。
「……どういうコトですか?」
「ベィビアにて産まれた者は程度の差こそあれど皆が魔力を扱う器官の様な感覚を持っており、知覚――共存を可能にしております」
「共存……?」
変な言い回しだな。それだとまるで異なった存在として、在るみたいだ。
「魔力とは元来、人にとっては害、その成り立ちからして悪質な力なのです」
「そう……なんですか?」
偽る気は全く無さそうな表情で相手が頷く。
まぁ、そもそも“魔”の力と言ってる訳だし。
なんとなくの理解にはなるが、割かし納得はできる。
けれど――。
「――それと、救世主さんに何の関係が……?」
確認したいのは実態だ。
「魔力は人が生み出す力、それを極めて内包する者を我々は救世主と呼び、必要とあらばこちらへと招くのです。理由は、先に申し上げたとおり」
女神様の覚醒。その手伝い……。
「……それを知っているのは?」
「主を除けば、歴代の預言者だけと」
なるほど。
「先に申しておきますと、意図的に黙っていた訳ではございません。魔力を溜めこむばかりで自身には行使する機能の無い者にその理解を求める必要を見出せなかったのみ、魂胆などは皆無の事柄です」
ふム、それはそうか。
残念でした。という気持ちで、あからさまにガッカリとしている少女を見る。
そして語り部を見直し――。
「――女神様に譲渡というのは?」
「はい。我々ベィビアに生きている者達は生来の感覚で魔力と密接し過ごしております。ですがそれはある意味で害のない間隔を保ち、共存しているとも言えるでしょう」
何事も度が過ぎると身を滅ぼす。
「それ故に密度の濃い魔力は、神に取っても刺激的なのです……。寝惚け眼が、覚めてしまうほどに」
なる、ほど。
「だから鈴木さんが必要だったと?」
「流石のお察しです」
にこりと微笑み元預言者が言う。
ふム。
「けど、その流れでも自分は必要ですか?」
結局は今のところ開示された事情に、本命として呼ばれた理由が見当たらない。
「必要です。元は洋治さまを御守りする事が目的であり、救世主や婚約のくだりなどは、それを成す上でより早い安全を考慮した手立てに過ぎません」
ム……。
「……俺を守る?」
はっと勢い余った発言だったと言わん顔をする相手。だが直ぐに先の覚悟を見せて――。
「――お待たせ致しました本題を、ご説明させていただきます」
なるほど、到頭か。
「私は幼い頃から自分本位な考えを伴い、生きております」
つまり“現状”もと言うコトですね。
「従って他人の匙で左右される事を最も毛嫌いする、気儘な性格です。しかしながら過去の、ある時点を以て、それは鳴りを潜める事となりました」
恐らくは、――母親の。
「人の儚さ、価値、その矮小さに心は萎縮し。結果、偉大な存在に媚びて生きる事こそが意のままに振る舞う為の最善であると、時の私は理解したのです」
途端にフンと小さな鼻息が聞こえる。
しかし、否定するなどの抗議は特に始まらなかった。
「――ですが、常々私の内には決して消えるコトのない感情が燻ぶり。幾日が経とうとも、それが解決する事はありませんでした」
「……と言うと?」
「はい。いずれはこの胸の枷を解き、再び横暴に振る舞える事を、夢見ていたのです」
ハイなんと邪な。
「さりとて……ようやく願いの叶った現在、そのような行動を起こす気になれません」
「……――どうしてですか?」
と聞くのもどうかとは思うが、なんとなく、知りたいので。
そして戸惑う様子を見せながら――。
「――ええまァこの際ですので、遠慮なく」
ム?
「洋治さま、此度の件が終わり次第、私のモノとなる覚悟をしていただけますか?」
ふぇぇ。




