第136話〔其処を暈かしたら駄目でしょ〕⑩
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交戦事態は対等だった。
二人掛かりではあるものの、優劣のない内容と言える。
そして目論みがあるとはいえ不慣れな足場――。
――肩に乗る少女の援護射撃が要となり、戦闘行為は平行した内容で継続している。
故にユーリアは、このまま続けた場合の行き着く先を理解している。
しかし念を押す様に相手の眼が刃を交える度に言う。
“どうするの?”と。
いずれ来る最終的な結末が刻一刻と迫る。
時間にして一分足らず、肌が触れているので分かる少女共々力尽きる。
それを見透かす女騎士の瞳が到頭、期待から落胆の色に変わる。
と次の瞬間、上空高く宙を戦場とする両者の間が一方的な突き放しの一撃で開く。
途端二人に向けられる冷徹な物見が、次の一撃は最後と言わんばかりの威圧で戦いが始まってから初となる剣戟の姿勢を作る。
あ、終わりだ。
中身を知るユーリアだけが、その脅威を肌ではなく精確に判別し答えを導き出す。
残念とは思うが全力で遣り間に合わなかったのなら仕方はない。
――従順と受け入れる。
そんな結末を、もはや許容できる訳がない。
この思いがけぬ機会を、予期しなかった厄運を。
死者と矛を交える、非常な事態。これが、どれだけ幸福な事か。
延いては決し、最後の瞬間まで諦めはしない。
残る力を最大にして最高の悪あがき。
構想のない行く末を選び、無意識に気が張る。
と、不意に相手が笑む。
あァそうか。――うちは間違っとった。
先の事ばかりを考えて、大事なコトを忘れていた。
常識や正しさを学び過ぎた余り本当に大切なモノを見落とす。
勝ちたいのではなく、ただ単に見せたかったのだ。
例えそれが戦う上で志が低いと言われても構わない。
クビなんて知ったことか、セクハラ店長鉄拳制裁ッの時と同じ気持ちで――。
「――エリアル様、ワタシが合図をしたら危険なので離れてもらえますか?」
しかし返答はない。その代わりに担ぐ少女の手の平が、目標となる相手を今居る場所から捉える様に開かれ、向けられる。
「名付けて――エリアルジェイル」
すると瞬く間に散布されていた力が一箇所に集合し始める。
それを見、即座にユーリアは残る魔力全てを自らの剣へ注ぎ込む。
間に合うか? いいや、今は只――己がすべき事を行うのみ。
目的が何なのかは分からずとも気付いてはいた。
そして、拡散していた魔力が自身を中心に集まってきたのを見るからに、その目的をも看破する。
「ふーん」
嬉しそうに女騎士が声を発する。
けれど遅い。
ただ興味はある。ので、このまま手は出さず見ていたい。が、それだと――時間切れになってしまう。
なにより構築する内容は一般的な相手であればこの時点で勝負は決したはず。
「うん、及第点よ」
思わず言葉にしてしまうほどの喜び、をもって惜しみつつ結び付く魔力が集結し膜となる為には肝要な点を見抜く。
次いでその箇所へ、予め指先を伸ばして完成を待つ僅かな秒間。
――キラリと視界の端に光る。
失敗っとやってしまう。
組み立てを阻止する予定だった魔力は完璧に結束し対象を覆う堅牢な膜になった。
これを無理に押し通る事は可能だが、多少なりとも時間は掛かる。
「面倒ね……」
本当、さっきのは何だったのか?
今しがた突然ペガサスに跨った娘に手を撃たれそうになった。
無論反射的に矢は摘まみ取り、指先で軽く投げ返し。
結果当てない配慮はしたので仕留めてはいない。ただ矢が目の前を掠めて怯えた羽馬と共に肌黒い娘は落ちていった。
そして現状の失敗である。
――自身なら絶対に無い反応。
どうも今節の記憶を探るに一時的な範囲で極小さな程度ではあるが、この体が身勝手に応じた様子。おかげで付き合わなくていい折に付き合う羽目になってしまった。
仕方ないわね。と、透けて見える二人の様子を窺う。
が其処に居るはずの実物はなく仕掛けに気付いた瞬時、気配が上に移動する。
続き自身を覆う檻が膜ごと外から加圧され、内部には常人では指一本動かす事の出来ない気圧が、自由を奪う。
次いで更なる重圧を受け、急速に落ち始める中で――。
本当、ムチャクチャね。
――女騎士は頬に嬉しそうな笑みを浮かべた。
誤算は予期せぬ展開から予定通りの結果に、落ちが付く。
思っていた以上に構築の難度が高く。
しかし明瞭では、簡単に逃げられてしまう。
だから何もかもを信じた。
今は不在でも姉を、家族の実力を。
結果は想像を超えた早さで組み立てた魔力の核を突かれそうになったが、予想していなかった横矢で捕らえる事に成功する。
おそらくは魔法を構築する上での時間、その大部分を要した理由――膜に仕込んだ性質が扶助した成果ではある。が。
そんなコトはどうでもいい。
突き刺さり轟音が、舞い上がる砂煙で舞台は完全に覆われ。
肩に乗ったまま形作られた物を手に持ち、二人で砂塵に突っ込む。
けれどその後の事は、正直にどうでもいい。
初めて会えた感動も最早疲労が重なり楽しめない。
今はただ、さっさと終わらせて。
――好きな人のそばで、眠りたい。
急激な速度で、せり上がった地表へ落とされる人一人を包んだ魔力製の球。
その真上へと向かう点々とした足場を移動したユーリアは、決着となる場にて直下の目標を凝視する。
持つ剣の刃に込めた力は現状の全てを注いだ。
正直持っているだけでも今は辛い。
次いで激しい衝撃波が音を伴い届く。
そして本日最後の身体強化を行い、腕が抜けそうなほどの質量となった剣を持ち上げ。
――下へ放り投げる。
すると一瞬くらっと視界が揺れた。
しかしそのまま、肩に少女を乗せたまま、前のめりに宙へと身を差し出し。
ギリギリ保つ意識で、落下中の姿勢を作る。と。
曖昧な感覚に轟音と揺れ動く突き出た巨大な支柱が舞い上がる砂煙で覆われて映る。
肩の少女は無事か? そんな事も確かめる気力がない手に形作られた物を持ち、視界は舞う砂に隠された。
あとは三十代女の直感頼み。
もしも外れたら後の事は、マァもはや――。
久方振り会えた恐怖は疲労の所為か霞んで見える。
――早く帰って、一杯やりたい。
今夜くらいなら付き合ってくれるやろか?
仕掛けには気付いた。
堅牢である事に時間を割いたのではない。
自身を包んだ魔力の層に、違和感がある。
極僅かな認識の差異を助長する施し。
それは刻に影響を及ぼすほどの力は微塵もないが、直感に優れる者ほど普段との感じでシックリ合わない。
結果近づく前に感知できる存在を察知できず。
見えていた気配を見逃す。
一体ナニに触発されたのか分からないけれども。
我が子ながら天晴。と、自身を覆う膜ごと叩き付けられた地面に平然と立ち、思う。
次いで、たった今、衝撃で凹んだ地表に投てきされた追撃を避けた事でともすれば巨大な支柱となる立っている地が中央から渾身の力で深く穿たれ。
柱の頂上一帯が一瞬にして大きく揺れ動く音と共に舞い上がる砂の粒に覆い隠される。
と同時に、違和感の無い感覚が頭上から急接近する消沈した動向を捉える。
無理もない。――やや残念ではあるが。
最後の最後、十分に頑張った。――従って褒美は。
迫る気配に刃の向きを合わせる。
容赦をしない有終の美こそ奮闘した二人に相応しい。
加減のない力で、向かってくる人影に刃を振り上げる。
そして違和感を覚える。
舞う砂に映る影、その黒い物の形が異様。
けれどもう止めようがない。
と思うが早いか丸い影に振るった刃が接触する。
瞬間、打ち当たる衝撃で周囲の粉塵が吹き飛び、視界が僅かに広がる。
其処にマンホールの蓋を足の裏で押さえるオールバックの騎士――の上で、剣を構えていた少女が、その手を振り下ろす。




