第132話〔其処を暈かしたら駄目でしょ〕⑥
慈悲など含まない必殺の一振りが咄嗟の判断で完全に寝そべったユーリアの喉があった空間を薙ぎ払う。
まるで突風が通り抜けた様な余波が耳を打ち、酸素が不足し若干朧げな視界、であっても止まる訳にはいかない。
振り切った瞬間の僅かな隙間を狙い、横になった体勢から柄を握る手を靴底で突く。
――がビクともしない。
持っている物を叩き落とすどころか、そのままで刃を返す力が加わる。
だがそれを想定していたユーリアは確保した足場の勢いを受け、寸分違えば失敗する機を合わせた脱出に試みる。
そして思いの外、決死の行動はうまくいった。
しかし相手の力を利用し地に立った現役最強の騎士はその結果を受け入れる間もなく、相手を睨む様に見据える。
其処に自身が所有する武器が、先ほどまで空手だった方に握られていたからだ。
すると何食わぬ顔で、その剣の柄を差し出し。
「これアナタのでしょ? 取りに来て、持ってないと不公平でしょ」
いつぞやの内に落としたのかはハッキリと覚えていない。
同じく、いつ拾われたのかも、聞く気にすらならない。
ただ――。
「大丈夫よ、私が卑怯なコト嫌いなの。知ってるでしょ?」
――その顔は確かに真実を物語る懐かしい雰囲気と、見知った女騎士の表情で、微笑む。
*
本当に暗いな。
ただここ最近に似た、というか同じ体験を何度かしているので、驚きの方は全くない。
それに未だ遠く見える位置に出口と思しき光が歩く上での目標となっているので、不安などは現状、特にない。
故に――。
「で、ね。直ぐ出口みたいな場所は見つけたんだけど、メンドくさいかんじだったから、様子見で出るのをひとまず止めたのよ」
――三人並行に歩きもって雑談をする、精神的な余裕がある。
「メンドくさい? どうしてですか」
「ん、よく分かんないけど。向こうから、変な声が聞こえてきたのよね」
「変な声……?」
「そ。トロくっさい声よ。ナニ言ってんのか、てんで分かんなかったわ」
ふム。
「おそらく、それは内部との誤差による遅緩でしょう」
足場も見えない暗闇を少女との間に自分を挟み歩く、現立場上――元預言者の背は低いが雰囲気は誰よりも大人な女性が顔を前に向けたまま告げる。
「痴漢? そんな仕掛け、なかったわよ」
仮にあったとして、そもそも何を目的とした仕掛けなんだ。
「……いえ、端的に申せば、この内と外では時の流れが異なるという事です」
あぁ。そういえば――そんなコト言ってたな。
「ふーん、どんな感じによ?」
余り信じてない。というよりは、重要に解釈してない感じだな。
「内部での経過は外界、ベィビアよりも早く時が流れているのです。それ故、外との境では鈍間な情報が時折こちらに伝わってくることがございます」
「え。じゃ、メチャクチャ歳とってるってコトッ?」
そういう事は敏感に反応するんだな。
「いいえ、ご安心ください。我々の体感は何も変わりはありません。逆に戻った時点での差異分だけ外の者より若さを保っております」
とはいえ、浦島太郎になるのは御免だな。
「そ、ならいいわ。ていうか、いっそのこと、私はジャマな連中が居なくなるまでいてもいいわよ?」
まずは連中の内訳を知りたいのだが。
「そう、したいのは山々ですが」
いやいや、普通に止めるべきでしょう。
「ご覧のとおり、女神の作り出したこの場はそう長くは持ちそうにありません。それに加えて、時を歪めるとはいえ、その影響力は色恋沙汰を覆すには少々物足りない、総計して非効率な結果に繋がると思われます」
……よく分からないが、止まる選択は無さそうかな。
ただ、このまま放置していると思いもよらない選定をされそうなので。
「――鈴木さんは、何をしていたんですか? 今まで……」
「ん。ナニ?」
「ええと、ここから出る場所とか、知ってたみたいなんで……何をしていたのかな、と」
うまく質問できないな。――そもそも、ここがどういった場所なのか理解してないし。
「ああ。べつに、知ってるってほどじゃないわよ。と、思うだけ、見込みの話よ」
へ。
「……そうなんですか?」
「そ。真っ暗だしね」
もしも予想が間違っていたら、どうするつもりなんだろうか……。
まぁ、その場合は何も考えていないと思うけど。
「ご安心ください。私の見解でも、あちらに見えている光が正解と位置付けておりますゆえ」
それは良かった。と、思うや否や――。
ム?
――不満げな表情をする、少女に気付き。
「……――どうかしましたか?」
「べつに……。ただ、水内さんて、フェッタのことを随分と買ってるのね?」
なんだ急に。
「普通、だと思いますけど……」
「そ? 別格じゃない」
まぁ、具体的でない意見よりは重要視しているとは思う。が。
「相手によって特別な格を付けているつもりはありませんよ。実際、鈴木さんの指摘はいつも的確だと思ってますし、自分よりは皆の意見の方を尊重しがちではと考えなしの行動を反省しています。最近は特に」
と言いつつ、情けなさから思わず空笑う。
途端に何故か、見えていない側からも何かしらの視線を感じ。
ム……?
そしてキョトンとした少女の、口が動く。
「なんて言うか……変わった?」
何がでしょう。
すると何故か、動き出した少女の瞳が自分を越えた先、どういう訳か比較的右腕と接して歩く仄かな香水の匂いと汗ばんだ後みたいな湿っぽいローブを着る反対側の相手を見る。
「なにかしたの?」
「よもや、押し倒してもおりません」
微妙によもやの使い方が間違っていると思うのだが。あと、何の話だ。
「ふーん。ま、長々と込み入ったメンド話してたもんね。その影響かも」
面倒話……? というか、つまりは――。
「――……聞いてたんですか?」
「大半ね」
どこで――イヤ、扉越しにとかか。
「……なら、どうして直ぐに出てこなかったんですか?」
「わたし、マジな話は原則パスよ」
一体なにの規則だ。
「ま。興味ない内容じゃなかったし、しばらく立ち聞きしてたんだけど。暗なってきたでしょ? だから、声をかけたの」
……ふム。
「鈴木さんは、なんともなかったんですか……? この中で」
「そ、ね。所詮は子供騙しよ。わたしを惑わすほどじゃなかったわ」
見た目は誰よりも少女なのに。
「まぁそれなら……無事が、何よりです」
「ん、ありがと。――で、さっきの部屋に行く途中に二人と会ったわよ」
ム。
無論、言うからには自分達とは別の。
「誰と誰ですか?」
「騎士さまのお供と幸の薄いマリアよ」
天才か。――ではなくて、おそらく。
「ルシンダさんと……ベネットさんですよね?」
そうと言った感じの頷きが返る。
しかし相も変わらず突き抜けた、あだ名の付け方だな。
なにせ周りが気付かず、思ってもいなかった印象すら吹き込むのだから。
けれど二人共に難を逃れていた事は、よかった。
「それで、二人は何と?」
「べつに大して喋ってないけど。出口を探してるみたいだったから、不確かな情報を教えてあげたわ」
それを恩着せがましく言えるのがある種、鈴木さんの凄いところだと思う。
と、何故か――仕切り直す感じで、やや近づいた光のある方を少女が見る。
ム……?
「ね、水内さん」
「はい?」
「もしも、よ。もしも、ここから出ても騎士さまに会えないって分かったら、水内さんはどうするの?」
ム。
見えない側で何かしらの身動ぎがあった雰囲気――を、さておき。
「確証がないので、多分、ですけど。どうもしないと思います」
「……なんで?」
「分かりません。あと、会えないのを理由に他の何かを起因する事もしません」
「そ……。結局は、変わらないのね」
よくは分からないが、申し訳ない気持ちにはなる。
「じゃ、決めたわ。――水内さん」
吹っ切った様子で、少女が自分を見る。
「……はい?」
「ここから出たら、わたしの決断を聞いて」
「ぁ――はい、聞きます」
直ぐに聞けるかは外の状況次第だけども、事情を聞くくらいは何ら問題ない。
すると隣から自身を主張する様な音が聞こえ。
「なれば私も、その時が来れば便乗いたします」
まぁ、一人増えたところで、全く問題はない。
「なら皆で、しましょ」
よし、ここを出るまでには念の為、定員数を決めておこう。




