第130話〔其処を暈かしたら駄目でしょ〕④
何故か突然ライムっぽい言葉を続けたと思ったら、直後に。
「いずれにせよ、私の事はさておいて。神を覚醒させるまでの順序、それによって起こる段階をご説明いたします」
今のは本当に何だったんだ……。
「女神は己が用いる力を維持する為、定期的な眠りに就かなければなりません。と言うのは我々が女神の加護と崇める恩恵が神自ら魂を削ってまで行使している事象だからです。それは謂わば、人でいう体力などの生命保持に関わる動力源の消費に相当いたします」
「……それって危険なのでは?」
「即座に直結する訳ではありませんが、使い切ってしまえば結果は人と同様の作用を引き起こす事でしょう」
「なのに、何故……?」
そこまでして、加護を無くしたくない理由が――。
「起因は遥か昔の、過去に起きた醜い人の争いです」
――確かにあった。
「女神は人同士の愚かな戦いを見続けた挙げ句に、人の愚かさは同じ人には解決できない問題であると理解したのです」
そう、だった。
「ゆえに神は争う上での無意味さ、蘇生の態勢。と憂さを晴らす共通の敵を作り、人の感情を安定させたのです」
けれど。
「ですが人の欲求は度し難く、共有の敵あれど同士で戦う緊張感を忘れる事が出来なかったのです。それ故、神は人の中から従者を選び己が不在時には人々の監理監視を任せるようになりました」
「それが預言者――フェッタ様の祖先、ですよね?」
「はい、受け継いだ文献、遠い過去からの記録です」
「監理というのは……?」
「端的な表現をするのであらば一種の演出家。人々が下らない戦争に目を向けないよう政などを催し飽きさせない工夫。ある意味コメディアン、エンターテイナーでしょうか?」
「……――それはまぁ、何でも……」
言いたい事も分からなくはないし。――ただ。
「けど、ずっと考え続けるのって大変じゃないですか?」
「方法は一つではありません。人の気が善き方へ向くのであらば、喜劇だけに拘る必要もございませんので」
なるほど。
「現に私の母は、公的となったモノ以外での祭り事を用いる柔軟な型ではありませんでした。まァいわゆる堅物というヤツです」
ム。
「フェッタ様の、母親……」
そういえば具体的にどうなったのかを聞いたことなかったな。
というか、まばらな情報だけでも既に聞きづらい。
「おや、母に興味がおありでしょうか?」
「屈折した意味はなく、単純に」
「それはそれで珍しい事と存じますが」
ふム……。
「……そこは察してください」
「御意に」
なんだろう。変に楽し――……嬉しそうだな?
正直本来の目的だけでなく、外部? の様子が気になってはきた。
しかし話の内容的に興味がない訳でもないし。
なにより、こうやって二人で話すのが久しぶりだと。
「母は私が幼い頃から堅物でした。ただただ民を思い、歴史を鑑みて国の為に尽力する歴代屈指の預言者、もとい政治家と言えましょう」
実に好感が持てそうだ。
「ゆえに、母は早くして亡くなったのです」
ふぇ。
「……何故?」
「預言者とは忠実な神の僕、でなければなりません。母はその本分を全うするに適材ではなかったのです」
適材……どういうコトだ?
「従者にとって必要な才能は政治力でも、道徳的に正しい判断力でもありません。神が望む、その時々の世界を再現――維持する想像力だけとなります。他は導く為の手段であり、結果として答えの枠を埋める内容の為には実現を切り捨てるのは当然の判断と下します」
「……――優先すべきは人ではなく、神様と?」
「そのとおりです。神、在っての世界、その上に人です」
ふム。
「けど、それならフェッタ様は、預言者は一体――何になるんですか?」
言うまでもなく神ではない。かといって、この世界に住む人達とは自由意志の観点からして違う。そんな生き方は、ただの。
「物です。預言者は神に選ばれただけの物。動く人形と、さして変わりはありません」
あぁ、やっぱり。
――きっと、鈴木さんだったら、怒るんだろうな。
*※*
預言者は主に従わなければならない。
――母は告げた。
幾度も。
――私はその為に生きなければならない。
最期は――。
誰かの為に生きなければならない人生など無意味だ。
例えそれが神様であっても、私の人生は譲れない。
もしも強引に奪うというのなら、いっそのコト。
――何もかもが許容する範囲を超えた。
***
数度地上で回避した後、跳ねて上がった女騎士の下を魔力の塊が通り過ぎる。
次いで的を絞り、相手を差す指に集約する力が容積を抑えた事で最大の速度を備えた弾となり即時――発射。
その速さは如何に身体を強化され向上した能力や反応ですらも追い付けない程。
そしてこれまでに言述されたことはないが、普段前後の事情を深く考えない無頓着な打ち手の幼い導師ですら敵味方問わず放つのを躊躇う殺傷力を高めた一撃。
それを躊躇なく速射――続けて二発、三発と剰え両の指先から自由の利かない空中の目標に当てる散弾で連射する。
結果初撃から数十発を宙に居ながら刃で受け止めた時点で騎士の姿は防いだ際に破裂し弾から拡散する一つ一つは微量で小さな範囲を染める魔力の残骸に覆われ、硝煙の様な白い煙の下、瞬く間に隠される。
と、弾幕が止まる。
がまだ終わらない。
続けて空の僅かな一面を白くした己の魔力を大気と混ぜ、転化する。
途端に広く渡っていた近くの層は一箇所に圧縮され逃げ場を失った力共々白い一帯となり地に轟音を伴う威力で叩き付けられ。
其処に――大気を押し潰す、もとい引き寄せられる勢いで激しい摩擦熱を纏った熱源体が降り迫る、と次の瞬間には圧縮された酸素領域を上から突き刺し――両方の間に眩い光を点火した。
*
聞きたい事、知りたい事、分からない事、言いたい事。
いろいろと残っているとは思うが――。
「分かりました。――一旦、保留にしましょう」
次いで当然の如く相手が驚く。
それを余所に腰を上げ。
「おっお待ちください」
座り直し。
「はい?」
一応、相づちを入れるが何を言いたいのかは分かっている。
「……私の要領の無さが原因ではありますが、まだ何も、重要な事をお伝えできておりません」
事実、優先すると言った事柄すら全く核心に触れてさえいない。
「いいですよ、別に。また後日にでも」
時間的にとか心配だからとかではなく正直に、今の気持ちを口にする。
「ですが……、そのような」
すると唐突に入ってきた時に開けた部屋の扉がソファで座っていても見える視界の端で開き――。
「わたしも賛成よ。こんなクソつまらないトコ、さっさと出ましょ」
――目的の少女が、いつもの感じで堂々と予期せぬ登場をする。
「きゅ救世主様……?」
さてと、漸く普段の調子になってきたかな。




