第27話〔そもそも死んでませんよ〕⑫
一通りの後処理が終わり。外で倉庫を背景に、顔を包帯でぐるぐる巻きにした相手が――。
「この度は、うちの従業員が大変ご迷惑をお掛け致しました事、心よりお詫び申し上げます」
――と言って、模範とすべき御辞儀を自分と少女の前で見せる。
「いやそんな」
「まったくね。次、また同じようなコトをしたら、これくらいじゃ済まさないわよ」
何故に、それを鈴木さんが言う。
「は、はい。鈴木様の件に関しましても、今後は不備のない対応をさせていただきます」
「ん。期待してるわ」
何故に……――。
「――顔を上げてください。今回の事で、そちらばかりが頭を下げるのは……――ケガの度合いも、そちらの方がヒドイですし」
そしてゆっくりと、顔面を包帯でぐるぐる巻きにした相手が顔を上げる。
大丈夫? 見えてる?
「それにつきましては隣に居る康彦から、少し話を聞いております。正直に言って、わたしに無断で行動を起こした彼らの自己責任です。よって、怪我を理由にこの謝罪の場に同伴させる事が出来なかった事、大変遺憾に思います」
その彼らとは違い。ピシッとした紺色のスーツを着る痩せ型の、声からして、男が謝罪の意を小さく腰を折って見せる。そして。
「して話は変わりますが、本当に、貴方様の治療は宜しいのですか? 言うまでもなく、費用はこちらが負担を」
「はい。大丈夫です。先ほど救急箱を借りた時に、消毒とかの手当てはしてもらいましたし、血が出てましたけど傷は大したコトなかったみたいなんで」
「しかし頭部ですので、念の為に精密な検査を」
「そうですね。できるだけ、早いうちにやっておきます」
「ではその際の負担は、こちらに」
「いやそんな――今回の事は、お互い様、というコトで」
「いえ、そういう訳には」
「けど……そ、そうだ。負担がどうというか、金って、どうなりましたか?」
「……――失礼ですが貴方様のお名前をお伺いしても、宜しいでしょうか?」
「水内、洋治です」
「ご丁寧に、ありがとうございます。その金について説明をさせていただく前に、二、三、質問して、宜しいでしょうか?」
「自分に答えられるコトなら、いくつでも」
「ありがとうございます。しかし実質、二三で十分です。ただそれを明確にしなければ商談としてもお受けする事ができませんので、ご理解を。そして前提として、鑑定の結果は間違いなく金でした。しかも純金の」
よかった、もしかしたら別の物なんじゃないかと。
「それで、量もさることながら、あのような代物をわたしどものところに持ってきた理由をお聞かせ願えますか?」
「――聞かせるもなにも、借金を返す代わりにあげるって、わたし言ったと思うけど?」
と隣の少女が話に加わる。
「はい。実質、金銭的な価値は鈴木様にお貸しした分を回収しても有り余る量があります。ですが――そもそも、わたしどもは金などの先物取引を手広くはやっておりません」
「てことは、売ろうと思えば売れるってコトでしょ?」
「伝手ならございます。しかし、出どころの分からない物を取引に使用するのは信用に問題が生じる可能性を否定できません」
「要するに、どうやって手に入れたかハッキリさせれば、買い取ってくれるのね?」
「早い話が、そうです」
「そ。なら、あっちでいじけてる子が、自分の国から持ってきた物よ」
と少女が、少し離れた場所で膝を片方の手で抱えて座り、剣先で地面を突いている女騎士を親指で差す。
ザクザク掘ってるな。
「あちらのかたは……?」
「アンタと、アンタんとこの従業員をボコボコにした子よ。覚えてないの?」
そして問われた相手が顔の包帯に触れる。
明らかに怯えているのですが。
「心配しなくても、ヘタに近づかなければ襲ってこないわよ」
猛獣のように扱うのはヤメてあげて。
「……――あちらのかたが、お持ちいただいた金の所有者でしょうか……?」
「そ、よ。なんか、文句ある?」
「詳しい経緯をお伺いしても……?」
「わたしの父親がいる国の王族よ。おしのびで来てるの」
え。
「王族ですか? これまた突拍子もない話ですね」
「でも事実よ」
「証拠は?」
「簡単に言うわね。そういうコト聞く時は、なにが証拠になるのか、先に教えてもらえる?」
「……それは失礼を致しました。では、御国の名前は?」
「知らない。親に世話を頼まれただけで、住んでる国になんか、興味ないわよ」
「なるほど。では、お名前は?」
「ん、と。――なんだっけ?」
と少女がこっちを見る。
「ジャグネスです。名は、アリエルだったと思います」
「ああ、そんな名前だったわね」
そういえば、鈴木さんがジャグネスさんを名前で呼ぶところをみたことないな。
「――アリエル、ヘブライ語で神のライオンを意味する名ですね。人名としては特に珍しい名でもありません。が、ジャグネスという名前の王族は聞いた事もありません」
「どうせ偽名でしょ」
「考え方としては、不自然ではありません」
「じゃ、納得した?」
「まだ十分とは言えません」
「アンタ、小さいわね」
「うっ」
それ言っちゃ駄目っ。
「……も、申し訳ありません。慎重にならざるを得ない立場でして」
「ま、いいわ。で、他になにが聞きたいの?」
「あちらのかたが金を持ち込んだ理由を、お聞かせください」
「そんなの、売るためでしょ」
「わざわざこの国で売る理由が?」
「そ、ね。じゃ、自分の身になって考えてみて。大事な物を、別の何かに換えるとしたら、ナニに注意する?」
「取引の内容が互いに充実しているか、です」
「そのために、絶対欠かせないモノって、なに?」
「間違いなくコミュニケーション能力でしょう。それがなければ話になりません」
「そ、ね。それが理由よ」
あ、そういうコトか。
「……申し訳ありません。わたしの理解力では、仰りたい事の要点をつかめません」
「単純に、日本語しか話せないってだけ」
「それは……いささか都合がよすぎるのでは?」
「わたしの父親が、あの子の国で日本語を教えてるからよ。ま、知ったのはつい最近だけどね。離婚してから一度も、連絡なんてなかったし」
「鈴木様の家庭内環境は融資の際に伺っております。しかし……」
「世の中って、意外とそういうもんよ」
「……――分かりました。では、最後にお願いが一つ」
「なに?」
「本人と直接、お話しをさせていただけませんか? 内容次第で、これ以上の追及はせず、そちらを信用いたします」
ム。
「――なら、ちょっと呼んできますね」
「あ。水内さんは、ここにいて。わたしが呼んでくるから」
「え? けど」
「相手がこっちを信用する前に、こっちだって相手を信用したわけじゃないのよ? もしわたしにナニかあったら、どうするの?」
ムム。
「そ、それは」
「――鈴木様の言う通りです。信用とは、一方が持つものではありません」
「ふーん。なかなかイイコト言うわね。さっきは小さいって言ったけど、撤回してあげるわ」
そう言い残し、小走りで既に結構な量を掘り返す女騎士の所へと向かう少女の背を見送る。
で視界を戻すと、小さくガッツポーズをしている、包帯男と目が合い。ギクシャクした。




