第26話〔そもそも死んでませんよ〕⑪
〝チカラ〟は、女騎士を中心として、渦を巻いた。
「――よくも」
〝渦〟は、騎士を取り巻き、周囲の物を吹き飛ばす。
「――私の」
そして沸き起こる〝イ渦リ〟が唐突に――。
「大切な」
――消える。
結果、何事も無かったかの様に、時が本来の速度で今を刻む。
「今のは、なんだ……?」
動かずに見守っていた男達の中から体格のいい男が、誰を見るでもなく、口にする。
「ア、アニキ……あの女、髪が」
そして細めの男が、女騎士の髪に起きている現象を見て、言う。
「――……静電気か?」
続き、重力に逆らい立っている騎士の毛先を見て、体格のいい男も述べる。
「お……おいっ、いまのなんだ? なにしたんだっ」
男達の中から最初に動き出す弱々しい男がナイフを持つ手を十メートル以上も離れた相手に対し突き付け、声を上げて、問う。――が返答はなく、代わりに――。
――女騎士は持っている剣の先を、横に半円を描き、真上で止める。その姿はさながら、刀身を引き抜いた者が天を仰ぐ姿に似ていた。ただ、剣を持つ者の、心情が下を向く顔に表れてしまっているという点を除けば。
「う動くなっ、動いたら――あ、あれ? え、え?」
ナイフを持つ手は前に出したまま、見た目弱々しい男が辺りを見渡す。そして、人質にしていた少女の姿を見付け、声を出そうとした矢先に本人すら何が起きたのか分からない程の衝撃で床へ叩き付けられる。
――ぇ? ぁ、あれ? なんで、倒れ……あ――足? だれの……?
と何故か見上げる事になってしまった弱々しい男の視界に、剣を持った女の姿が。
――なん……で? この人は、さっきまで。
そう、手を伸ばせば足首が掴める程の距離に立っていた相手が今の今まで居た場所を、見る。
しかし其処には誰も居なかった。唯一残された床の痕跡も、叩き付けられた際の軽い脳震盪故に、見落とす。
で呆然と、相手の居るべき場所を眺める弱々しい男の耳に床を擦る音が入る。そして視界に、再び足首が。
――これ、は……危険、だ。
と思い、寄る足に意図せず伸ばした手の首から先が――無くなっていた。
「ぁれ?」
驚きのあまり、弱々しい男の口から声がこぼれる。
「私がどうして、貴方の腕を斬り落とさなかったのか――分かりますか?」
その声は、冷徹なまでに、落ち着いていた。
「貴方みたいな、線の細い人は、血が出ると簡単に死んでしまうからです。それでは、私の気が、収まりません」
現に、男の手は無くなってはいなかった。本人からはそう見えていただけで実際は、手首に近い前腕から折れ曲がり、下に垂れていただけ。
そして真実を目の当たりにした弱々しい男の指に引っ掛かっていたナイフが床に落ちる。
「あ。ぁぁ……ぁ、あ、あぅ、ああ、う、うぁあっ、あっああぁあぁあああああああ」
倉庫内に、痛みで満ちる恐怖の、悲鳴が響く。
「あきひろぉぉぉおお!」
弟分の悲痛な叫びを聞き、これまで抗う素振りすら見せていなかった男がその体格を活かし女騎士に飛び掛かる。が――。
「ぁがッぐ、ぅあ……ぅ、ぁぁぁ……」
――みぞおちに受ける一発の打撃で、膝から腹部を押さえて崩れ落ち、苦しみに呻く。
「アニキっ」
抗いの結果、自身の拳で崩れ落ちる男を一瞥する事もなく、騎士は床を這って逃げようとする相手の背を目から足に替え――。
「来るなっ。来るなっ」
――ゆっくりと、そして音を立てて追う。
「ひぃ。――く、来るなっ。イヤだ。――や、やめろおおおおおっっ」
と叫ぶ男の這う手が、落ちていたハサミを掴む。それを、折れた腕を庇いながら振り向きざまに、投げる――弱々しい男の左腕に、二度目の衝撃が奔る。
*
視界が薄らし始めた途端、何かが聞こえてきた。
「――、――――てば」
てば……。
「ね、――て」
ねて、か。
「――ろぉ」
ろ。ねて、ろ? ああ、はい寝ます。
「キスするわよ」
「ハイ?」
「あ、起きた。なんかムカつくわね」
「起きた……?」
というか顔が近い。何故、目の前に人の顔がって――鈴木さんだ。
「わたしのこと、見えてる?」
「はい見えてます」
ただ視界は鮮明なのに、頭がぼうっとする。
「あっ、あっああぁあぁあああああああ」
へ?
謎の叫び声で一気に覚醒する――途中、痛みが頭を貫く。
「イタっ」
「大丈夫? 怪我してるから、ムリしないほうがいいわよ」
「ケ、ケガ?」
直ぐに頭の、痛みに触れる。と指に何か付着し、それを見る。
え。――血だ。
しかし殆ど固まっていた。
ム。――なんか、思い出して。
「あきひろぉぉぉおお!」
え?
「気にしないでいいから」
両手で顔を挟まれ、ぐいっと前を向かされる。
近いっ。
――どうやら姿勢からして、目の前に居る相手に膝枕をされ、上から覗かれているようだ。
「アニキっ」
ム。
「あの、なにやら周りが騒がしいのですが……」
「そ。で、お願いがあるんだけど」
「――はい?」
にしても、こうやってると相手の顔立ちや髪の垂れ幕で不思議な空間に居る様な気分だ。
「来るなっ。来るなっ」
ぐいと前を向かされる。
「あっちで暴れてる騎士さま、とめれる?」
「騎士――あ、ジャグネスさんですか?」
暴れてるって、どういう事だ。
「そ。とめれる?」
「来るなっ。――やめろおおおおおっっ」
ぐいと、更に相手の顔が急激に接近する。
ちょ近いっ。
しかも両手で、がっしりと掴まれている所為で全く動かせない。
「ダメもとで騎士さまをとめるのと、わたしにここで舌を入れられるの、どっちがいい?」
そう言って少女が唇の隙間から舌を出して、ちろちろと動かす。
「どっ努力します。だから舌は、駄目です」
言うと、目前の相手がすーっと顔を引くようにして上げる。
「ッ――じゃ、肩を貸すから立って」
いま、舌打ちが聞こえたような。
で思いの外ふらつく体の支えに少女の肩を借りて到着した、今にも剣を振り下ろそうとしている、女騎士の後ろから。
「取り込み中に申し訳ないのですが。その人、そのまま斬っちゃ駄目ですよ」
露骨に背で反応を示し相手がこちらへと顔を向ける。
「ヨ、ヨウ……? な、なぜ――」
「なぜ?」
「――生きているのですか……?」
エエ。
「そもそも死んでませんよ。というか、死んだコトになってたんですか? 俺」
と隣で肩を貸してくれている少女が首を横に振るう。
「勝手に勘違いしてたんじゃない」
「で、でも、救世主様がっ」
「わたし、一回も死んだなんて、言ってないけど?」
「そそれは、そう、なのですが……」
でなんとなく振り上げられたままの剣を見ていると、それに気づいた持ち主が恥ずかしそうにして後ろに隠す。
「落ち着きましたか?」
「わ私は、最初から冷静です……」
以前に聞いたような台詞だが、今回は全く以て説得力がない。
しかし、どうしたらこう。
「――高橋の兄貴ィ、兄貴を連れてきたっすよって兄貴に兄貴は分かり――てうわっ、なんすかこれ、どうしたんすか、どうしたらこうなるんすかっ」
うん、そう。ちょうどね。そう、だよね。