第116話〔レディース&幾許かのジェントルメン〕⑧
闘技大会の時と同様の石台が屋根のない会場の中央に設置され、その上で行われた前日の予選で勝者となった者達が各画面内で突如出現した黒い玉を見つめている。
『恐れる事はないぞ。これより始まる決戦を前に必要な、儀式のようなものじゃからな』
そうは言うが……。
突然現れた宙に浮く謎の玉。大きさは野球のボール程ではあるが、よく見るとパチっと間々電流の様な光が走っている。――何より。
『ほーれほれ、早く各自手の届く範囲まで行かぬか』
安全だと言ってる人物が特殊なので、それぞれが若干躊躇している感はある。
場合によっては一旦中止――しかし会場全体の雰囲気は、今か今かと長かった談話後の進展を期待の視線で上空や台上に控えている乙女達へと送り、待ちわびている。
これだと逃げようが……。
『屋烏の愛。じゃが、ソナタらはいつまで注ぐ側で居るつもりじゃ?』
次いで各枠内の選手達がピクリと小さく動く。
……ム?
そして誰からではなく、皆が同様の一歩を伴って動き出す。
『そうじゃ。応じるのではない、自ら欲せよ。さすれば女神は、全ての者にそれを与える手筈じゃ』
てはず……?
そうして各自が自身の立つ台上で、一名を除き、胸の高さにて浮かぶ黒い石に手を翳す。
『ウむ。そのままじゃ、そのまま暫し待つのじゃ』
一体なにが始まるんだ……?
現状、背の低い一名を除いて皆が丸い形をした黒い石を前に立っている。
鈴木さんは――取り敢えず、届いてはいるか。
で、この後はどうなる。
『ほな始めるぞーい。行ってまいれ、ホイ』
え。
――消えた。
各会場に居た五人の姿が、特別な演出無く、忽然と姿を消す。
『ほいでは待っとる間に、次の説明をしようかのぉ』
いやいやイヤ。――次の前に説明すべきコトがある。
と、思ったところで、遠方に居る相手に自分の不満はどうあっても届かない。
『これより数分、マあ長く見積もっても精々十分ほどが限界じゃろうが。不届き者共が戻るのを待つ、よって皆の者には今の内に何が行われているのかを神が解説してやろうぞ。うム、ありがたく思うのじゃ』
ウンウンと頷く。――ではなく、解説って。……映像は?
***
つい今し方まで騒がしかった会場の状況とは打って変わり。
何も聞こえない。何も見えない。黒で、埋め尽くされた暗い空間にぼうっとホリは独り立っていた。
キョロキョロと辺りを見渡して見るが遠く隅々まで黒で、何故自身だけが色濃く見えているのかが不思議と首を傾げる。
はて、ジブンは今しがた会場に居たのに――ここは?
すると不思議がるホリの前に突然小さな光が現れ、見る見るうちに人の形へと広がって直ぐその内側から。
「ヨ、……ヨウジどの?」
***
ユーリアの前に幼い少女が立つ。
それは広がった光の内側から現れた自分自身であり、更に広がる白い世界が徐々に色付いた後の懐かしい後景を背に立ち尽くす。
そして過去の姿を見る本人の瞳に色のある毛が映り。
口元に、笑みが浮かんだ。
*
『――よって、こちらと中とでは時の流れる感覚も違う。それ故に十分もの間、現実を忘れて出て来ぬ者は独力での脱出は不可能と判断し斬り捨てる』
要するに失格と。
『じゃが、己が欲に溺れず。確と現実を求めた者には、神たるワレから最後の試練を与え、打ち勝った者に此度の褒賞を授与する。これが今回の流れじゃ』
……なるほど。大体は、分かった。
と、五つの枠内に残っている浮いた黒い玉を見ていく。
そして一番大きな映像内に映る、金色に輝く美しい髪と力強い瞳をした礼装の女騎士に目を向け、て。
最早、代行という設定を活かす気はないのだろうかと内心で不安になる。
『中で何が行われておるかは個人情報ゆえに公開はできぬが。ものの十分、早ければあと数分の内に出てくるであろう乙女を、皆で紳士的に待とうではないか』
ちなみに出てこなかった場合の人はどうなるんだ……。
『ああ、特定の者が心配しているとイカンので追って言うておくがの。不合格だった者は後々こちらに出しておくゆえ案ずるでないぞ』
なるほど。それなら安心――て、誰のコトだ?
『ただ長く魅入った者は総じて現実では息苦しくしよる。よって、対処は近辺の者がそこはかとなく頼むぞよ』
そんなどことなく頼まれても。
『ほいでは皆の者よ、――見よ!』
最初から相変わらず、そう突然に声を上げ気分を高める司会の先導で主軸の映像が左へと振られ高大な地面の縁を映す。と其処に――。
あれは……。
――空間が裂けて出来た様な歪み。そしてその内側に見えている、摩訶不思議なコントラストが織り成す異世界は――。
『よくも見事、己が欲を克服した者から、あちらの出口より現れる』
――思わぬ驚き。まさか、こんな行事でも見るとは。
しかし、というコトは中は何処かと繋がっており、話の流れからすると各会場に存在している石と。
『ほいだらば、一人でも戻ってくるコトを期待して待つとしようかの』
これ、誰も出てこなかったら、どうするつもりだ……? あと、今どれくらい経ったのだろう。
『そうしたらば、寝た赤子も笑い出すというワレの漫談でソナタらの退屈を持て余してやろうかのぉ』
ただただ手に負えていない。
そして主軸となる画面が司会者と共に元の向きへ戻り掛けた矢先ピタリと――。
『ほう。思ったよりも早かったの』
――その場で足を止めた進行が、そう言って振り返る姿に画面が呼応する。
と再び映る摩訶不思議な空間の歪み。――から、平然と騎士が現れて。
観戦者ならびに関係者一同が驚く。勿論、自分も。
しかしそんな皆の心境とは裏腹にコントラストが織り成す異世界から現れた騎士は歪みから出て直ぐの所で、ぽけっと突っ立ったまま、後頭部を気恥ずかしそうに掻いている。
と上空に映る像が二人の姿、次いで全体が見え易い位置まで角度をつけながらゆっくりと動き始める。
なるほど、カメラワークは自動なのか。
などと関心してる内に、最も大きい枠内で事柄が動き出していた。
突如震動を伴い大地から突出した巨大な塔の高大な地の上で縁にある歪んだ空間を背後に何故か戸惑った様子の短い髪の騎士。其処に、姿上司たる司会者が近付く。
『よくぞっ戻ってきた!』
そう言って自身の両肩を掴んでくる相手を前に明らかな動揺で異世界から出てきたばかりの騎士が身を竦めて表情を強張らせる。
まぁ見た目は完全に同一だし。――何より、普段を知っている者からすれば、あんなてらてらした笑顔を見せられては、自分でも困惑するだろう。
『よもやソナタが生還するとはの! ウむ、友として嬉しい限りじゃわ』
生死に関わる内容だとは聞かされていなかったのだが。
『ア、――アリエル騎士団長……?』
あとがややこしくなるから、その呼び方は出来れば控えてほしいな。
しかしただ心配するだけの気持ちには意味がなく。ニコニコと容赦のない素振りで家族の尊厳は画面越しに侵されていく。
『うん? なんじゃ、言いたいことがあるのなら遠慮なく申してみ。ホリホリ、ソナタは我が心の友じゃ』
念の為に確認しておくが、見た目はどうあっても現状は女神様である。
それは、関係者と同じく内情を知るホリーさんであれば。
『ジっジブンと騎士団長が友ッ? それも心のっ』
うおい。
『そうじゃよ、馴染みあるマブダチじゃ』
『マブダチッ?』
こらこらこら。
『なんなら裸の付き合いとて以前にあると公言してもよいのじゃぞ?』
いや、それは前に同じ浴槽に浸かったというだけで――って、ん? なんだ、あれ。
次いで突然の出来事にこれまでの話が全て飛ぶほどの衝撃を受ける。
それは自分だけでなく、周りに居る皆もが同じ理由で唖然と注目する――手。
『どわっ! なにですかこれっ』
自らの肩に乗る手の存在に気づき、短い髪の騎士が声を上げる。
『フむ、やはりソナタが戻ってきたか』
そうして肩に乗せられた手を振り払うように立っていた場を退く騎士の真後ろにあった異空間から出ていた手首より先が前へと動き出し、直後に髪を後ろになで上げた本体が皆の注目を集める舞台に表立った。




