第115話〔レディース&幾許かのジェントルメン〕⑦
滞りなく、というかは殆ど一方的な公開処刑ならぬ紹介が終わり。一部が殺気満ちた状況すら意に介さない様子で事象が進行する。
『ちゃて、欲に目が眩んだ者達の紹介も済んだことじゃし。お楽しみの本編に入るとするかの』
いくら設定があるとはいえ、もう少し本人のキャラ性を守ってもらいたいのだが。
しかしこちら側からの声は聞こえる訳もなさそうだし。
かといって。と、今居る五つの会場などを含む広原から随分と離れた所に突如地面から生える様に出てきた高度で極太の地を見る。
……そもそも、登れそうにもない。
どうにもこうにも調子付く神を止める手段はなさそうだ。
『ほいでは最終試練を開始する前に、各自の声明でも聞いておこうかの。――ほい、タルちゃんなんか言うてみ』
ム。
するとこれまで主となっていた女神代行の映る画面が縮小されて端に移動し、替わりに初っ端から世間一般のイメージを覆す猛りを見せていた最強の乙女が拡大してきて主軸の位置に置かれる。
そして音声が繋がったのか、さっきまでとは違う、映像に合った会場のザワつく声などが聞こえてくる中、やや冷静になった様子の顔立ち美形の騎士が自分達の方へ――ちらりと目を向ける。
『必ず殺す……と書いて必殺』
完全に荒れ狂っておられる。
次いで縮小、主軸に自称女神代行が映る画面が拡大される。
『うム、やる気に満ちた露骨な発表であったな』
一体なにをする気だ。
『ほな、次はホリホリじゃな』
で二番目の枠が中央に据えられ、音声が繋がった。のだが――。
『ええっと、さっきの光ってる球にですか? あれ? どこぞに?』
――皆に背を向け、手を横にし額に宛てがう寝惚けた騎士がキョロキョロと辺りを見る。
いつになく目立ってるな。
そして程無く被写体が視聴者側を向き。
『ええっと、――声明? かどうかは分かりませんが。万々一ジブンが勝てたのなら、ヨウジ殿に嫁入りを希望します』
な。
会場及び全ての映像内が一瞬騒めく。
『で。――いいのでしょうか?』
誰に聞いているのかは分からないが、そう横を向く騎士の映像が急に主催と切り替わる。
『ムほーっ! よくぞ言ったぞっ、ホリホリ!』
影響し小さくなった枠内で短い髪の騎士が、ぇ? と言った顔をする。
『この公の場で堂々と求婚するなど、と、ほんにウっハっホッじゃ!』
いや、その表現のほうが余程だ。
とはいえ、いつも通りさらっとブッ込んでくるな。
『ここは申し込まれた相手の返答も聞きたいところじゃの?』
そもそも希望なのだがら、まだ申し込まれていないのでは。というか、誰かに叶えてもらう内容ではないと思うのだが。
あと、画面越しに答えを求められても見る側の声は届かないし、若干周囲から見られている気配もして気が気じゃない。
『ぁ、ほうか。今直ぐに返事は聞けんのじゃったな。うっかりちゃっかりじゃ』
そういう綻びを口走るところは確かに抜け目がない、とも言える。
『まあしかしじゃ、恵まれぬ者とて夢を持つのはよいコトじゃ。陰ながら一途に応援してやろうではないか』
ただ突拍子もない気はする。現に――。
「……どうかしましたか?」
――左側に座る二名の女子から他と突飛した眼差しを向けられている。
それゆえ自分から、一席分近いという理由で預言者を見、訳を問い質す。
「何がでしょうか?」
いや、二人して横からガン見してきたら、普通気になるでしょ。
「……――何か、言いたそうだなと思ったので……違うなら」
「いいえお答えいただきたい質問がございます」
珍しく食い込みだな――。
「――ええと、……なんですか?」
結果焼いた様に精強だった瞳の色が一旦閉じられ。――改めて。
「洋治さまは今後、如何なさるお積もりでしょうか?」
どう……。
「……――と言うのは?」
「明瞭な、身の振りです」
身の振り……。
「それはさっき、――……これまで通りでは、駄目ですか……?」
「イケません」
何故に。
「マルセラ様が仰られたように、これからの未来、ご自身が将来行き着く立場を思い遣るコトは大変重要な課題と存じ上げます」
――言いたい事は分かる、が。
「それって、今――答えるコトなんですか……?」
この催しが終わった後に。いや、順序を立てるのなら、そういう悩みはまだ先の。
「遅かれ早かれ“今”決めるべき事柄かと」
そんなバカな。――けど。
「……どうして、そこまで」
そもそも悩むとして自分自身の問題であって、殊に他人様が迫る内容でもないのだが。
ただ――。
「第一、ジャグネスさんが居ない今の状況で将来の事を決めるのはちょっと……」
――場の雰囲気を察し、気持ちを隠さず正直に現状の考えを言う。
すると相手の威勢的な張りが途端に弱まり。次いで、若干前のめりになっていた姿勢も引き下がる。
ム……?
その結果黙ってしまう相手を見て、理由は分からないが傷付けてしまったのかと思い。
預言者を間に挟み向こう側に座る銀髪の少女と顔を合わせる。
「んー、――よく分かんないけど。ようじが悪いんじゃない?」
エエ……。
『ほな、謎の美少女Sよ。申すがよい』
なんと言うか、今更だが。
『――べつに、この期に及んで言っときたいコトなんかなんもないけど。結果がどうあれ、水内さんはわたしのモノよ』
女性というのは実に怖ろしく気難しい。
気高い少女の公言が終わった後、結局似たり寄ったりの乙女発言が続く。
その内容は要略すると全て“自分を対象とした話”だった。
……なんで。
「今のお気持ちは如何なものでしょうか?」
一部を除き。大半が今のところ更なる進行に声を上げる司会者の映った画面に目を釘付けている中、何故か預言者が妖艶な目付きで自分を見、そう聞いてくる。
「如何と聞かれても……。まぁ誰が誰を想うかはその人の自由なんで」
「おや、とうとう覚悟をなさいましたか?」
いや――。
「――受け容れた訳ではないです。ただ自分が正しいと思う事だけで誰かの幸せとか、そういった考えを否定したり拒む事が問題の無い結果には至らないなと、最近考えを改めました」
だからといって、引き取るなんて同情は絶対にしたくない。
けれど昨夜観た――あの体験が、徐々に経験した様な記憶に変わる内はこれまでとは違う自分を様子見たい。
――よって、以前と同じ結論を出すに至らない自身を見て、左に横並ぶ二人が困惑した表情をするその顔を正面を向けた視界の端で捉えながら、また新たに加わった明確な情報を頭の中で少し――整理する。
※
朝になって意識を覚ます頭の中に流れ込んできたのは自分ではない誰かの記憶だった。
赤い少女の内面を見た時とは違い。一度観たことのある過去の情報が一時に積もった為時間を空けつつ行われた自己を防衛する反射的な本能だと思われる。
内容は単純で、圧縮された過去の経緯を――例えるなら、一度観た映画の中身を少しずつ思い出していくような感覚。
その実、他人事の様に思える曖昧な記憶だが、まるで自分が体験してきたみたいな実感も付き纏う。
ただ起き抜けた時よりかは自分との差異も明らかで、頭に浮かぶ映像やふと胸をよぎる感情的な彷彿も、別の誰かが懐いたモノなのだと現状はハッキリと、分かる。
孤独を愛した。しかし他者を慈しむ事を覚え、己を持った。
自分以外の何かに影響され創られた感情はいつしか元の容を忘れて注がれる。
次第に膨らんだ喜びは外に溢れ、他を染めた。
世界が自分一色になり、喜びも束の間、孤独だと知る。
それが悲しくて眠った。
結果長らく――。
*
各会場を映す画面に新たな演出が加わり、画面内の石台上中央に。
『乙女共よ、これよりワレの合図を待ってから一斉に、その黒き玉に触れよ』
女神が代行の指で鳴らした音が、理屈はよく分からないが、直接自分達の耳元まで響くと次の瞬間パッと台上に出現した丸い玉。
その黒い色をした見た目から、大きさは違えど直ぐに例の石だと分かる。
まぁ何事もなければ……て――無理な話か。




