第114話〔レディース&幾許かのジェントルメン〕⑥
各予選会場のそばに立てられた柱の上にある黒い女神の石から放たれる白い光の線。それが女神杯を行う会場、草木などを切り整えられた広原の中央上空にて集結する。
そして広がり映画館さながらの巨大な幕となる光に映し出される像は現在“しばらくお待ちください”と、表示されている。
斯くして上映までを待つ観客の立場で急遽作られた土製の即席中央劇場に一席を頂き、一年を温暖な気候で繰り返す異世界の陽気が両隣に小柄な女子を置く自分達の場所を含めた席に爽やかな陽射しを清風と共に届けていた。
――で、だ。
一旦所有するペガサスから降り、近くの席に腰を下ろして隣席の女子二人と話す計三人のまったりムードを壊さないよう――背後の席に一目。
「ほ……ほ」
会場を囲む背もたれのない長椅子で老齢の魔法使いが何やら魘される様な感じで声を発し横たわっている。
なんだろう、……服の上から? 湯気が出てるな。
まぁけど理由というか、どのみち理屈は分からないので、そっとしておこう。
と事態を憂慮することなく、光の幕が上にある中央、正面を見た途端――。
「ね、ようじはこれからどうするの?」
――預言者側、少し前に馬の背から移動し見えている左の席に座る褐色肌の銀髪少女が少し前へと顔を出して脈絡の無い話を振ってくる。
「……何がですか?」
「んーと、――今回の女神杯が終わって、から?」
「終わってから……。普通に、これまで通り自分にできる仕事をやると思いますけど……」
「そっかぁ。王様にはならないの?」
ふぇ。
「……お、王様……?」
また他国の姫は一体なにを言い出すんだ。
「うん。アリエルと結婚したのに、――ならないの?」
ああ、そういうコトか。
「ならないと言うか、そもそもなる気がないですね」
もしもそういう話になっていたのなら、今頃……。
「アリエルに――お願いされても?」
ム。
「……お願い、しないんじゃないですか……?」
その結び、聞いた訳ではないので、どうかは知らないけれど。ただ、少なくとも――。
「――今までその手の話をしたこともないですし。何より、本人が関わりたくない雰囲気なんで……」
第一、姓まで変えて関係を絶とうとした経緯もあるし、現実的にないと思うのだが。
「そっかー。アリエル、――メェイデンの王様のこと嫌いだもんね」
ム。――この口振りからすると。
「なにか知ってるんですか?」
「ぅ? ぁー――ようじは知らないの?」
何が。いや、この場合は。
「……聞いたことはないですね」
「そうなんだ。んーとね、――たぶん原因になった、後妻探し?」
「後妻探し……?」
ただ既に、なんとなく、ヤな感じではあるが。
「うん。随分前の話だけど、――メェイデンの王妃様が死んで直ぐ、王様が次の奥さんを探し始めて」
なるほど。
「それでフィルマメントにまで来て、パパも協力していろいろとヤったみたい」
ヤ……。――内容を知りたいが、聞くに憚れる。ただ――。
「――もしかしてそれが現在の、二人の間柄に……?」
「だと思う。私と同じでまだ小さかったけど――アリエル、相当王様に怒ってたし」
なるほど……。――しかし。
「けど、こっちは一夫多妻制ですよね……?」
「うん。だから――私はアリエルがなんで怒ってるのか分かんなかった。今は違うけど」
ふム。
「でも、――メェイデンの王様は王妃様と結婚してから、ずっと側室は拒んでたってパパが言ってたし……今思うと、なんでだろ?」
ム。
「そうなんですか?」
「うん。なのに――フィルマメントに来たその時は私にまで、声を掛けてたよ?」
ムム。
それをジャグネスさんが見たとしたら、自分の感覚でいえば、怒って当然だな。けど。
「ちなみに、どうしてこんな話に……?」
「ぇ? ぁ――分かんない、ね?」
ほんと困ったものです。
『レディース&幾許かのジェントルメン、待たせたの!』
突如しばらくお待ちくださいの映像が切り替わり雑談中だった人々の上で先程までとは違う礼装を着た輝く笑顔の騎士が声を上げて現れる。
あれは……確か、去年の式典で着てた。
『皆の者、ようやっと各会場に自称最強を名乗る乙女共が現れおった。よってこれより、確たる女神の反抗者共を紹介してやろうッ』
いや、なんで紹介するんだ。――とはツッコミはしないけども。
とこの場の雰囲気に馴染む努力をする。
『まずはこの者だ』
そう言って自称代行女神が自身の映る巨大な幕を背景にした下部を指す。とそこに小さな映像枠が現れ、見慣れた最強が後ろになで上げた黒紫色の髪で威風堂々と立っていた。
『第一会場にて武を誇った不届き者、タルちゃん!』
こらこら。――紹介された本人が面食らってますよ。
そして何か言ってるみたいだが、小さな枠は映像だけで音声が無い。
『ヌ? なんじゃ、文句があるならここまで来てみィ、おっはっほ』
どうやら向こうからも下の映像は見えているみたいだな。あと、個性的な笑い方だ。
『さァてマヌケは放り、次の者を紹介するとしようかの』
それ以上は――というか、恐ろしくて下の枠内が見れない。加えて、第一会場のある方からズドンズドンと豪快な音が聞こえてくるのは幻聴だろう。
『次は万物、広き学を持った知恵者に選ばれた我が友――ホリホリじゃ!』
次いで指した新たな下部に枠が現れる。と、その中に映し出された第二会場の石台上で。
『ホリホリっ』
どこでも寝るな……。正直、医学的に不安です。
続き他同様に会場内の石台上で腕を小さな体格と比較して発育のよい胸の前で組み立っていた少女が紹介される。
『フむフむ、謎の美少女Sと名乗っておるのか。いっそ本来の名、ハナ――じょっ、冗談じゃ……』
離れた場所に居る、しかも神様を相手に画面越しで臆させる眼力はさすがだ。
『……ほな次にいこうかの』
明らかに気後れした様子で、先の三人が映る枠に横並んだ箇所を指す司会。
次いで四つ目の新たな映像が現れ。
ム……。――あの人は。
空の枠内に映し出された会場、そして前髪を額に垂らし真っ直ぐに切り下げたオカッパ頭のモミアゲに位置する毛先を左右で凛と揺らす人物が。
『四人目は――ほう、なかなかの点数じゃったな』
いつの間に出したのか、手に持った一枚の用紙を見ながら上空で大半の領域を占めて映る総合司会がホウホウと声を出し頷く。
にしても、全く客席に情報が入ってこないのだが。
と、進行が中断している間に新しく出た映像枠に目を向ける。
ルシンダさん……だ。どう見ても。
メェイデンの王国騎士団に所属する騎士団長補佐、ようはジャグネスさんの次に騎士団では偉い人だ。
『名は――団長補佐か? まんまじゃの。――ヌ、なにやら小さく書いておる』
自分がこっちに来る以前から騎士団で補佐をしているみたいなのだが、実際に顔を合わせたのは去年の結婚式が初。
で一見すると常に書類などを抱えて忙しそうに、けど涼しい顔をした熟練の女性。なのだが――。
『鬼の居ぬ間にご主人さんを略奪隊の、と書いてあるの。ふム、よい意気込みじゃ』
――他とは違う意味で、茶目っ気が特殊であると前から思っている。何を目的とした隊だ、それ。
まぁなんにせよ。
『……なんじゃ? 手が勝手に震えておる……』
何事もなく終わることを願うばかりです。
あの紫色を帯びた黒い髪と服の襟を鼻骨まで伸ばし舞踏家の様に立つ姿は、確か。
『マリア・ベネット、元九番隊の隊長で女神杯の志望動機はとある意中の者を振り向かせるためとな。フムフム』
やっぱり。
以前見た時よりも更に長くなった髪の所為で一瞬分からなかったが。
というかあの用紙、そんな事まで書く欄があるのか。
『射止めるのではなく気を引きたいとはなんとも健気じゃのぅ。――ウむ、こっそりと応援してやろうではないか。年齢的にも最後の機会と言えるしの』
そんな事はないと思う視界で少し引きつった様に動く最終枠の人物。と同時に見え難くなった逆側の枠内でも些か動きがあったみたいだが、敢えて無理には見ないでおく。
「なるほど。そういうコトでしたか」
ム。と、急に喋り出した隣席の相手に顔を向ける。
「突然なにゴトですか?」
「いえ実は昨晩、昨日の購入品を整理していた際に幾つかの品が無くなっているコトに違和感を抱いていたのですが、ようやく合点がいきました。なるほど、ルシンダの仕業でしたか」
ああ、だからさっきから黙考しているみたいな顔をしていたのか。
にしても、あの量を全部把握していたとしたら途轍もない記憶力だな。――で。
「仕業? どういうコトですか?」
「惚けを装い悪巧みをする性格は尚も健在というコトです」
それはヒトゴトでしょうか。




