第112話〔レディース&幾許かのジェントルメン〕④
一先ず開催に急ぐ二人を見送ったのち――。
「爺、何用?」
「ほっほっほ。エリアルよ、師に対して爺はイカンといつも言っておるじゃろ」
「教えられた覚えはない」
「まあ、そう言わんとの」
――と、孫と話す祖父の様な魔法使いに歩み寄る。
「ええと。大導師様、お久しぶりです」
正味一年ぶりだろうか。
「ほ? 主は……――誰じゃったかの?」
エエ。
と次の瞬間――。
「ほへッ」
――魔導少女が持つ本人の丈に近い長杖が、とんがった帽子を被る老人の後頭部を叩く。
エェ。
そして前方に崩れ落ちる、絵に描いた白い顎髭を生やす魔法使い。
「……いずれにしろ、こうなる」
生命あるもの――じゃなく、泡吹いてるっ。
危うく高齢者虐待の死亡事故に繋がるところを即時対処で未然に防ぎ、事無きを得た後。
「ほっほ……、婆さんが手を振っておったわい」
本当、命とは淵瀬である。――で。
「……大導師様は、どうしてここに?」
と一年の時を経て前触れなく現れた老人に問い掛ける。
「ほ? 主は……」
チャっと老いた背後で杖が構えられる。
「……冗談じゃよ、ほっほ」
現状どうでもいい話ではあるが、大導師様って凄く偉い人だったのでは……。
「ほむ。皆、息災であったかの?」
「ぁ、はい。元気にしてます」
皆が何の範囲をさしているのかは分からないが、少なくとも先ほど死に掛けた老人よりは元気だろう。
「ほいか。それはよきことじゃ」
なんだろう。――このままだと一向に話が進まない気がするのだが。
と不安になった矢先、白いローブを着る小柄な体が老いた魔法使いに近寄る。
「ご無沙汰しております、フィロ様。して、此度はなに故このような場に足を運ばれたのでしょうか?」
「ほ? 主は……」
途端にむずと預言者が老齢の相手が被る帽子の折れて下に垂れた先を指で摘まみ取る。
……ム?
次いで和やかに笑み。
「常々有事の際フィロ様には頼りがちとなってしまっている事を前々から反省しておりました。どうでしょう? 此度の一件が済み次第、私が推奨する地にて奥方様と隠退なさっては」
そして言い終わると同時に、老いた魔法使いの額やその周辺から急激に水の様な液が溢れ出す。
――汗ッ? いや、溺れる溺れてるっ。
「……大丈夫ですか?」
謎の水流に呑まれた後、白髪の頭部から滴る水分をハンカチで拭き取る年配者に心配で声を掛ける。
「ほ……さすがに今のは、婆さんが二人見えたわい……」
何故に増える。
「世迷い言を、フィロ様の奥方様は今尚ご健在ではありませんか」
え、そうなの。
「ほっほ。――フェッタちゃんの指摘は若い頃から的確じゃの」
「おや、過ぎ去りし日々の記憶が現在に合致していないみたいですねェ。さすればもう一遍、時を遡るコトをおすすめ致しますが?」
「……それはまだ、遠慮しておこうかの……」
適切な判断だと思います。
そして拭き終えた布を絞り、持っていた帽子を被り直す年老いた魔法使いが態度を改める感じで預言者の姿を眺める様にじっくりと見る。
「――奥方様に言い付けますよ?」
「ほッ、カン違いじゃよっ」
「そうでしょうか? 殿方の行いは年齢如何を問わず似たようなものです」
急に何の話を……?
「わしにはもう戦バカほどの元気はないわい……」
「おや、古き友を馬鹿呼ばわりするのですか?」
古き……戦? ――誰のことだろう。
「あやつは友ではなく、生存するただの知人じゃよ。それよりもフェッタちゃんよ、とうとう御役は御免になったのかの?」
すると何故かピクッと一瞬、老人と向き合う預言者の動きが止まる。
ム……?
次いで軽い咳払いをして――。
「――その件につきましては後日、改めてお話を致します」
「ほむ。ようやく、わしも退任かの?」
「どうでしょう……。大導師フィロ様の後釜に据える賢者など、そうそう居はしません」
「……――根回しの速さは、歳を取っても変わらんの」
途端に預言者の手が帽子の先をわしっと掴み取る。
ああっダメ!
二度目の浸水を経て、返ってきたハンカチを受け取る。
「婿殿よ、ありがとね」
よくあの水量をこんな布一枚でって、あれ? もう乾いてる……? ――それに。
「婿殿……?」
この方にそんな呼ばれ方というか、そもそも婿の立場にはなっていないはずだが。
「主は、アリエルちゃんの花婿じゃろ?」
ム――。
「――いや、婿養子になった訳では……」
「ほむ。何れはそうなるじゃろ」
何故に。――というか、最初の質問に戻るが。
「……ちなみに、大導師様は何故ここに……?」
「ほ、――おぉそうじゃったそうじゃった」
ム?
「じつはじゃの、婆さんと孫娘に頼まれて来たんじゃったよ」
「頼まれて来た……?」
「ほうじゃ、わしは見に来る予定ではなかったんじゃがの。応援すると張り切っとった孫が昨晩、小道具作っとる最中に手違いで自爆してのう。じゃから婆さんは看病、代わりにわしが来たんじゃよ」
イヤ、なんで。というか、凄いお孫さんだな。
すると老いた魔法使いが何気ない感じで魔導少女に顔を向ける。
「ほいで、エリアルよ。どうじゃ?」
「……知らん」
「ほっほ、随分と様変わりしておるの」
ム。……そうだろうか? ――いつもの身なりだと思うが。
と、右側に居る少女を首を回して視界に捉える。
「主ら姉妹は母親に似て、器用とは言えんからの。じゃが一度決めたら徹底するのも同様じゃ。何事も、加減が大事じゃよ」
「……――煩い」
そして、口からホッっと発するご老人に顔を向ける。
「大導師様は、二人のご両親と面識があるんですか?」
と言っても一人は王様なので、そっちは当然あるだろうけど。
「あるよ、二人共に若い頃からの」
ム。
念の為――。
「どんな、人だったんですか?」
――隣に居る娘の様子をチラっと窺いつつ、口にする。
「ほうじゃの……」
白い髭越しに指で顎をつまみ、記憶を思い返す素振りを見せる老人。すると横で話を聞いていた預言者が自分達の間に入り。
「そうした話は開始を待つ合間、席に腰を下ろし聞くのが宜しいかと」
ム――。
「――席?」
そんな物が一体どこに。と辺りを見渡す、が上空の放送前に比べて集まった人々が各会場へと分散したので多少減ったものの点在する出店以外は基本平らに整地されただけの広大な土地があるだけ。
「……どこにそんな場所が?」
ひょっとして地べたに直接。だとしたら、自分は問題ないが、普段の振る舞いからして少し本人らしくないと。
「フィロ様ほどの導師であれば我々の腰が休まる造形を作り出すことなど容易く行えるものと存じますが」
「ほ。――ほいほい、そのくらいは容易じゃよ」
「流石のフィロ様です。さすればざっと千――いえ数千ほど」
「ほッ?」
さすがは預言者様、言う事が酷い。
結果冗談かと思われた発言の後、会場へは行かずに中央広場に残った人々の為、仕組みはよく分からないが地面を下から押し上げているみたいな感じで作られる広い土地を隅々まで埋めた即席の観覧場。その片隅にて――。
「どうやら限界のご様子で」
――先達の功労者が一人、地に膝を突いて倒れ込む。
「いずれにしろ、こうなる」
これは喪服の準備をしておいたほうがよさそうだな……。




