第111話〔レディース&幾許かのジェントルメン〕③
突然世界が灰色になり動きあるモノが固まる。
ただ意識は正常で、視界も動かせないものの見えてはいる。
しかし口などの身体が止まっているので喋る事ができず。
「あーよいよい。そのまま聞いておれ」
突如目の前に出現した光の球が淡く発光を繰り返し告げる。
ム……。――今、どういう状況なんだ……?
「ここはの、ワレの力で制止した時の狭間じゃ」
……時の狭間?
「ウンむ。止まっているように見えるがの、限りなく極めて鈍重に時は進んでおる」
なるほど。って、聞こえてる……?
「石を介さず内心の声など分からんがの。ソナタは汲み取りやすい。まあ特別じゃの」
なんというか、別段嬉しくはない。
「しかしなんじゃ。気になっておるじゃろ?」
ム?
「ワレが突然出てきた理由じゃ」
それは言うまでもなく。
「うム。歯に衣を着せない、ここだけの話。挨拶をな、しておこうと思うてな」
……挨拶? 何の。
次いで実はと言って告げられる内容を聞き、静止した時の中、心が揺れ動く。
世界に色が戻り、視界が動き出す。と直後に――。
「どうか、なされましたか?」
――決めかねる表情をしていた預言者が、不思議そうな顔となり、聞いてくる。
ム。
途端にぐっと袖口が引かれ、いつも以上に首を回して見る隣の少女が徐に口を開ける。
「……大丈夫?」
と心配そうに、何かが起きたであろうことを雰囲気で窺われる。
ム、――妹さんには今のが。
そしてそこから言葉を続けようとした途端、足元が大きく振動し。
「キャ」
反射的に声の上がった方を見る。
「どうして、また、揺れてるの?」
揺れる地面に耐えて倒れないよう姿勢を保つ銀髪の少女が、自分を見て、告げる。
こ、これは――。
「ヨっヨウジどの! 見てくださいっ、空に!」
――言われて咄嗟に空を見上げる。
これは、どういう……。
広原に集まった人々の上、皆が見上げる空で五つの光線が一つに集合する。
結果、既に揺れが収まった地上で次の展開を待つ体勢となった自分達を含む群衆の前で集う光が空で大きく広がっていき。
なんか見たことのある光景だな。
と、次第に巨大な平面となった光の幕を眺め続ける。
すると突然、ブンと音を立て一同が待望する事態が進行した矢先――。
え……。――動揺する。
『あーあー、チェック・ワン・ツー、マイクテスト中。――見えておるかの?』
空に広がった光の幕。其処に現れた巨大な映像が人々の上で、そう語り掛ける。
『ウむ。どうやら大丈夫なようじゃの』
堂々たる騎士の姿と美麗な顔立ちに似合わない古臭い口調。
直ぐに周辺からもざわめき、そしてどよめきが起こる。
何故なら、現状本人は預言者の計らいで出張中の立場で収まっており、一部の真実を知る人達以外の前で赫々たる姿を見せてはイケないからだ。
そんな訳で、当然事情を知らずにざわつく群衆から発せられる言葉は、そういった内容に関わるもの。
ただ自分や内情を把握している身近な皆の表情は別の意味で強張っていた。
ど、どうするつもりだ……?
さっきの話といい、一体なにが目的――いや、したいんだ。
すると最大限の不安で様子を窺う自分を含む人々に力強い眼を向けて、空で巨大に映る人物が片方の腕を水平にバッっと広げる。
『皆の者、よくぞ今日という栄光の場に赴いた。ワレは普段、メェイデン王国騎士団の団長を務めるアリエル・ジャグネスではあるが、本日に限り、この世界を愛し愛される女神の使者を名乗る役目を担う者である』
ム……。
『――よって今日の女神杯に於いては皆を導き、また前日の勝手な予選会で最強の乙女などと言う美しき女神の前で無礼極まりのない名誉を自称した者達に神と代わり厳しい試練を与える事とした』
な、なにを。
「なるほど。元主ながらに面白味のある手法です」
ムと近くに来た相手を見る。
元、主……? いや、それよりも――。
「――どういうコトですか?」
「どこまでが御本意であるのかは存じませんが、催しを盛り上げる余興としては為すべき配慮を為されております」
なるほど……。――つまり。
「ジャグネスさんに対する、気遣いってコトですか?」
「そう捉えるコトも可能と申したまでです」
ふム。
確かに突然出てきて、しかも語調まで変わっていたらオカシイと思うのが普通。
そういう意味では話の流れ的にも悪くない演出だ。
実際、周辺の内容からして皆が状況を理解し始めた様子で騒がしくはなくなってきているし。――ただ。
配慮が必要になるのなら、そもそも外見を変えればよかったのに……。と思ってしまう。
とはいえ、今後の展開にもよるので、しばらくは黙って見ていよう。
『ウむウむ。どうやら皆、理解ができたようじゃの。よい子、よい子』
……まぁこれくらいはいいのか。
『ならば皆の者、これより女神杯最終決闘の場を公開してやろうぞ。見よ!』
両の手を末広に左右へと伸ばし、ここだと示す映像内の自称代行女神。だが――。
いや、どこよ。
――本人が今何処に居るのかを知らない我々には全くもって場所が分からない。
『ヌ……? ああ、スマンスマン。せやったせやった』
次いで空に映る像がカメラを引いたようにズームアウトする。と、ほぼ同時に――。
ああ、アレか……なるほど。
――上を見ていた皆の顔が同じ方角を向く。
それは先ほど起きた地震で揺れが収まった後、誰もが気付いていたであろう謎の突起物こと茶色い巨塔。
但し塔といっても、その実は見た目ただ地面が高く盛り上がった一本の棒状。
なので揺れが収まり周辺を確認した時点で広原から随分と離れた所に今まで無かった物体が空高くそびえ立っていたコトに誰もが気づいていたはず。
「どわっ。――見てくださいヨウジどの! 大変ですっ」
……まぁいつものことだ。と慌てふためく騎士を気にせず、映像の方に目を向ける。
『ほな、皆々分かったところで話を進めようかの』
カメラ引いたままですよ。
そうして自称女神代行からの進行は続き、最終的に――。
『――ほいでは各最強を名乗る乙女達よ、我がもとに来れるものなら来るがよい。待っておるぞ!』
と言い放ち、映像が“しばらくお待ちください”に切り替わる。
……来てほしいのか、ほしくないのか、どっちなんだ。
次いで、無駄に長々と行われた三文芝居を見終え、皆の方を向く。
すると真っ先に目が合った少女が口を開き。
「ま。くっだらない内容はともかく、わたしは行くわ」
行く? ――ああ、映像で説明されてた昨日の予選会場か。
「で、水内さんはどうするの?」
ム。
「ええと。自分はこの辺で観てます」
各会場でも観れるそうだが、中央広場となるここは今と同様に映像が放送されるみたいだし、移動する手間もない。
もちろん歩くのが嫌な訳ではないけれど。
「でもここ、座るとこないわよ?」
ム。――自分的には問題ないが。と、随伴して残りそうな対象を見ていく。
そして最後に見た銀髪の少女が、あっと顔を閃かせると――。
ム?
――何故か指を軽く口に添え、南の空へと高らかに口笛を吹く。
おお。
音が鳴ってから一分と経たない内に、南の空からやって来たペガサスが地に下り立って主の傍で翼を折り畳む。
「私は、この子が居るから――どこで観ても平気だよ」
自身に頭部を擦り付けるペガサスを撫でながら、飼い主である他国の少女が自分を見て告げる。
なるほど。
――にしても目立つな。やや周りの目が気になる、が。
「ペガサスって、呼んだら来るんですね。それまではどこに?」
「んー――分かんない。それに呼んだら直ぐに来るのはこの子だけだよ、私が小さい時から、そう」
なんだろう、馬なりに飼い主が無茶しないように見張っているのだろうか。
「ほっほっほ、母性ならぬ馬性じゃな」
へ。
皆が一斉に声のした方を見る。と其処に、とんがり帽子を被る年老いた魔法使いが立っていた。
ぁー……たしか、この人は。
「ん、――なに。おじいちゃん、迷子?」
「ほッ、迷子っ」
こらこら。




