第109話〔レディース&幾許かのジェントルメン:乙女杯/幕開き〕①
いつも通り城の乗降場で馬車を降り、昨日と同じ五つの会場がある広原方面へと自分の袖口を掴み右側を歩く少女と共に向かう。
その道中、といっても殆ど暗黙の待ち合わせみたいな形で、各方面に設けられた門前で出会った二人の内、白いローブを着た一人が足を止めた自分の前に進み出て来ると開口一番に――。
「――いったい何があったのでしょうか?」
と、やや動揺した表情で挨拶を済ます事なく預言者が聞いてくる。
「おはようございます。――何がですか?」
「……――何がですか? ではありません。その瞳は如何されたのですか」
ああ、なるほど。あと、なんか怒ってる……?
「……ええと、いろいろとありまして」
「いろいろ……? 一夜の出来事にしては驚くべき傷痕ですが。なにより――エリアル、貴方がそばに居ながらなに故この様な事に」
自分の見えていない側に居る少女へと強張った面持ちで顔を向け、憤りを感じる声色で正面に立つ相手が問い掛ける。
ム。
「……ごめん」
いや――。
「――妹さんが謝る事で、は……」
思わず咄嗟の弁明を口に出した矢先、相手側の後ろに居たもう一人が預言者の隣りにトボトボと、どこか哀愁漂う雰囲気で、やって来る。
……ム?
「どうかしましたか? マルセラさん」
そして来た相手に正面を向け、若干落ち着かない様子で自分を見てくる訳を問い質す。
「ぁ、――あのね。その、ね……。ゴっ」
ゴ?
「ゴメンねっ!」
へ。
「……何のゴメンですか?」
「私、ようじにヒドイことしたから。それの、ゴメン」
ヒドイこと……。
「昨日ね。あれからね、――フェッタ様と話して。……私また勝手なことしたから」
昨日、あれから。――ぁ。
次いで、ああと忘れていた重大な事を思い出し。
「ィ、いやっ。自分の方こそ、と言うか――悪いのは自分だと」
「ううん、違う。ようじは、何も悪くないの」
そんなことは全くないと思うのだが。どう考えても――。
「だって私、最初っからフィルマメントにようじを連れていくつもりだったから」
――ハィ?
「い、一体なにの話を……」
と言うか、どういう事だ。
「……去年」
ム。と、伏し目がちに語り口調で話し始めた相手に意を注ぐ。
「メェイデンとの女神杯があってからフィルマメントに帰って、しばらくは普通に過ごしてたんだけど……。けど、私にもよく分かんないけど……ふとした時にいつも、――また来たいなって思うことが最近多くなってて」
「それはメェイデンに、ですか?」
「うん、――メェイデンに」
なるほど。
「まぁ国家間の事は自分には分かりませんが、来る分には――と言うか実際、来た訳ですしよかったのでは」
その上で、何故謝られたのかが全く解決されていないけれど。
ただ相手の様子からしてまだ続きがあるみたいなので、続けて聞き手の姿勢を維持する。
「来るだけなら、そう。でも、なかなか来る気になれなくて――……困ってたの」
ム。
「なれない? 来たかったのに、ですか」
次いで細くキラキラと輝く綺麗な銀の長い髪が縦に揺れ動く。が、その後に言葉はなく黙ってしまった。ので。
「それは、どうしてですか……?」
問い掛ける。と俯き気味だった顔が上がり。
「分かんない」
ム……。
「……分からない? ナゼ」
「それが分かりたくてメェイデンに来たの。で――ようじをフィルマメントに連れて帰るまでがイマ私がしなきゃイケない事だってお姉ちゃんが教えてくれた。から来た、――ううん。来れた」
……うーん。
正直、聞いた分に、何が起こっているのかが全く把握できない。ただ――。
「――けどお姉さん、もの凄く怒ってませんでしたか……?」
先日の、来た当初に水晶玉を通して連絡した時の事を思い出しつつ口にする。
「あれはワザと。セシ姉が得意だと思ってる、――演技?」
え、そうなの。
と話を遮られる形になったものの、横で口を挟まずに大人な対応をしている預言者の顔を無意識に見る。
結果、静かに瞼を閉じて肯定の意を示された為、見る相手を戻し。
ひょっとしてまた知らなかったのは自分だけ……。
「けど、なんでまた、そんなコトを……?」
手段はさておき、流れ的に大事なのはその理由だ。
「たぶん、――メェイデンに滞在する期間を長くするため、だと思う。だって行くのを駆り立てたのも含めてセシ姉が先頭だったし」
「……――それは詰まり、自分を自国に連れ帰るのに要する期間って事ですよね……?」
次いでウンと相手が頷く。
何故……。
「そもそも、付いて行かなければイケない理由は……その、聞いたんですか?」
「うん、聞いたよ。でも――連れて来たら分かるの一点張りで、何回聞いても詳しくは教えてくれなかったの」
「なのに、来たんですか?」
「うん……、来たかったのは、来たかったから」
なるほど。
「うーん、――ようじは、なんでだと思う?」
ム。
「それは、自分に聞かれても……」
ただ客観的に考えて。――……なんでだろう?
と結局答えの出ない事に悩み掛けた矢先、今まで黙って見ていた預言者がフードを被らずに肩口から一括りにして垂らす薄い緑色の頭を自分達の間にすすっと割り入らせる。
「その答えを理解するに互いの未熟さがアダとなり今はまだ判定しづらい事と存じます」
ム。
「――ゆえに、先んじてすべきコトがナニか速やかに気づき、直ちに対応する事を、強くおすすめ致します」
ふム。
「と、言うと?」
すると膨らんだローブの袖口から白くか細い手がやや出、こちら側の後方を指で示す。
そう促されて、ムと振り返る直ぐ後ろに――。
「やっと気づいたわね」
「ヨウジどの、おはようございます」
――長く整った黒い髪をさっと払い撫でる少女。と、続けて隣に居る本人心酔の魔導少女から順番に挨拶をしに行く短い髪の騎士が立っていた。
いつの間に――ではなくて。
「おはようございます」
と気持ちの上では預言者側に行ってしまった相手も含め、礼を返す。
「オハヨ。に、しても意識してないのにナニかと会うわね、わたし達」
目的地が一緒な訳だから、確率的に不思議ではないと思うのだが。
とはいえ無難に、ですね。と同意で返答し、様子からして聞くまでもない感じではあるが確認の為。
「今日の女神杯に出場するんですか?」
「当然。わたしが有象無象を分けるふるいで落ちるワケないでしょ。そんなの、神サマにも不可能よ」
凄い自信だな……。――まぁ鈴木さんらしいけど。と、久しぶりに服装も西洋の人形みたいなのを着ている少女を見つつ、漠然と感服する。
すると何故か急に表情をやや曇らせ――。
「――で。どうなったの……?」
ム。
次いで、なにが。と声に出した矢先の、相手の目配せを見て、咄嗟に口ごもる。
何故なら明らかに今は預言者側に寄った位置で静かに立っている相手を差したものだと分かったから。なので――。
「どう、と言うのは?」
――気持ちなどを改め、慎重に話を進めることにする。
「……詳しく聞いたりはしないわ、興味もないし。でも、いちお気にはなるから、知り合いとして心配で聞いただけよ」
そのわりに早々卑しめた発言をしておりましたが……。
「まぁその、本人なりに整理はできたんじゃないかと、思います」
「そ、なら平気ね」
早いな。
「ま、端っから気を遣うつもりなんかなかったし。十分よ」
正直なにの事か全く分からない。が、満足したのであれば。
「……そうですか。――ええと、なら要らない心配だとは思いますが、今日も出来るだけ観てますんで、怪我とかに気を付けて頑張ってくださいね」
「ん、任せて。他を全員暗い場所に引き摺り堕として、優勝を奪い取ってやるわ」
いや、できれば勝ち取ってほしいのだが。あと暗い場所ってドコだ。
「で、水内さん」
ム。
「はい、なんですか?」
「見た時から気になってたんだけど」
と其処に預言者の方へ行っていた騎士が横からひょいと顔を出して現れ、戻ってくる。
「ワタシも気になってました」
結果、自分の所に集まってくる皆の中、一目して分かる瞭然な質問の答えを求められる。




