第107話〔ちゃんとワタシ達の責任とってね〕⑧
真っ黒い世界で離れた所に見える小さな光。それとは別に現れたバレーボールほどの光る球体がフヨっと自分に近づく。
「ほな、行こうかの」
イヤ――。
「――その前に、今のは……?」
まるで誰かの意識が流れ込んできたみたいに、自分が二人いる、そんな妙な感覚だった。
ただもう一人の相手が誰であったのかは明白だ。
「粗筋、みたいなモノじゃな」
「……あらすじ?」
「うンむ。過去の記憶や今の感情がまじり合う魂の現状、心底までの道標じゃ」
「道しるべ……?」
「そうじゃ。――あっちに光が見えるじゃろ」
と、向こうの光へ球体が僅かに動く。
「あれは?」
「意識がおる、魂の最深部と言ったところかのぉ」
と言うコトは。
「なら、あそこまで行けば起こせるって事ですか?」
「行ければ可能性はあるのぅ」
「……行ければ?」
そして、可能性……?
「起きるかどうかは本人の判断、説得を試みた次第じゃ。んでもって、辿り着けるかはソナタの精神力に懸かっておる」
ムム。
「なんですか、精神力って……」
「我がを貫く志じゃ」
いや――。
「――……そうではなくて、何故その志が必要かって質問です」
「自我を保てなければ意識ごと魂を呑み込まれるからじゃ」
「ダ、誰にですか?」
「現状の場合はチビッ子じゃな」
「……妹さんに?」
「ウむ。普段か弱き器で保護する更に儚き精神的の勢いでは本来他者の領域に入るだけでも危険なんじゃぞ。先程の粗筋とて、ワレが前に立たねば気を遣っておったかもしれぬ」
「そうなんですか……。もし、その――のみ込まれた場合は、どうなるんですか?」
「チビッ子の一部となり実質の生滅じゃな」
ショ……。――つまりは、死ぬみたいなコトか。
「ほんに不本意じゃ。ヨウジよ、ソナタはまだ神のモノになる立場からは脱しておらぬのだぞ? もっと我が身を大事に致せ」
「……――だったら、どうしてこんな事をしたんですか……」
「良心的であろう?」
「全く、そうは思いませんけど」
大体覚めない夢なんて、イイ訳がない。
「ナゼじゃ? 本人の許可は得ているであろう」
「いつ、どうやって……?」
「ワレの業はその者が欲する願望によって形成される慈悲。自ら欲したからこそ、醒めぬ幸福に堕ちるのじゃぞ」
「そういうの、半強制って言うんですよ……」
「キョ強制などではない! 望めばこその結果じゃッ。もとよりチビッ子はワレに反発し得るだけの力を持っておるではないかっ」
ム。
「そうなんですか?」
途端に相手からもムと内心の声が聞こえた気がした。
「――ま、まあワレとて本気ではないがの。それとなく、さり気ない上澄み程度の実力に対しての微々たる抵抗じゃが」
「……――そうですか」
下手に対抗意識を燃やすとややこしいから、放置しておこう。
「その上で、ワレの存在を許しなく見れる者は滅多におらんからの」
ム。
「どういうコトですか?」
「フむ。――よいのかえ?」
「……何がですか」
「ワレは問題ないが。ソナタは急がねば出れなくなるぞよ?」
え。
「まじですか……」
「大マジじゃ。いくら保護しようと人の気力では大して耐えられん、急ぐのが賢明じゃとアチキは思うがの」
だったら――早く言って欲しかった……。
産後から始まり、過去・現在に繋がる映像化された記憶の断片。
そして散り散りの感情が、見える光へと一歩ずつ進む自分の意識に流れ込んでくる。
――赤い。
ただただ何もない、真っ暗な空間。
――さん。
傍に居るはずの存在すら忘れ、遠いのか近いのか判別しづらい目標を捉え続けて。
――コワい。
歩む、足が次第に自分のモノなのか、分からなくなる。
――怒られた。
自分は一体ダレの為にこんな。というか、自分ってダレだ?
――ダレ?
え?
誰かの記憶が流れてくる。
――どういう関係?
これは……あの時のキオク。
――お姉ちゃんが嬉しそう、しばらく様子を見よう。
心の声までもが意識上に文字となって映し出される。
――お姉ちゃん、ヤって。
そういえば何処に向かって……。
――ありがと。
ぇ……?
――ごめんね。
誰も知ることのなかった感情、そして記憶。それ等が次々と元あった者に積み重なり何もかもが新しくなる。
その過程で見えた一つ一つの懐かしくて新鮮な、見てはイケない過去の遣り取り。
難しい事もあった、悲しい事もあった、ツラい事も沢山。
だけど今の彼女達は互いに笑う。
そして最近はいつも同じ話題でもって、姉の相談に妹が乗る。
場所は大抵が入浴中だ。
微笑ましい、その時間はいつも愛する人を想う姉の密談。
けれど近頃は自分も――。
――パッっと目の前が突然真っ白に輝く。
「待っ、待たヌかぁァあぁあぁあぁあぁぁぁ」
へ?
※
視界の白が薄まり、広く澄み渡った色が静かな風に揺れ動く草原の上で雲を伴って流れる。同時に、重なっていたダレかが居なくなり、忘れ掛けていた自分を確かめつつ辺りを見渡す。
ここは……?
足元に地面がある。
明らかにさっきまでとは雰囲気が違う。
現実的――というより、現実……?
と判別に迷う自分の背後で気配がし――。
「ヨウ?」
――振り返る其処に、赤や黒ではなく白い衣服を纏ったいつもの髪が肩にかかるセミロングの少女が、立っていた。
「何故ここに居るの?」
詰め寄って来た少女の質問に、ぇ。と、思わず戸惑う。
「家で待ってるって言ったよね?」
ム。
「……家?」
こくりと返事をする少女、が次いで顔を向ける先に見慣れた家屋。
あれ、さっき見渡した時は――というか、よく見たら……。
最近は例の事件があり、そういった時間や機会からは遠のいていたが、普段散歩をする際には必ずと言っていいほど通る近所の小道だった。
「いつ、先回りしたの?」
ムと前に向き直る。
「妹さんは、どうしてここに……?」
敢えて問い返して間を取り、自分そして今居る状況などを急ぎ整理する。
「妹……? ――ワタシは、お姉ちゃんの墓に花を置きに来たの……知ってるよね?」
「お姉――ジャグネスさんの、墓……?」
再び縦に小さく返事が振られる。
次いでその少女の指先が示す少し離れた草原の僅かに小高い丘の上、其処に生えた一本の木。
――……アレは。
「ヨウがあそこに作ってくれたでしょ」
「……――いつですか?」
「一年前、覚えてないの……?」
いちねん……――イヤ、違う。と再度、見ていた方から少女の居る前へ向く。
「ええと。少しお話ししませんか?」
「うん、いいよ。でも先に花を置きに行ってもいい?」
「……そうですね。なら、一緒に行きます」
と返し、散歩中に何度も彼女と腰を据えた木の根元へと付いて歩き出す。




