第105話〔ちゃんとワタシ達の責任とってね〕⑥
「気づいておったのか、――いつからじゃ?」
彼女の顔で表情を作る相手が笑みを口角に残しつつ、聞いてくる。
「途中からです。最初は完全に騙されてました」
「フむ、加護下ではないからかの。本来ヒトなどに見抜ける性質ではないのじゃが」
「そうなんですか……?」
「うム、魂に直接干渉しておるからの。抵抗などできまい?」
イヤ聞かれても困るのだが。
「……よく分かりませんけど。ここはどこなんですか?」
見たところ自宅の玄関ではあるが、そんな訳はないだろうし。
「なんじゃ、住んどる家も忘れたのかえ?」
「ぇ、そうなんですか……?」
「マぁ形状はの」
と彼女の指がパチンと打ち鳴らされ――た途端、自分達を残し一瞬にして世界が暗く何も無い場所に変化する。
おぁ……って、地面が。
今の今まで立っていた木製の床が消え、底の無い闇が足下にも広がる異様な空間。
お……落ちない?
「心配せずとも落ちたりはせんよ。立とうとする意思さえあればの、そこが自身の足場となるのじゃから」
ムっと声のした方を見る。と其処に――。
へ?
――彼女の姿はなく。代わりにバレーボールほどの光る球体がフヨフヨと浮かぶ様に揺れ動いていた。
ナニ……?
そして特に何事もなく、ただ大部分が真っ暗な視界で上下に揺ら揺らしている光の球を見ていると急にパパッと発光し――。
「――なんじゃ?」
と馴染みのある様な無いような声色が頭の中で直接響く感じで聞こえてくる。
え。――この感じは。
「め、女神様ですか……?」
「他に誰がおる?」
光球がパパっと点滅を繰り返し声が届く。
「イヤさっきまで……」
「アレは鬼娘の器であろう。また忘れたのかえ?」
「そういう意味ではなくて……」
というか、またってなんだ。――それでもって。
「……どうしたんですか急に、光ってますよ?」
「ソナタには発光して見えるのかえ?」
いや、何故に聞き返される。
もう訳が分からないと下手な質問を止め、一旦口を閉じる。
「元来ワレに専用の入れ物は存在せぬ。――よって、言わば現状が我が世を統率する神としての本来、有り体の姿じゃの」
なぬ。
「……そうだったんですか?」
外見が借り物というのは聞いていたが、まさか本体がこんな小さな。
「うム。じゃが光って見えるのも、その形状も、ソナタが勝手にそう見ておるだけじゃからのぅ、勘違いはしたらアカンよ」
ム。
「そうなんですか?」
「そら魂に一定の形など無いからの。火の玉みたいなモノでも想像してたかえ?」
「……そこまでは。けど、だったら何故、普段は誰かの姿を借りているんですか?」
「便利だからじゃよ。考えてもみィ、相手によってコロコロと見た目が変わるなど不便極まりないじゃろ」
それは確かに。
「大体ソナタら人の子は肉の特徴ばかりをつかみよる、本質は中身じゃというのに」
そんな事を言われても、中とか見えないのだが……――というか。
「そうは言いますけど。女神様って、会う度に大抵姿が変わってますよね? 今の話からして、それだと完全に本末転倒では?」
「む……何が言いたいのじゃ」
いや、言い分は既に言ったのだが。
「まぁその、そこまで気にする必要はないと思いますよ……」
「フむ。――して、ソナタ変わったの?」
へ。
「……何ですか、急に」
「波長が和らいでおる。何か、よいコトでもあったのかえ?」
「分かりませんけど、特にいつも通りです……」
そう現状も、いつも通り訳の分からない状況に置かれている。
と、そうだった――。
「――ちなみに、ここは何処ですか?」
どう見ても自分の知る現世ではないのだが。
「お。ようやく気づいたかえ」
いえ、大分前からです。
「ここはの、いわゆる精神的な世界じゃ」
全く世間一般ではないのだが。
「何ですか……その、精神世界って……?」
「知らん」
ふぇ。
「分からん。そういうモノと捉えよ」
「イヤイヤ、現に今、どうやって……」
「遣り様はいくつもあるよって、絶対ではないがの。今はソナタとワレの魂が共有する狭間じゃの」
なるほど、とはならないけれど。
「なら、さっきまでのは……?」
「ワレがソナタに見せていた仮想の現実じゃな。――しかし、よく気づいたの?」
「いや、まぁ――」
――どうして気付けたのかは自分にもよく分からない。
それゆえ返答に困り、口ごもる。
「まあよい。して気分の方はどうじゃ? 酔ったりはしておらんかえ」
ム。
「酔う? 特に気分は、普通ですけど……」
「ほな、行くかの」
え――。
「――行くって、どこにですか?」
「なんじゃ。こんな何にも無い世界を見ていたいのかえ?」
「イヤそういう訳ではないですけど……」
「であらば――」
――スっと光球が自分の前に来る。
へ?
「うんじゃま、出発じゃ」
と次の瞬間、目の前の球が輝き、真っ暗だった世界が白く――。
――再び視界が真っ白になった後、元の何も無い黒い世界が突然の頭痛で片膝を折って屈む自分と女神だけを色濃く残し広がる。
そして、今のは……。と、目に近い右側のこめかみ辺りを内側からズキズキと叩く痛みに指先を当てて耐えながら起きた出来事を整理しようとした途端、仄かな光りが近付いてきたのを感じ取り――顔を上げる。
「少々長く見せ過ぎたかの? 人のか弱き器には余る負担じゃったな、許せ」
ム……。
「……何のコトですか?」
というか、自分はさっきまで何を――全く、思い出せない。
ただ薄らと。
「無理に想起せんでよい。時と共に必要なモノだけが残り、不要なモノは自ずと忘れよる。現状は過剰な情報量にソナタの保管がついてこれておらぬだけじゃ」
ム――。
「――何か、したんですか? その、自分に……」
「したと言えばした。じゃが何も世話は焼いておらんよ、観せただけじゃ。ワレが体験した過去の出来事、いわゆる過去話と言うやつじゃな」
カコバナ……。――そう言われると確かに。
ズキンッと目の奥に痛みが走る。
「っ――」
――さっきから、何の痛みだ。それに、暗いからか、視界の右側が普段より狭くハッキリとしない。
「フむ。痛いかえ?」
「……まぁ、少し」
「そうか。どれ、和らげてやろう。じっとするのじゃよ」
と淡い輝きを放ち、光る女神の温もりが顔に触れる。
すっと波が引くように痛みが遠ざかり。
次いで右の目を中心に広がっていた温かい光りがしぼむ。
「どうじゃ?」
「ぁ、はい。かなりマシになりました」
「うム。朝になれば痛みの方は完全に消えるじゃろうから安心を致せ」
その言い方にムと引っ掛かる。
「……痛みの方は?」
「ウんむ。右の瞳はオシャカじゃな」
へ?
思わず微かな痛みが残る右眼の前に手をもっていく。
「まあワレのさじ加減があと僅かにでも遅ければ、片側の視力程度で済まなんだろうし。ぶっちゃけナイスな切り上げじゃったろ?」
本当だ、見えてない。――て。
「イヤ、そもそも事前説明すらなく起きた結果では?」
「……――正直、スマンカッタ」
まぁ。
「文句を言ったところで……、治せないんですよね?」
「……加護がないからのぅ」
なら――。
「――しょうがないですね」
「ほな買ってこようか?」
そして、しょうもない。




