第103話〔ちゃんとワタシ達の責任とってね〕④
式を挙げてから数ヶ月。
明日は、女神杯の決勝。
――寝室の窓から見える丸い月に意識を馳せながら思い。
いつしか窓辺の台に置かれた写真立てを手に持って、それをぼーっと眺めていた。
自分を中心にドレスを着た皆と集まった思い出の刻。
隣りには白い衣装を着た花嫁が恥ずかしそうな表情で、けれど嬉しそうに笑っている。
それなのに“現実”自分の横には、その相手が居ない。
捜す事すら出来なかった現状。
もしも明日、会えるとしたら、自分は何と言って迎えるのだろう。
イヤ、最初に何を言ってしまうのか。が不安でならない。
捜せなかったんじゃない。欲そうとしなかった。
だとしたら自分は彼女に、会いたいのか、それとも会いたくないのか。
分からない。そしてハッキリとしない気持ちが、二人だけで写ったもう一枚の方へと手を伸ばそうとした矢先に――部屋の扉が開き。
振り返る視界に。
「妹さん……?」
赤っぽい寝衣を着た縦長の枕を抱く少女の急な来訪に戸惑いながら。
「ど、どうかしましたか?」
写真立てを元の位置に戻し、閉まった扉の前で立つ相手の所に寄っていく。
と一旦は自分の方を見たが直ぐに奥の窓側へと目を向け。
「……写真?」
ム。
「はい、式の」
そしてゆっくりと窓に歩み寄って台に置かれた写真を見る少女の後を追い、同様に背の高い丸台の側で立ち止まる。
「ええと、こんな時間にどうして……?」
同じ屋根の下に住んでいて顔を合わせる事は全く不自然ではない。
ただ、時間的に晩い訳ではないにしても、互いに就寝を言明してから来るというのは初めての事だ。
それ故にワケを知りたくなる気持ちとは裏腹に、相手の動きはいつもと変わらず余裕のある態度でもう一枚を眺めてから、こちらに顔が向けられる。
「お邪魔だった?」
「いえ、そういうのは全く。ただ単純にどうしたのかなと思って聞きました」
「そっか……。――暇?」
ヒマ……。――そんなの聞かれても。
「……寝る前なので」
としか言えない。
「うん。お話しできる?」
ム。
「いいですけど。今からですか?」
「うん……。寝れないから」
あー、なるほど。
「分かりました」
まぁそういう時は誰にでもある。
――という訳でベッドを椅子代わりに並んで腰を下ろし、たわいもない話を小一時間ほどしたのち眠たそうに目をこすり始めた相手の様子を見て。
「眠たくなってきましたか?」
小さな頷きが返る。
そして、ならと立ち上がろうとした矢先、腕を引かれ。
次いで、ムと再びベッドの上に全体重を預けて振り返る。
「どうか……?」
「……寝る」
「はい、なんで妹さんの部屋まで一緒に行こうかと……」
「ここで寝る」
へ。
「こ、ここで……?」
躊躇なくのったりと返事が縦に振られる。
ム……。
「それはちょっと、さすがに……」
「……ダメなの?」
ム。――駄目、なのか……?
いやダメだとは思う。が、どう駄目なのかを正しく説明するに――。
ジっと答えを待つ翡翠色の瞳が自分を見詰める。
――“己を好む相手の前で他の者を出さぬ事”――。
何故か不意に預言者の言葉が頭に浮かぶ。
イヤ、そもそも己を好むというのは、どういう意味で?
――“女子が見詰めて話す時は瞳を逸らさず”――。
それは言わずもがな遣っている。
けど全てを受け容れるというのは……。
もしや現状事を予測して。
いやイヤそれはないだろ。
――だとしたら。
「……ヨウ?」
あっと現在を見つめ返す。
「ス、スミマセンっ」
「……――どうして」
と言い掛け、こちらを見つめたまま相手が口を閉じる。
ム……?
すると唐突に口元を緩め、ひょいと前へ立ち上がる少女。が自分の方を見――。
「――おやすみ。また明日」
そう言い、腕の枕を抱き直して部屋の扉へと歩み出す。
ぁ。
「ま、待ってください」
次いで足を止め、振り返る相手に。
「隣りで寝るくらいはいいですよ」
と――て、あれ? 自分は、何を。
言っておいて困惑する。が直ぐに返事は小さく徐に首肯され。
ど、……どうしよう。
いっそう当惑する。
自業自得といえば悪い方に捉えられがちだが、結果として自らの発言により義妹と同じベッドで寝る事となった。
無論、悔やんだりはしていない。失敗とも、思ってはいない。
――ただ道徳的にいいのだろうかと。
「それじゃあ、消しますね」
「うん」
まぁ、何も無いのだから、深く考える必要もない。
明かりを消し、いつも通り仰向けに身体を柔らかい寝床に倒す。
――で明日は何時頃に起きようかと考えながら、瞼を閉じる。
そして、ふんわりと優しい光がスーッと暗い闇に浮かび、現れる。
※
意識が呆として、確かとなる。
けれど手も足も体がない。
その思い込みが次第に薄れていき、ピクっと冷たい感触が中指を中心に宛がわれる。
と次の瞬間、指だけでなく全身に重さが掛かり――。
「――ヨウ?」
世界が瞬く間に開ける。
へ?
今のは何だと周囲を見る視界に馴染みの家具達が。
「ヨウ……?」
ここは――ダイニングだ。
ム……。オカシイ、たしか自分は。
「ヨウ、ョ……――ナ、ナゼ私を無視するのですかッッッ!」
キーンとして鼓膜を叩く衝撃で思わず身が竦む。
そして、次いで恐る恐る見る発信者の姿に――。
ぇ……。
――自分でも分かるほどの驚きで目が開く。
「ナ、何でしょう……?」
不意の出来事に動揺する自分を見、何故か不安がる様子の相手。
ム……――。
「――何がですか?」
すると、エっとなり。
「ヨ、ヨウの方こそっ、突然ぼうっとして……何か、あったのかと……」
ム。
「ぼうっとなんかしてましたか?」
「していましたっ」
ム……。――ん? そういえば何でダイニングテーブルに座って。
「やはり私の作った朝食では口に合いませんか……」
え。と、手元を見る。
いつの間にか――いや、食事の途中で止まっていた指に銀のフォークが握られていた。
結果すべてを思い出す様に確実となる。
そうだった、今朝はジャグネスさんが朝ご飯を――それでもって今日は。
「ス、スミマセンっ、ぁ。じゃ――なくて、口に合わないなんて全く無いです。もの凄く美味しいですよっ」
「……本当にでしょうか?」
と若干恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「はい、本当です」
「そっそれなら、とってもよかったです……」
ただ見た目はいつも通り斬新だけど。と、焼いたパンに突き立った具材等を見て思う。




