第101話〔ちゃんとワタシ達の責任とってね〕②
一体どこから仕入れたのか、気になるところではある。が、それよりも――。
「――……変わった難くせですね」
「妥当な声価と、思っておりますが」
まじで。
「……ロリ、――意味は理解して言ってるんですよね?」
「自明です」
そう、つっけんどんな口調と態度で告げる。
ムム。
「ジャグネスさんは、そういった部類ではないですよ?」
というか真逆。
なのに、何故か冷然な目で見られ。
「――誠意、とは時に病的ですらあると思ったことはございませんか?」
へ。
「……なんの話ですか?」
唐突な問い掛けに思いがけず戸惑う。
「私はただ眺めるだけの傍観者です」
ム……? 一体なにが。
始まったのかと、決して人通りの少なくない道の脇で白ローブを着た神妙な相手の言動に注目する。
「ところがある時ふと、あらゆる生業を委棄したくなったのです」
そして、気力に乏しい瞳が黙っている自分をじっと見つめる。
ム……――。
「――どうして、そう思ったんですか……?」
「平易に表現をするならば、紛れもない嫉妬心と存じます」
ふム。
「他人事みたいな、言い回しですね?」
「ええ、ヒトゴトです」
「……ヒトゴトなんですか?」
「私は、そのように捉えております」
ムム。
「一体なんの話を……」
出鼻は制されたが、気持ちの上では早く追いかけたい。
「焦ったところで、施すすべを知らなければどうにもなりませんよ」
ム。
「……――施す、すべ?」
「私はなにも意地を悪くしている訳ではありません。しかしながら洋治さまの、ヤいてもニても可食の見えない性質は聊か面倒である故、先に手ほどきの必要がございます」
「ぐ……具体的には?」
「己を好む相手の前で他の者を出さぬ事。これが絶対的、第一条件です」
いくぶん抽象的なのだが。
「第二に、女子が見詰めて話す時は瞳を逸らさず“全て”受け容れる事」
全くもって聞き入れるかは内容次第だと。
「そして深夜の茶会には独りで来るコトを心がける――」
いやいや。
「――それが、姉を嫉心する乙女と相対する際の礼儀作法となります。ゆえに今晩は努々(ゆめゆめ)お忘れなきよう、一夜をお過ごしください」
ぺこりとかろうじて自分の肩より上に出ている薄緑色の頭が下がる。
いやイヤ。
「さっきからなんの、と言うか――何を、言おうとしてるんですか……?」
次いで下から戻ってくる悠々とした婦人が瞬時、奇麗な気色を顔につくり、口を開く。
「洋治さまがエリアルからの申し出にどう対応するのか、一同を代表し心配をしているのですよ」
一体なにの仲間内だ。
「……――よく分かりませんけど。いつも通りだと思いますよ」
「では明日の朝、何事もなくお会いできることを楽しみにしております」
「はぁ……」
まぁ少なくとも、二日酔いではないだろう。
▲
――結局あの後、日が暮れる直前まで捜索したが見付からず。
可能性を信じ向かった馬車乗り場で、まるで待っていたかのような相手と出くわした。
少女に続き馬車を降りると慣れ親しむ横長の家が朝と同じ木製の門構えで迎える。
そして蹄をカポカポと鳴らし来た道へと馬の頭を回す御者が見送りに振り向いた自分達に気づき、手を上げ――。
「――それではまたーっ」
この一声を聞きたくて、頑張っている節が自分にはあります。
さてと。
「自分は夕食の準備をしますんで。その間、湯舟にでもゆっくり浸かってきてください」
家に入り、広い玄関口で上着を脱ぎつつ同じ様に身を軽くする少女に告げる。
そんな日常的な流れで返事は気にせず、ダイニングや台所がある生活の基盤となる部屋へ向かおうとした矢先、ぐっと腕の服が引かれる。
「待って」
ム。
「はい、――どうかしましたか?」
振り返り、何かと尋ねる。と外套などを脱ぎ、灰色のゆるやかな七分丈の衣服になった少女が徐に。
「今日はアタシが作る」
ぇ。
「……つくると言うのは」
流れ的に、聞くまでもなく――。
「――ど、イヤ。急に、……どうして?」
するとボサっとした赤黒い髪の向こうで濃い翡翠の様な瞳が不安の色を覗かせる。
「……駄目?」
「いや、ダメとかはないですけど……」
まぁ誰かがすればいい事だし。
「――分かりました。そうしたら自分は風呂の用意をしておきますんで、終わったら手伝いますね」
「うん、お願い」
少女の口元が薄らと微笑む。
そういえば知ってる限り、はじめてかも?
異世界に来てから一年と三ヶ月弱、時折り戻ってはいるものの大半をこちらで過ごし特別な不満はない平凡な日々。
本当に、そうだろうか。
確かに生活面では慣れた。けれども過去に一度、元の世界へ戻ろうとした経緯は真新しい出来事で、あの時の自分は――。
――どうして、そうしたかったのだろうか。
記憶を辿るに自分なりの考えがあったのは間違いない。
だとしたら何故、諦めてしまったのか。そもそも現状を妥協した結果というのだろうか。
以前の日常が懐かしく、新しい非日常が今や通常に変わる。
余りにも濃い、一年と少しの時間。その中で自分は何を得て、こうも変化したのか。
そして何を失い、いまを過ごして。
――うん、よし。終わりだ。
と、簡単にではあるが浴室の掃除をし終える。
改めて、いい風呂だ。そう思えるのは日本人だから、だろうか。
というのも来た当初からこちらの文化には慣れ親しんだものが多く――。
今になってはその理由にもなんとなく察しは付くが。
――特に湯船、浴槽には始めて見た時から大変な感情を抱いている。
何しろ、材質は分からないが、その内装、日本人なら誰もが強く心を惹かれる伝統的な檜の。
瞬間――爆音――無意識に上体が真横に仰け反る。
な、なに……?
音のした方向からして爆心は。
……妹さん。
直後、湯を張る為に回そうとしていた蛇口から手を離し浴室を飛び出す。
こ、これは……。
風呂場から急ぎ、台所などがある部屋に駆け付けた視界でモクモクと小さな黒い煙が立つ。その他、充満する鍋底が焦げたような臭いとまじり甘い香り。
何より先ほどまで平穏だった家屋の一角にできた爆発の跡が、散乱する調理器具や粉々とした食器類を真っ黒に染め。
足元には、コロコロと炭の色をした食材らしき物が転がってくる。
……一体なにが。て、そんなコトより。
「い、妹さんっ」
容器の残骸を踏まずに進む事が困難な床の状況。それでも極力、足場には気を配りながらキッチンと食卓を分ける仕切り台の向こうへと進む。――が。
あれ……。
台所に誰の姿もなかった。
ただ火の気はないが散らばった器などで埋める一面の黒々した光景を見て、過去の嫌な思いが彷彿する。
――イヤ、それはない。
次いで、だとしたら何処に。そう思うや自然と。
「妹さんっ……、どこに居ますかっ?」
気持ち声が上がる。
と直後に、まったく意識していなかった方向――リビングで物音がし、見ると。
部屋の奥にあるソファの陰から生えた様に手が振られていた。ので、距離を目測して。
申請したら何かの記録を樹立できそうだな。
思いつつ、安堵の息を吐く。




