第100話〔ちゃんとワタシ達の責任とってね〕①
居るはずのない野原で佇む少女に近づき、普段なら既に気付かれて振り向くその横顔をそっと覗きながら。
「妹さん?」
ピクっと小柄な肩が動く。
すると何故か自分とは反対の方向へ、完全に背を向けられる。
ム……?
「ええと。大会のほうは、もう終わったんですか?」
今度はビクっと、少し大きな揺れで丈の短い赤の外套を羽織った背中が引っ張られたようにして動く。
ムム。――まさか。
いや、でも。と思う反面、自覚なく感じ取ったことを口に。
「ひょっとして敗けたんですか?」
そして、あっとなり、言ったことを後悔する。
後ろから見るだけでも、分かるもんなんだな。
五番目に訪れるはずだった会場への道を途中で折り返す。
その間、あえて先に行く旨を伝えた自分の後をピッタリ、上着の縁を掴んで付いて来る物静かな上もの言わぬ少女が歩く。
なんだろう。――今の自分は傍から見ると、一体どっちに見えるのだろうか?
とはいえ続柄か犯罪かより、どちらにしろ現状は何が起きたのかすら曖昧である。
人通りをやや外れた野原で独り居た少女を連れて、遠くに山が見える以外は何もない所から四番目に足を運んだ会場に戻る。――と。
「おや」
前から来た白のローブを着る相手とお互いを見つけてから、程好い距離まで詰めたのちに足を止める。
「どうして、ここに?」
「何故ナニとはもの寂しい。洋治さまに任された事後処理、その落ち着きを見計らい結果を伝えに参ったのですよ」
ム。
「……すみません」
そして結果が出たというコトは――。
「――……それで、その、どうなりましたか……?」
「論なく、マルセラ様は予選敗退と相なりました」
く。――って当たり前か。
「しかしながら、仮に洋治さまが慈悲をかけていたところで結果は同等、明日の決勝へは届かず仕舞いの内容決着であったと」
ム――。
「――そう、なんですか……?」
「嘘は申しておりません」
ふ、ふム。――まぁ、だとしても。
「……――それで、マルセラさんは……?」
「あまりのショックで、先ほど自国に帰られました」
なっ。
「ま、まじで」
「無論ジョークです」
な。
「しかしガッカリとしているのは確かな様子で明らか、今も予選終了後の会場内で突っ伏しておられます」
にしても、ドキっとする冗談はヤメてほしい。
とはいえ、それを口にする訳にはいかない。ので。
「……ええと、それはどの辺りで?」
「行かれるのですか?」
「はい、一応謝っておこうかと」
「であれば、オススメはいたしません」
「どうしてですか……?」
「洋治さまにはお察しいただけないと存じますが、傷付いた乙女心を癒すには本人の気力、時をかける気持ちの切り替えが必要なのです」
ム。
「……要するに、そっとしておくと?」
こくりと薄い緑色の頭が頷く。
ふム……。
「分かりました。それなら」
と何気ない気持ちで、もう一つの問題に目を向ける。
結果、居ることには気付いてはいたであろう預言者も上体を傾け、同じように自分の背後で呆然と立っているボサっとした少女を見る。
「エリアル、貴方は先ほどからなに故ボけっと?」
まぁ、ぼんやりとしているのはいつもの事だが。
ただ今は、日頃よりも明らかに暗然としているので――。
「あの預言者様、じつは……」
――できるだけの配慮をしようとした矢先、すっと変哲のない預言者の顔がこちらに向けられる。
「存じています」
ム。
「情報とは絶えず人を介して拡がるもの。先の会場に足を踏み入れた時点で、既に噂は届いておりました」
そうだったのか……。
「さりとて、それがなんだというのですか」
ム。
「勝敗を分ける以上は多数の敗北者が出ることは当然の仕様。取れなかったからといってクヨクヨしていて成り行き任せでは事情も何も変わりはいたしません」
顔は自分に向けられたまま、ただ背後の少女を確実に意識した口調で、淡々と語られる。
「――やがて、差し障りのない日常が戻り。されども貴方は、それからもこれまでのように姉の陰で過ごす心構えと、そう決意しているお積もりならば残念に思う事は決して、なりませんよ」
な、何の話を……?
「しかし、残る生涯を全て己が望みを捨て生きる。それが本音とあらば胸中、実に興味深く。詳細を明らかに――、如何でしょう? 今晩あたり私の部屋にでも」
ムム。
「――預言者様」
思わず歯止めがかかっていた名が飛び出す。
と同時に、背後の気配が勢いよく動き出し――。
ぇ。
――振り返った時には手の届かない先へ、走り去って。
行くのを、ハッとなり。慌てて追いかけようとしたところを――掴まれる。
日没後の城は暗くなるにつれて輪郭が浮かぶ巨大な影になり、ゴトンゴトンと帰路を行く馬車からは点々とした灯りしか見えない。
ただ今日は催しもあってか、いつもよりは町の方まで明るく見える。
――馬車後方での眺め。
見終えて、隣りに座る少女の様子を窺う。
起きてはいるものの眠っている様にも見える、その静寂な雰囲気。
が不意に、こちらを向く。
ム。
「も、もう直ぐ着きますよ……」
何故か改まった口調になってしまった。
そして返る小さな頷き。
次いで――結局、見つけることができなくて諦めかけた事を思い返す。
まさか先に乗り場で待っているとは――正直、乗る前でよかった。
ただ、本人の目にはどう映ったのだろう。
自身を置いて帰ろうとしたのを見、ガッカリしたのだろうか。
もちろん完全に放棄するつもりはなかった。
けれど思い当たる所を探し続けても分からない行方に、一縷の希望を持ち、既に帰宅している可能性を信じようと――。
▼
走り去る少女を追い、駆けようとした途端に捉まって――相手を見る。
「な……何ですか? 今はちょっと……」
「おや。救世主様の時は追わずじまいだったというのに、義妹となれば別でしょうか」
「それは……状況による、と言うか……」
第一――。
「――理由、知ってますよね……?」
「偶然にも居合わせた者として存じております」
なら。
「しかし、仮にその折がエリアルだったとして、洋治さまは追わずにいられたと断言できるのでしょうか?」
「それは、……できませんけど」
と、言うか。
「そもそも鈴木さんの話と、妹さんは関係ないと」
「仰るとおりです。されども乙女にとっては比べようのある重大な代物となります」
代物……。
「それに、今となっては追ったところで完全に乗り遅れでしょう」
……ですね。
ふぅと息を吐き、体の正面を相手に合わせる。と、掴まれていた腕を放された。が何も言わないので。
「ええと……用件は?」
「伝えるべき事柄はございません」
へ。
「――なら、どうして引き止めたんですか……?」
「平たく言えば、嫉み――でしょうか?」
でしょうかって聞かれても……。第一、何の。
「この、ロリコン妹バカ」
聞き捨てならない。




