第24話〔そもそも死んでませんよ〕⑨
倉庫内のそこかしこに空いた穴から射す日の光と、舞う埃。そして積み上げられた箱やコンテナが壁となって出来た暗がりの道を、入って直ぐの壁に掛けてあった懐中電灯で照らしながら先を行く、体格のいい男の後に付いて進む。
昨晩は風呂に入れなかったし、今晩は是が非でも入りたいな……。
「すぐにヤスとあきひろが照明をつけてくれるはずだ、換気もな」
先刻、細めの男と車を運転していた見た目の若い弱々しい感じの男が体格のいい男の指示で建物の裏にあるという階段を上がった先、倉庫の二階に向かった。
――傍から聞いていて分かった事だが、どうやら車に乗っていた過半数はここに来るのが初めてのようで、体格のいい男と細めの男だけが二回目らしく、一回目の時に配電関係をいじり必要な機器に電気が通るようにした、と――。
「二人が戻ってきたら、一緒にメシでも食いながら、兄貴を待てばいい」
――そして後部座席に居た二人は、前述の通り、乗ってきた車で買い出しに行かされた。
なので現状一緒に行動しているのは、先を行く体格のいい男が、一人だけ。
「おい、聞いてるか? ヨウジ」
「え? ――ぁ、ハイ。ちゃんと聞いてます」
「そうか」
――倉庫内の奥へと進むに連れて、徐々に広がる道幅。と思った頃に、天井の穴から入る光でやや明るくなった、開けた場所に出る。
「この辺が、だいたい倉庫の中心だ。どうしてかは知らんが、ここには机と椅子があるから、くつろげるぞ」
と言いながら、見た感じ十字路の中央で、体格のいい男が立ち止まる。
なるほど。貨物の行き来を想定して作られたのか、邪魔な物を退かせば結構な。
「よし、あった。――ヨウジ、こっち来い。縄を切ってやるから」
と中央から若干離れた所で、体格のいい男が懐中電灯を振って自分を呼ぶ。
「はい、すぐ行きます」
そして急ぎ足で行くと、机と椅子が無造作にある場所で相手は待っていた。
「ここにハサミがあったのを思い出してな。手間なく切っちまうから、後ろを向いてくれ」
「見えますか?」
結構な暗がりだし、単純に不安だ。
「懐中電灯で照らすから大丈夫だ。ただし、動くなよ?」
不安だ……。
「よし。――切れたぞ」
そして自分の目で見て、無事を確認しつつ、手首を撫でる。
ふぅ。
と安堵した途端に、倉庫内の照明がつく。
「なんだ。もう少し早くつけてくれりゃあ、よかったのによ」
まったくだ。
「――おい、ヨウジ。天井近くの壁を見てみろ。けっこう感動するぞ」
ム?
言われた通り、その場所を視界に入れる。と、次の瞬間――見ていた壁が騒々しい音と共に次々と外側へと開いていく。
お、おお……。
「どうだ。スゴイだろ」
「はい。なんか――」
――ん?
「あれ、あそこだけ開いてないですね」
「なに。――どこだ?」
「あそこです」
偶然見ていた範囲で、ワイヤーが切れてるかの様に、がくんがくんと小さく開閉を繰り返しているモノを指で差す。
「あれか。本当だな。まあ、物が古いし壊れていてもしかたないだろう」
確かに。
「――けど、さすがに随分と明るくなりましたね」
「だろ。空気も入れ替わるし一石二鳥ってやつだ」
と場が和みかけたその時、何かが壁にぶつかるような音が倉庫内に響き。真っ先に見当をつけた壁の方に目を遣る。
うわ、ヤバい。
見た先で、さっきまで一応は枠に収まっていた壁が片側だけで吊り下げられたゴンドラみたいな状態で今にも落ちそうになっていた。
「おいおい」
そう言いながら、体格のいい男が前へ歩み出る。
――けど距離的に、落ちたとしても、こっちまで被害はこない?
と思った途端に何かが切れる音がして、ぶら下がっていた壁が一瞬にして落ちる。次いで倉庫内に轟音と大きな揺れが襲う。
うおぉ、思ったよりも凄っ――……ん?
踏ん張った事で下がった視界に入った床の影を見て、上へ、振り返る。そして揺れ動く積み上げられた他の木箱を遮るように迫る木目が――視界を覆い尽くす。
***
「当たりね。連中の車だわ」
敷地から出てきた車を見て、運転席から遠目で様子を窺っていた少女が言う。
「はい。間違いなく、ヨウをさらった者たちが乗っていた物です」
同じ確信をもって、女騎士が自身の考えを口にする。
「それに、ちょうどいいわ。こっちとは逆方向へ、走って行ったし。少なくとも、一人は減ったはずよ。絶好の、チャンスね」
「いえ。そのような機会などなくとも、速やかに全員を斬り伏せてみせます」
「……アンタ、わたしが言ったコト、ちゃんと覚えてる?」
「ぇ? ぁ――えっと、救世主様の許可なく勝手な事はしません……?」
「そ。ちゃんと、覚えといてよ。次、勝手なコトしたら、預言者さまってのに、言いつけるからね」
「わわ、分かりましたっ。絶対ッ勝手な事は致しませんっ」
「ん、信じるわよ。――で、話は戻すんだけど」
「ハ、ハイっ」
「鎧が出てこないってのは、マズイわけ?」
「いえ。決して都合が悪い訳ではありません。ただ、救世主様の仰るジュウという武器の情報から、もしもの備えにあればと思い。しかし無いからといって、遅れを取る事など絶対にありえません」
「そ。ま、自信があるのはけっこうだけど。うぬ惚れて、足元すくわれないでよ。何度も言うようだけど、わたしは、戦力外だからね」
「無論です。それに私は自惚れてなどおりません。私は、矢よりも速く」
「はいはい分かった。アンタの実力は、ちゃんと知ってるわよ。じゃなかったら、こんなところまで来てないわ。――ま。腕輪の件は、帰ったら直してもらいなさいよ」
「はい。しかし、剣だけ出て、他が出てこないというのは不思議です……」
「今は、言ってても仕方ないでしょ。取りに帰る時間もないし。ほら、早くしないと車が戻って来ちゃうわよ」
言って、運転手の少女が降りる準備を始めようとした途端に――。
「あ、救世主様」
――女騎士がここぞとばかりに呼び止める。
「ん。なに?」
「出発する前に是非、教えていただきたいコトが」
「なに?」
「どうして、ヨウの居場所が分かったのですか?」
「ああ。べつに、大したコトじゃないわよ。たまたまね。ていうかは、クソ真面目な社長の落ち度かしら」
「と言いますと?」
「ま。さすがに、自販機のとこで指輪を見つけた時は、わたしも面食らったわ。でもね、考えてみたらこんなへんぴなところに来る理由なんて、限られてるし。案の定、スマホで調べてみたら、十五分くらいで行ける場所に社名の入った倉庫があれば誰だって分かるでしょ」
「……――なるほど」
そして、うんうんと頷いて理解を示そうとする相手に疑問を抱き、少女が言う。
「アンタ、分かって頷いてんの?」
「いえ。さっぱり分かりませんでした」
「……あそ」
「わたしは裏へ回るから。アンタは、ここで待ってて」
倉庫に入る扉の前まで来て、唐突に少女が告げる。
「救世主様お一人で……ですか?」
「相手が出てくるとしても、正面からでしょ。だから、ここにアンタを残しておかないとね。大丈夫よ、ムチャは絶対にしないから。ま、こんな何も無いところ出くわす前に気づくわよ」
言われ、女騎士が顔を俯き気味にして考え込む。そして――。
「……――いえ、やはり」
――顔を上げる頃には、少女の姿は離れた所に。
結果、待つ事に決めたアリエルは扉の付近を探索中に音を立てて開く壁を見て驚愕した後、続く大きな音と揺れに不穏な空気を感じ取り、禁を破って中に踏み入る決意を固める。
***
「おい、ヨウジっ。しっかりしろ! ヨウジっ」
体格のいい男が、上半身を抱き起こし頭から血を流して気を失っている、相手の名を呼ぶ。