第95話〔まさかワタシが勝つなんて〕③
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月明かりさえ入らない空間に輝く光の球体。人間の頭部程ある、その眩い浮遊体が薄暗い室内で白のローブを着る従者を前に存在していた。
「ホウ。すなわちフェッタよ、ソナタはワレの信徒を辞めたいと申すのだな?」
淡く発光して点滅を繰り返す光の球から発せられる声が、俯き加減に姿勢を正している相手に、問い掛ける。
「……――不躾ながら、二言は御座いません」
「フむ。そうかえ」
そしてフワフワと浮き続ける光が、従者である事を退こうとする対象を自らの光りを伸長させて包み込み。瞬く間に、元の範囲まで退潮して――。
「――ほい、もういいぞよ。好きに致せ」
余りにも呆気ない、その終わりに。思わずフェッタの口から漏れる呆然とした声。
「……――シュ、主よっ。……何の冗談でしょうか?」
「冗談? なにの事じゃ? ワレはソナタの望みを実現しただけじゃよ。――逆に、なして喜ばぬ?」
「よ……、――さ、されど、私は身勝手に神使を退身――その、処罰は……?」
「罰? 何でまた、そのような事を為す?」
「主――神の使命を担う者として……勝手な振る舞いは、仕置きの対象と」
「そんな仕様をダレが決めたのじゃ? ワレは言っておらんぞよ」
「……それは」
「マアもとより、神に対する無礼は赦し難い。じゃがの、ソナタら親子はなかなかの功労者じゃ――のみならず、代わりの者を寄越すと申すのであらば処罰は不遇な扱いになろう。違うかえ?」
「それは……」
次いで一旦はのみ込もうとした言葉が、ぐっと上がってくる感情を伴い、フェッタの口から発せられる。
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「……よろしくお願いします」
「お、お任せくださいっ」
そう言って双子の姉が最後の鞄を背負い、若干フラっとしながらも後ろから荷を支える妹と共に城の方へと、人混みの中を走り去っていく。
大丈夫かな……。
と、二人を心配の目で見送る。
すると双子に取っての女主人が来て――。
「――ほどなく、よい頃合いです。順番に見回るのであれば、予選第一会場へと歩を向かわせるのがよいかと存じます」
ム。
「分かりました。そしたら向かいましょう」
まぁ、三人の関係に首を突っ込むのはよくない。
――と思ったが、深入りしない程度の気持ちで。予選会場を目指して歩く道中、聞いてみる。
「二人とはどういう流れで、知り合ったんですか?」
「ふたり? あァ、ヘレンとクリアのコトでしょうか」
「はい。二人は、預言者様の付き人みたいな役割をしているんですよね?」
「ええ、そのとおりです。護衛・雑用・急務、それ等を昼夜を問わずに私のため、奔走するのがあの者達が自ら望んだ、使命です」
「自ら……のぞむ?」
「さかのぼること、二十年以上も前の話です。不測の事態により一年もの間、世界から女神の加護が消え、多くの魂が帰らぬ者となりました。その時期に、私の祖母が二人を連れてきたのです」
「……なるほど」
「状況が状況なだけに、境遇を察するのは安易な流れ。それ故、恩人である祖母への感謝からあの者達は私に仕えているのでしょう」
なるほど。――けど。
「本当に、それだけですか?」
足を止めず、前を向いたまま問い掛ける。
「……と言うのは?」
そして同様に、聞き返してくる相手をチラりと見て。
「なんとなく、そう思うだけですけど。二人は感謝の気持ちだけで預言者様と居るんじゃないと思いますよ。もちろん、理由は何と無しなんで答えられませんけど」
「……成る程。漠然とした、具体性に欠ける回答と判じられます」
なんか申し訳ない、気持ちになる。
「しかしながら、洋治さまのどことない感じは誰もが知る信託を孕んでおります。ゆえにこの場では否定的とならず、受け容れるといたしましょう」
そして、そのまま歩み続ける、近づく会場を前に。
イヤ理由がないから信用されると困るのだが。と、正直思う。
そうして一夜にして建造された以前の大会を想起させる立派な施設の前、沢山の人が行き交い、また一箇所に集まり小さな人だかりとなっている付近の様子を見つつ――。
「――そういえば、具体的に予選で何をするのかを預言者様は知ってるんですか?」
と隣に立つ白のローブを着た相手に尋ねてはみたが、これまでの流れからして、さすがに有力な返答は期待したところで、今回ばかりは無理。
「無論、知り得ております」
なぬ。
「け、けど……皆と居る時は、なにも」
「公平を期すため、開示されていない内容を話す訳にはいきません」
なるほど。
「されども予選が始まる今であれば、洋治さまにのみ説示する事は、なんら問題ない現状です」
横顔でニコりと口元を緩ませる預言者が肩から前に垂らす一括りの薄い緑色の髪を指先で撫でる様に触りつつ艶やかな声で、そう告げる。
ふム。
「――なら、知らない事を説明してもらってもいいですか?」
すると何故か若干の間が空いたのち、はぁー。と、ため息を出して。
「畏まりました。――……洋治さまには、無縁の駆引きと知っていた筈なのですが……」
ム……?
「――何のことですか?」
「いいえ、それよりも。本日の予選について解明させていただきます」
「ぁ、ハイ。お願いします……」
なんだろう。――……怒ってる?
次いで急に機嫌の悪そうな態度を見せる相手が、こちらへ。と言って先行くので、後を追い付いて行くと会場の正面入り口脇にできた小さな人だかりから少し離れた後方で足を止め、人の集まりがある方に姿勢を正す。と隣に来た自分を一瞥してから、口を開き。
「会場内の様子はこちらに映し出された像から窺い知る事もできる様になっております」
ム。と顔を向ける、人の一群がある先で施設の外壁に放たれている光の幕を見付ける。
アレは……。
以前、闘技大会の控室で見たのと。
「此度の女神杯は予選を複数、同時刻に行うため観戦する側に配慮をなして外からでも中の状況を見れる実況映像がいくつか外壁に設けてあります。当然、会場内の客席で観るのも自由、ゆえに個人の嗜好を尊重したアグレッシブ且つ有意義な進行となっております」
なんとも現代風な時間的効率を優先した形式だな。あと単語も今風。
「そして女神杯に於ける五種の予選、その第一種目を行っている本会場では出場者による最強の武を携えた乙女の選考が既に始まっております」
「さ、最強の……武? なんですか、それ……」
「文武両道――とはいかずとも、最強の乙女を名乗る上で先ず挙げられるのが個の強さです。それを代表する要素の一つが武、端的に力を示す事が第一の予選で最強を勝ち取る項目となります」
自分が知っている乙女とは随分と乖離した能力なのだが。
とはいえ、ここは異世界。なので――。
「――……具体的には、何を……?」
「概ね、あの様に」
と細く肌白い指先が光の幕を示す。
映し出される映像を見る限り、過去の記憶と類似した環境の上で頭に色の付いたボールをのせて戦う五人。が開始直後に持っていた棒で前方を振り払う人物が放った衝撃波みたいなもので場外となる画面の外へ、勝者だけを一人残し、掻き消える。
『しょ、勝者、ユーリア・タルナート選手っ。……次の試合にお進みください』
そして台上を貫禄のある後ろ姿で去って行く、紫がかった髪をオールバックにした騎士。
まぁ、どこかしらのタイミングで出てくるんじゃないかと思ってました。
続く試合は、見るまでもなく、安心ならぬ後々の不安を予期しつつ隣の第二会場へと向かう道すがら――。
「先ほどの試合は、早々に区切りをつけて宜しかったのでしょうか? まだ時間的な余裕は十分にございますが」
「――……まぁ、見なくても結果は予測できますんで」
それよりも。
「ちなみに、次の会場では何をしているんですか?」
「はい。第二会場では文武の文事、即ち個々が持ちうる知識を絞り出し最強を決める陰惨な戦いが、繰り広げられていることでしょう」
いんさ……――いや、ということはだ。
「その、予選に出ているのって……」
「本人の自白からして、ホリーかと。――急くのであれば合わせますが、如何?」
うん、――急ごう。でないと観戦の約束を守れない。




