第94話〔まさかワタシが勝つなんて〕②
現時点で分かった情報を整理する。
今回の女神杯は前回行われた内容とは違い、規模だけでいえば盛大な催し――お祭りの様なもので、何かしらの競争を経て勝ち残った最後の、最強の乙女を称された者だけがその願いを叶える。
といったかんじになるみたい。なのだが――。
「……終わりました。ジブン、完全に終了です……」
――既に出場を決めたはずの一名が、精神的に脱落していた。
「だ、大丈夫ですよ……。とにかく席を戻して、座りましょう」
するとウゥと哀しみを押し殺す様な声を出す真実を知り座っていた椅子から転げ落ちて倒れていた騎士が立ち上がり。
それを見て、少し離れた位置に移動していた椅子を取って下りる腰に差し入れる。
「ぅぅ、……面目ないです」
何の次第かは分からないが、ひとまず場が落ち着いたので、元の位置へ戻る。
「ホリホリ、――元気だして、まだ敗けたワケじゃないよ?」
隣に戻った相手に顔を向けて労る様な口調で、暖かいとはいえ着用する布面の少ない衣装の下から堂々と褐色の肌を見せている銀色の髪がキラキラとたゆたう少女が述べる。
「ですが……ジブン、バカなのですよ……?」
とうとうダメ以外の認識を持ってしまった。
「そう――かもしれないけど。私もバカだよ? よくセシ姉に言われてるし」
それについては若干意味が異なるかもしれない。
「でもジブンと違って、マルセラさまは王女さまですし将来は安泰ですよ」
「そっかなー。アリエルのところはエリアルと二人だけだから、そうだけど。私のところは大勢いるから、あんまりいい事ないよ――て、アレ? そういえばアリエルは? ドコに居るの?」
い、今更ですか……。
簡略的ではあるが、事情を説明した結果――。
「ぇ……アリエル死んじゃったの?」
――慌てる様子なく、ただ黒みがかった顔に動揺の色を見せる銀髪の少女。
「はい。なんで、今は生憎と言うか……残念ですけど、会えません」
「そっか……」
と銀の瞳が自分を見る。
「ようじ、……大丈夫?」
ム? ――が直ぐに、ああ。と思い当たり。
「はい、今のところは大丈夫です」
「そう。――いつ、アリエルは返ってくるの?」
「ええと……」
どう説明すればいいのだろうか。
「――アリエルであれば、此度の女神杯が終わり次第、返すとのことです」
なぬ。と、そう告げた預言者の方へと皆の顔が同時に揃って向けられる。
そして真っ先に口を開いたのは隣に座っている黒髪の少女――ではなく、意外にも。
「イツ?」
今朝から珍しく覚醒していた日々成り行きに任せる赤黒い髪を自由にハネさせた少女が、これまた滅多にない食い付き様で預言者に上体を傾け問う。
その珍奇とも言える態度を見て、やや戸惑う感じでありながらも――。
「――……ですので女神杯が終結次第と」
「ソレはイツ?」
「……――首尾よく進むとすれば、明日の内に」
「お姉ちゃんは戻ってくる?」
「そう主――……女神より、告げられています」
ということは。
「そっか。ならアリエルと会えるんだ、明日」
そういうコトに。
途端にガタっと少女が椅子から立ち上がり、預言者を見る。
「ね。それって、女神杯のアトよね? 願いを叶えた後、よね?」
「……と考えております、が確かな事は明日、女神が会場に現れた時に直接問われるほうがよいかと」
「そ。なら、そうするは」
言って、少女が小柄な背を皆に向ける。
ム。
「……鈴木さん? どこに?」
「早く行って、準備でもしておくわ。……――前にも言ったけど、今回は馴れ合い無しの本気よ。結果的に何が起きても悪く思わないでね、水内さん」
そして歩き出し、去って行く小さな背を見送りながら名指しされた事を疑問に思っていると赤い少女と短い髪の騎士が順番に腰を上げ。
「ジ、ジブンも持ち場に行っておきますっ」
持ち場って……。
「気を付け、るコトはないと思いますが。怪我のないように頑張ってきてください」
まぁクイズで何を負うのかは謎だが。
すると肘の服が引かれて、慣れた感覚で振り向く。と案の定――。
「――ヨウ、あとで見に来る?」
ム。
「見る? 何を――あ、予選……って、見に行ってもいいんですか?」
「うん、いいよ。来て」
なるほど。――なら。
「あっ――それならヨウジどの、ワタシのも見に来てくださいよ!」
ム。
「ぁハイ、ホリーさんのにも是非」
単純に内容は興味がある。
「エー、私はー?」
「もちろんマルセラさんのも――と言うか、折角なんで全員の様子を見に回りますね」
続いてヤッターと声を上げ勢いよく後ろに椅子を跳ね飛ばして立つ銀髪の少女がアっとなってから席を拾いに行く。のを傍目に、何気なく、普段と何も変わらない青い空を見遣り。
――そうか、かえってくるのか。と、久しく会っていない相手の事を思い返す。
さて、と――。
城や町などの居住区から若干離れた位置にある広原、といっても場所的には城の敷地内で、その一部分を盛大に利用した今回の女神杯は決勝を前に予選会場が野原で星形に建って空いた中央では盛況なお祭り雰囲気に包まれた露店が各会場へ、道の様に伸び、並ぶ。
そんな状況にイマイチ乗りきれてはいないものの、一先ず予選に出場する皆と別れ一時の暇ができた。ので。
「――どうしますか?」
結果として同じ残り組みとなった白いローブを着ている、先ほどから隣で酒気を消す為に借りた香りを放つ預言者の方を見て、予定の確認を兼ねた行動を尋ねる。
そして自然な動作でこちらに向く顔が――不自然に誰も居ない方向へと、背けられる。
……ム?
結果顔の向きだけでなく完全に後ろを見せる相手に――。
「――……預言者様? どうか、したんですか?」
「い、いえ。しょ、少々お待ちいただけますかっ」
ふム。
急に何だ。と思いつつ言われたとおりに、何やら肩を竦めて身震いしている相手を待つ。
ん、寒い?
と断定できるほど気温は低くなく。次いで思い当たった事に、ぁっとなって。
「……ええと。そんなに気にはなりませんよ……?」
正直に言うと、借りた香水の所為か柑橘系の匂いが勝り、酒臭さはとうに消えている。
すると恐る恐るな感じで、振り返る相手が――。
「――洋治さまの、今後のご予定は……?」
「今後……と言うか、このあと皆の予選を見て回るまでは時間があるので、よかったら露店を見に行きませんか?」
そう、聞くや否やガバっと振り動く預言者の一括りの髪が反対側の肩口から垂れる勢いで間近に迫って来て。
「見っ見に行かれるのであれば、私を同伴させるコトをオススメいたしますッ」
ぇ、エエ……。と――。
「――お、おすすめと言うか……もう誘ったんですけど」
なんだろう。今日の預言者様は何か変、というか……オカシイ。
ふム。
「何か、あったんですか?」
通常であれば小気味よい返事をする相手がエと言った顔で固まるあたり、かなり怪しい。
そもそも――。
「――さっきのアレは」
「なにもございません」
ム。と、下から自分を見る奥深い色の瞳を見返――した矢先、何故か恥ずかしそうに目を逸らされる。
……――やっぱり、何かあったのでは……。
そして少しの間、問い掛けはしたものの結局は無いを押し通す雰囲気を察して早々に次の行動へと移ったのだが。
「ご覧ください、かくの如き下らない品が販売されておりました」
そう言って両手の平を合わせた上に載せた鉈の様な物を持って二足で立つ雛みたいな置物を見せてくる預言者が、次いでその飾り物を自分に渡し、再び近場の店を見に走る。
……イヤ、もう。
持てない――もとい、入れる場所もない。と、衣服の袋を占領する品々の数に絶望する。
「これほどの買い物をしたのは、久方振りです」
もはや買い上げと言ってもいい物量だが。と、途中で購入した大型の鞄に詰まった品々を革でできた袋越しに見据える。
しかもこれは別の鞄を何処からともなく現れた双子が収拾した後での量。
一体どう処理するつもりなんだろうか……。
話を切り出すどころか、思い返す量だけで既に取り留めが無い。
ただ一先ずは――。
「小休止を終えたら、残りの時間もお付き合いを期待しておりますゆえ。宜しくお願い致します、洋治さま」
そう和りと。
――本気ですか。




