第92話〔できれば資源ゴミの日だけは勘弁してもらいたい〕⑧
預言者の部屋を出て、後ろ手に扉を閉める。
そして、さて。と内心で、溜め息まじりに呟き。
ややこしくなった気がする今後の事を思いながら、皆が待つ部屋を目指し、歩き出す。
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先の不安を予想し、前もって聞いた自分を茶化す様に返答した預言者が急に真面目な顔付きとなり。
「ご心配には及びません。従者として、主の妨げとなる行為は一切せぬのが私の事を行う上での方針なのです」
「……そうですか」
なんとなく、複雑な気分だ。
と完全には納得のしづらい理由を聞かされ、自分なりに整理を付けようと努力する最中。
「して、洋治さま」
ム――。
「――はい、何ですか?」
「大事をとり、確認をしておきたいのですが、宜しいでしょうか?」
そして思い当たらず、ハイ? と相づちを打つ自分に、柔らかい物腰ながらも瞳の奥で深い色が垣間見える預言者の眼が正面から据えられる。
「誠に過去の、過ぎし事に拘らず済ませるお積もりなのでしょうか……?」
「ぁ、はい。全く」
「……蔑ろになさると?」
「そういう訳ではないですけど……。まぁ、気にしていても仕方ないと思うんで。スッキリさせたいなっと」
そして、なるほど。と僅かに俯く、どこか寂しげな様子を見て。
――そうか。と。
「ええと……、自分も確認していいですか……?」
「はい? なんなりと」
「んと。――預言者様は、どうして……その、怒られたいと思うんですか……?」
なんだろう。
もの凄くオカシナ事を言ってる自覚はある。が間違ってはいないのも確かだったようで。
「正しくは確かめようもございません。しかしながら、罰せられなければ、重ねる事しかできないのです。それを重荷と思う身勝手な心境をお察しください」
「……分かりました。けど、詳しい事が分からない以上は正しい制裁は無理ですね」
「それに付いてはこれより、私の口から事実を語りお聞かせいたします」
ふム。
「――それって、今直ぐに、ですか?」
途端に預言者が小首を傾げ。
「と言いますと……?」
「預言者様の、その話がどれくらい重大な告白かは分かりません。イヤ、分からないからこそ時間を掛けてゆっくり聞いたほうがいいと思うんです。違いますか?」
「……それは、可能であれば時をいただきたく存じます」
「はい、ですよね。なんで、今日は無理です。と言うのも、そろそろ待たせてる皆の所に行かないと悪い気がしますし」
「それは、……そうですか。では後日に改め」
「はい。ただ今後も、長丁場になる場合は先延ばしにしてもらえますか?」
そうして気付く預言者が不思議そうにして。
「洋治さま……?」
「――正直に言って、俺はそういう事が分かりません」
両親妹時も、そうだった。
「何か特別な事を経験した訳でもなく、ずっとそうやって生きてきたんです」
目の前で起きた出来事をただ受け入れるだけ。
「だから、皆の苦しみが分からない、とまでは言いません。けど、どう接すればいいのかが見当たらないんです。――鈴木さんの苦労、――ホリーさんの努力、預言者様の――」
それは許容しているとも違う。
「できるコトなら汲み取りたいと、そう思ってはいます。ただ難しいですね、誰かの気持ちを察するのは。――だから、って言うのが正しいかは分かりませんけど、預言者様達には感謝してます。それもあってか、そういう気持ちにはならないのかもしれませんね」
「……感謝ですか。身に覚えのない御言葉です」
「まぁ、そうですね。わざわざ礼を言う事ではないのかもとは思います。ただ皆と一緒に居られた事は自分にとって良かったと思うんです」
もし、皆と出会わなかったら、今頃なにをしていただろう。
「……まるで、去り際の様ですが……?」
ム。
「あ、いや。そういうつもりでは……」
前歴がある分、不安にさせてしまった。かと思う、そんな自分を見詰める預言者の顔がフッと口元に笑みを作る。
「詰まるところ、私に一生を共にしろと仰るのですね」
へ。
「は、ハイ……?」
一体なにを。
「洋治さまは先ほど、ご自身を如何されたいかと私に問われました」
「それは……、ハイ」
「率直に申しまして、私は長らく勝手な怨みを抱き、今もまだ完全には晴れぬままの情態であると断言いたします。ゆえに、過去の因縁を断ち切らんとしたのです。それを、妨げられた新たな憎しみはそう易々と消化できるものではございません」
なんかスミマセン。――というか。
「……ええと、もう少し、ちゃんと聞いたほうがよかった」
「しかしながら、洋治さまの仰るとおり、恨み節とは短時間で語るには安っぽく捉えられてしまうでしょう。ならば時を掛けて話す他はありません」
ム……。――もしかして。
確かに、もとい微かに預言者の口元が綻ぶ。
「延いては私の怨みを買った責任を負っていただかなければ収まりが付きません」
そして嬉しそうに手を斜めに合わせ、想像通りの事を相手が口にする。
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まぁ、最終的に筋は通せたからいいものの、今後の不安というか心配が増えた事には変わりない……。
と思いつつ、なにやら覚えのある少女の声が交じって聞こえてくる部屋の扉を開ける。
***
「よかったのですか……?」
自分達に背を向けて、窓から外を眺めるフェッタに粛々とヘレンが問い掛ける。
すると背中を見せたまま――。
「――貴方達が心を配る事ではありませんよ」
「……勝手な事をしてしまいました、罰は私だけが、なんなりとお申し付けください」
そして隣に立つ姉の真剣な横顔を見る無口な妹がまごまごと口を動かし、開き掛けた矢先に。
「ヘレン、それは不要な献身です。私は何も叱責する為に貴方達を部屋に入れたのではありませんよ。――それとも、貴方にはその様な趣味の傾向を持つ人物像に、見えているのでしょうか?」
「そ、その様な事はっ」
次いで慌てて弁明するヘレンを余所に、前で一括りにした髪を背の方に落としながら二人へと振り向く預言者が微笑みながら告げる。
「ふふ、変わりませんね。二人して私の所に来た時から、何も変わりがありません」
過去を思い出す様に、そう言う主の姿を見る双子が意図せずに見合う。と姉が――。
「――……フェッタ様?」
「しかし、それもここまでです。これからは各々で道を選び、進み生きるのです」
「……フェッタ様。いッいったい、どうされたのですか……? あの方になにか」
「いいえ。何も、何もありません。何一つとして、蟠りも憤りも残らずに終える事が出来ました。全ては貴方達の思いあっての最良の結果です。心から、感謝いたします」
「それでは……、なぜ?」
不安渦巻く心中を抑え、無意識に手を握り締めるヘレンが強張った表情と声で問う。
「そうですね。満ち足りた、と言えば嘘になるやもしれません。が十分に満足のいく結果を得て、覚悟が定まったのでしょう」
「……では、思いとどまらずに……?」
「ええ、念願を果たす時が来ました。貴方達を呼んだのは、その別れを告げる為。――これまで長きに渡り、面倒を掛けましたね」
「……面倒など、と。――いいえ、駄目です。カッ考え直しましょうっ、フェッタ様ッ」
相手に詰め寄り、自らの願いを懇願するかの如くヘレンがその気持ちを預言者に訴え声を上げる。
しかしその申し出を――。
「残念ですが」
――預言者は穏やかな声と瞳で断り。
「貴女達のどちらが、次の預言者となるかは神のみぞ知るところ故、前もって知らせるコトかないません。しかしながら、どちらになったとしても、皆の事を頼みますよ」
和リと笑み、双子の顔を見て、現預言者は最後の言葉として口にする。
「……フェッタ様。――本当に、後悔はないのですか……?」
その最後となる問い掛けに預言者フェッタの返事は無かった。
されど自身の内側で生じた想いをままに、窓の外へと目を遣る一人の女が、夢を観る。
*
「ね。いっそ誰かの願いで水内さんの意思を剥奪して、曜日毎に独占するとか、どう?」
「あ、――それならジブンは週明けを希望します!」
できれば資源ゴミの日だけは勘弁してもらいたい。




