第90話〔できれば資源ゴミの日だけは勘弁してもらいたい〕⑥
「不意の事で驚かせてしまい、申し訳ありませんでした……」
そう言って粛々と頭を下げる双子の姉、を見て――隣に立つ妹が追随して首をペコっと前に倒す。
ふ、ふム。
「……べつに構いませんよ、そんなに驚いてもないですし」
それよりも。
と思う自分よりも先に、姉が妹の方を見る。
「クリア、どうして? 見張りを任せたはずです」
そもそも何で、あんな所にぶら下がっていたのかも気になる。
が、姉のした質問に妹からの返答はなく。何故か――。
え?
――自分の顔をもの凄く凝視してくる。
「……なにか?」
「ゴ」
そして発せられる謎の擬音。
ゴ……?
と次の瞬間フッと目の前から人が、久しぶりに消え。
え。と驚く――。
「ゴメんくダサれ」
――自分の足元から、そんな要望が足首を掴み、発せられる。
ヒィ。
「……度々申し訳ありません」
そう言って態度からして済まなそうに頭を下げる双子の姉、に次いで妹。
「いえ、謝ってもらうほどのコトでは……」
さすがに足首を掴まれて土下座されたのは驚いたけど。――それに。
「あと、そろそろ止めませんか?」
「――……やめる?」
はてといった顔で頭を上げる姉、そして妹が、自分を見ながら並んで小首を傾げる。
「はい。どうして、そうしているのかは知りませんが、誰かに謝罪してもらう事なんて何一つ、自分にはありません」
というか。
「そもそも二人は、預言者様にでも頼まれたんですか……?」
「い、いえ、私は独自の判断であなたに謝りたくっ」
まぁそうか。――言った後だが、よくよく考えるとそんなタイミングではなかった。
「……ですので、処罰は後で受けるつもりです」
ム。
「処罰……? 何の罰ですか」
「身勝手な行ないによる職務放棄、その処分です」
職務放棄……。
「……ヘレンさんは、何の仕事をしていたんですか?」
「私は――いえ、私共は預言者様の護衛をする事が使命。申し付けられれば使いに出る事も……多々ありますが、主な持ち場は身の回りの監視、と雑用です」
ようするに預言者様の世話役みたいなものか。
「だっ断じて、世話人などという、おこがましい身の程ではありませんのでっ」
なんで分かったんだ。――と思いつつ。
「なら、直ぐその持ち場に戻ってください」
「ぇ。――し、しかしっ」
「二人がここに居ることで変わる事なんて、何もありませんよ?」
「……それは許しを請う程度では、過失を謝罪した事にはならないと……?」
「いや、そうではなくて。そもそも許す必要がないと言うか、責める気はないんで。謝られたところで何も変わらないと」
「なぜですか……。私は、命じられたとはいえ、あなたや肉親を死に至らしめる手筈を整えて……」
「で謝れば済むと?」
「そ、それは違いますっ。私はただ預言者様の苦悩が少しでも和らげばと!」
ム。
「……苦悩?」
途端にはっと相手が口元に手を持っていき、次いでしずしずと下ろす。
「口が滑りました……。し、しかし“フェッタ”様は確かに心を痛め、苦しんでおられましたっ。あなたの――いえ、あなたに対する罪の告白は、フェッタ様にとっては苦渋の決断。ですから今一度、フェッタ様のお言葉を聞きに戻ってくださいっ」
「……――いや、戻るも何も、そもそも話が進まないから日を改めようと……」
とはいえ、次回の事を何も決めてはいないけども。
「……それは、――あなたにも原因があります」
ム。
「原因……?」
「ハイ。フェッタ様は……。――あなたに、お叱りをいただきたいのです」
「お……お叱りって」
一体なにの。
「だいたい、あなたはどういう訳で憤らないのでしょうか……? 私は理解できません」
憤らないって……。
「まぁ、もう過ぎた話ですし。今更どうこう言われても正直反応に困ります」
「そんな事はありませんっ。親しい者の死は、たとえどれだけの月日が経とうと遺却することはできないはずです!」
ム……。
「……――もちろん、忘れた訳ではないですよ」
そう、忘れてるんじゃない。
「ただ今になって誰かを責めたところで何も……。――とにかく、無意味です」
***
去って行く姿を見送った後も立ち尽くすヘレンを見るクリアは心配げに呟く。
「ヘレン……?」
そして横から自身を覗き見る妹の不安な様子をヘレンの瞳が捉え――。
「――だいじょうぶ」
信じる様に、そう呟いた。
***
「ジブンは思うのですが、――ヨウジどのは冷静に見えて、そうではない気がします」
二人の少女が目の前で話し込む最中、唐突にホリはそう告げる。
「……なによ、急に」
「はい。ジブン、――いつも急に思いつくのですよ」
自信に満ちた表情でホリは言う。
「……そういうの、いいから。さっさと内容の要点だけを言いなさい」
「ぇ? ――既に言いましたよ?」
「アンタね……。も、いいわ。だいたいね、そんなコトはとっくに知ってんのよ」
「そ、……そうなのですか?」
「当然でしょ。ああ見えて、水内さんが感情的なのは大半が把握してるわ」
すると銀髪の少女がピクっと反応して、隣同士で話す二人の方に顔を席ごと寄せる。
「それって、――どういう事?」
次いで、む。とホリが声を発し――。
「――……ひょっとして、マルセラさまもヨウジどのを狙っておられるのですか……?」
「ぇ。うん、――そうだよ?」
「ガガビビーンっ」
「ガ、ガビ……?」
「……――て言うか、ここまでの流れで、聞かなくても分かるでしょ……」
「そ、そんなぁ……。ただでさえジブン不利なのに……また王女さまなどが増えたら」
「心配しなくても、アンタの敷物人生なんて奪おうと思うヤツ、現れないわよ」
「ぇ、……そうなのですか?」
そして返す言葉を失う少女に、ホリを見て不可解な面持ちをする銀髪少女の顔が向き。
「ねね、――私ずっと気になってたのだけど。どうして、この人はここに居るの?」
「ぇ? ジブンですか?」
「ぁ――うん、初めて会った時から思ってたの。貴方って……一般の?」
「ハイ。ジブンはその辺によく居る――、ただの騎士です」
「そう。――どうして居るの?」
「ぇ……?」
「キュウちゃんは分かるけど。貴方はどうして?」
「ぇえっと、ジブンはヨウジどのの部下で……護衛も」
「ぁ、そうなんだ。――あれ、今日は?」
「きょ今日は、なんと言いますかっ」
「……言いますか?」
「ジっジブンは休みの日もこの部屋を訪れ、――日々の鍛練をっ」
「鍛練……?」
其処でカチャっと食器を鳴らし、三杯目を淹れ終えた少女が改めて二人を見る。
「単に、好きな男に会いに来てるだけでしょ。今さら、正直に言いなさいよ」
「そそっ、それはっっ」
「ぇ、――好きな男?」
「そ。ここに居るのは全員、同じ男を好きになった、仲間みたいな敵よ。アンタも、わざわざ足を運んだんなら、油断しないことね」
そして既に冷めたティーポットから注いだ紅茶を一口、飲み――。
「――ま、わたしは今回がダメなら、きっぱりするつもりだけどね」
「今回? なんの事?」
とホリが自身の手の平をポンと叩く。
「ぁ――、もしやマルセラさまは、近々始まる女神杯を知らされていないのですか?」
「ぇ、なんの事?」
「ええっとですね」
「――ま。平たく言えば、水内さん争奪戦ツーよ」
「ぁ、そんな感じです」
「ぇ――ソレっ、私も出たい!」
「ハイ、自由参加だと思いますよ?」
「じゃぁ出る!」
次いで喜び、声を上げるマルセラ。を傍目に、花子はホリに顔を向け――。
「――随分と余裕ね」
「え、なにがですか?」
「アンタに、自分からライバルを増やす余裕があるとは思ってなかったわ」
「あ。――ガっ、ガガまったッ」




