第85話〔できれば資源ゴミの日だけは勘弁してもらいたい〕①
向こうで言うところの年が明けた初日、しかも元旦からいつもの調子でややこしさ全開の問題が何食わぬ顔でやって来て、から日常に溶け込むまで数日、が経った昼時の異世界自宅にて。
「ねぇねぇエリアル。今日は昨日よりも遠くへ、――飛びに行かない?」
次いで隣に座っている相手にボサっと頭の少女が小さく頷き返す。
「いいよ。でも、手は抜かない」
「ぇ、勝負? ――いいよ!」
そして見るからに張り切って受諾する銀髪の少女がそのやる気を拳を作り、自身の顔の前で表す。――ので、ふム。と残っていた珈琲を飲み干し、ダイニングテーブル越しに対面する二人を見る。
「すみません、今日は予定があるんで、遠出は無しにできませんか?」
途端にエっと向く二人の顔が意外な事に出くわした様な表情で、自分を見続ける。
……ム?
「どうか、しましたか……?」
全く察しがつかず、尋ねる。と物の見事に並んだ二人の頭が同調して横に振られ、続いて就寝時のまま銀色の髪を後ろに束ねている他国の少女が不意の出来事と遭遇した面持ちを変えることなく――。
「何処に行くの?」
――と、勘すら働く様子のない直面で、聞いてくる。
まぁそうか。
正直、自分が言い出さなければ、その時が来るまではずっと忘れているだろう。
――なので。
「行くのは預言者様の所です」
そう、数日前から居候状態になった相手を見詰めて、告げる。
***
昼間でも薄暗い室内で小さなランプが白いローブを着る預言者と、その前に居る体形に沿って伸びる黒の長衣を着た女性を照らす。
傍らの小さなチェストの上には写真の入った額縁が立ててあり、幼い頃の預言者と濃い緑色の髪を左右で括る女性が並び立つ姿で写っている。
それは、フェッタの前で足を着けずに浮かび立つ相手の姿と瓜二つ。同様の容姿で、現像後月日の経った子を見据える。
「ほんなら、そちらは任せたぞよ」
「畏まりました。直ちに着手いたします」
「ウム、期待しておるぞ」
「勿体なき御言葉です」
背筋を曲げることなく丁重に礼をする従者――を見て、宙に居る主神の記憶が突如として浮かぶ。
「……――フェッタよ。ソナタはワレに付いて、どれくらい経つのかの?」
「はい。十五年ほどかと」
「ほうか。たいそう短い内に二度目とは、なかなかに希代じゃの」
「誠、本望に御座います」
瞳を閉じ、預言者としての本分を果たせる事を俯き加減で、フェッタは述べる。
「フム。事実かえ?」
「……――ご存知のとおり」
主との一方的な繋がりとなる石は預言者を称された日から、その大きく膨らんだ胸の奥、変わらずに存在し続けている。
「そうではない。ワレはソナタに聞いておるのだ」
宙に浮く希薄の無い、されど確かな存在感を放つ女神が緑色の眼で、そして左右の髪を揺らし告げる。
「……面目次第も無く。未熟ゆえ、主の御心を汲み取ることかなわず」
「ふン、お堅いヤツじゃのぉ。――まあよい。ほんならズバリ聞くがの、ソナタは参加せぬのかえ?」
「と、言いますと?」
「論無く女神杯じゃ」
「……――よもや、そのようなコトは」
「可能であろう。その気があるのであればの」
冗談などではなく率直にして真っ直ぐに白のローブを着る相手を見、放言する女神の雰囲気を察するフェッタの小さな握り手が――無意識に、自身の胸の上に動く。
「なんなら此度はその胸の枷を外してやっても構わん。好きに選ぶがよいぞ」
そして静かに返答を待つ女神の前で動揺する鼓動が一瞬自身の胸の内を震わせ――た、が直ぐに押し殺され。
「言うまでもなく、すべきコトは決まっております。ゆえに、私が出場する選択肢など、元より御座いません」
「フむ。ほんに、人間らは素直でないのぉ。――まぁよい、ほんなら後は頼んだでよ。楽しき時を遅らせるでないぞ」
「承知いたしました」
「うム。ほいだら、ワレはもう暫く眠るよってな」
言って、一時的に形成するその外見を融かす様にして煙となる女神が近くの机に置かれた石の中へと消えていく。
そうして独り室内に残された者の目が無意識にチェストの上に置かれた過去に向けられた途端、取っ手の無い出入口の先にある扉が耳慣れた音で部屋主を呼んだ。
*
はて、居ないのかな?
二度目のノック後、応答のない様子に不在だろうと踵を返す。
そして引き返そうと歩き始めた途端に背後で扉の開く音が静かにし、振り返る。と。
ム……。
「……預言者様?」
開いた僅かな隙間から白い影が自分を覗いていた。
「本日はどのようなご用件で?」
「ええと。あれから、女神杯の事はどうなりましたか?」
いつもの自席に座ってから訪ねた理由を聞いてくる相手に、自分もまた定位置で立ち止まり返答する。
「その事でしたら、今のところは順調、と言って差し支えはないかと思われます」
「……今のところ?」
心配になって聞く。と相手が、ああと言った感じで――。
「――言葉の綾、と言いますか。深い意味ではございません。ゆえに、懸念までは及びませんよ」
「そうですか……」
「しかし後悔が残らぬ時を過ごす事は、万が一に備えて不要とは申しません」
ム。
「――それって、女神杯の結果次第では、と言うコトですよね?」
「仰るとおりです」
ふム。
「なら、今のところは大丈夫です」
「……――それは、どのような意味合いで?」
意味……。
「……まぁその、後になって悔やむ事はないかな、と」
「そうですか。洋治さまらしい、実に清々しい生き方です」
と言うわりに表情は険しく、目を細め睨む様に自分を見詰める。
「――要らぬ心配、だったのでしょうね」
まるで独り言のように、白のローブを着た一括りの薄い緑色の髪を肩から前に垂らす相手が呟く。
「……心配?」
次いで厳しかった瞳が閉じられ、一時の間を空けてから開かれる――その尋常の眼で。
「洋治さまであればとうにお気付きでしょう」
そう言って、預言者が黙り込む。
「……――何を、ですか……?」
なので催促する積もりはなく、問い掛ける。
すると一転して和やかな表情をし――。
「――いえいえ、平穏とは難しいもの。皆が同じ様に生きると言うのは、無理があるのでしょう」
……ム?
「しかしながら、どうでしょう? あれからというもの」
「ええと……、マルセラさんのことですか?」
「はい。一国の王女を、しかも他国のを娶るというのはなかなかに気苦労も多き事かと」
「娶ってません。――で、まぁそれなりに楽しんでいるみたいですよ」
ぶっちゃけ遊び呆けているだけに見えるけど。
「おや、さりとて許可は下りているのですよ?」
「そもそも認可してません」
「おや……それでは、一晩限りの付き合いであったと?」
「そんな訳もありません」
大体そんな話をしている場合でもない。
「まこと、洋治さまはスケコマシ無き色男ですねェ」
またなんとも……。
「……訳が分かりません。そもそも、調子付くつもりはありませんけど、いくら男女の比率が偏っているからって、わざわざ自分なんかを選ぶ必要ないですよ。もっと冷静に判断するべきです」
「さすれば、アリエルの立場はどうなるのでしょうか?」
「ジャグネスさんは……。まぁその、自分なりに努力はしているつもりです」
――ただ今は。
「ではもし、再会を果たせなかった場合は、如何なさるお積もりでしょう……?」
ム。
「その時は……――」
――その時、自分は一体。
「もしもご予定の無き場合は、私独自に調査した情報をもとに五つの構想がございますので、先にこちらのをアンケート用紙にご記入をしてから」
なんと言うか……。――ありがた迷惑。




