第84話〔全員 ただでは帰さない〕④
銀に輝く髪を揺らして全身から溢れんばかりの元気で、にかっと笑う。そんな相手と久方ぶりに顔を合わせた皆の戸惑った反応を見てか、銀髪の少女がやや申し訳なさそうに自分の所に来て、顔を寄せる。
「ね、――ようじ、皆、どうしちゃったの?」
手も添え、相手がぽそっと小声で聞いてくる。ので――。
「……どうと言うか。マルセラさんこそ、どうして“メェイデン”に……?」
――逆に問い返す。
そして自分の質問にキョトンとする相手が目をパチパチ瞬かせた後、スっと顔を引く。と次いで、笑顔を作り。
「そんなの、――ようじに会いたくて来たに、決まってるでしょ」
背中の開いた露出度の多い装いで胸を張る銀髪の少女がニマっと笑いながら片側の腰に手を当てて言い切る。
それは、いいが。この雰囲気からして――。
「――もしかして、一人で来たんですか……?」
「え。うん、――そうだよ、どうして?」
イヤイヤ。
「どうしてって……、確かマルセラさんは王女様ですよね?」
「うん、そう」
当然だが、平然と相手が認める。
「……なら他国に一人で遊びに来るというのは――変、なのでは……?」
なるべく慎重に選んだ言葉を、できる限りの配慮と相手に対する奇抜な気持ちを以て、口にする。
「え、――どうして?」
「いや、だって……」
そう聞かれると困ってしまう。
と、当惑した矢先に――。
「マルセラ様」
――相手の名を口にしつつ、預言者が急遽訪問された他国の王女に歩み寄る。
「ん、――なに? フェッタ様」
「私の記憶が確かなら、今日はフィルマメントにて新年の式典を行っておられるはずですが……よもや?」
「うん、勝手に欠席しちゃった」
あっけらかんとした態度で、銀髪の少女が告げる。
うそん。
が、特に驚く様子もなく――。
「――さようですか。さすれば、こちらに出向く事は?」
「それは部屋に書き置きをして来たから、大丈夫」
だからって、安心してイイコトではないのだが。
「……――後で怒られませんか?」
「んー、お姉ちゃん。――セシ姉は、怒るかも?」
たぶん。といった感じで、下唇を押し上げるように人差し指を当てて告げる相手がアハと最後に笑う。
いやいや……。
「……とにかく、直ぐに連絡するか、怒られる前に帰ったほうが……」
もう遅いだろうけど。
「えー! 三日もかけて来たのにッ、――絶対にイヤ!」
三っ三日ッ?
「どっどうやって、来たんですか……?」
「え、――私の子に乗ってだよ?」
ム。
「ええと。ペガサス、ですか?」
「うん、そう」
なるほど。――けど。
「ずっと飛んでたんですか……?」
「ううん。それはムリ、――だから途中にあった村とか、山で寝たりするの」
な、なんて。
「タフですね……」
「え、――そう? 野宿とか、知らない人の家に泊まるの、楽しいよ?」
向こうだったら何かしらの番組ができあがりそうだな。――とはいえ。
「まぁその、無事なら、それで……」
そもそもペガサスが飛んでるだけで、向こうでは事件になるだろうけど。
「ちなみに、乗ってきたペガサスは?」
「んーと、――城に着いてから出てきたメェイデンの人達に、預けた」
「そうですか。なら、後でどこに連れて行ったのかを確認しておきますね」
「うん、ありがと。――でね、さっそくだけど、ようじにお願いがあるの!」
と急に自分の手を取り顔を寄せてくる相手が声を上げて言う。
「ハ、ハイ。なんですか……?」
「んーとね。今晩、泊めて!」
ふぇ。
「な……なにを?」
「私っ」
掴む手とは反対の指で自身の顔を示し、銀髪の少女が恥ずかしげもなく何故か自信満々な態度で告げる。
「イヤ、それは」
と言い掛けたところで雰囲気を察したのか預言者が歩み出る、よりも先に――。
「それなら、ジブンの所に来てみてはどうですか?」
――皆と同じように状況を見ていた短い髪の騎士が、そう言って銀髪の少女の前に何故か慌ただしい感じで出てくる。
ム。
そんな、積極的な行動を取る騎士の珍しい物事を見て、思わず奇妙な感覚になる。が、自分よりも不思議そうな顔をして――。
「――貴方、誰?」
と銀髪の少女が口にする。
あ、そっか。
「ヤダなぁ、――皆さんご存知の、ダメな騎士ですよぉ」
相も変わらず、どういう自己紹介だ。
そうして相手の立場を知らされた少女が暫し考える素振りを見せ。
「んー、――ダレ?」
「ガガーン」
お、久しぶりの。
すると認知されていない事に衝撃を受けて身を反らした騎士が何故か自身の手の平をポンと叩き、姿勢を戻す。
「そう言えばジブン、――マルセラさまとお話したコトなど、ないですよね?」
「うん、初対面だよ」
急な変わりようで素の表情となる相手に少女が頷き返す。
初対面ではないのだが。――大体そんな感じなので、否めない。
「なるほどぉ。それなら納得です」
一体なにの得心があったと言うのか。
「それで、貴方は誰?」
誰というよりは、何? と言いたげな顔で、少女が再び威勢よく出てきた相手の素性を問う。そして、ハっと目が覚めるような反応で起立し、突然姿勢を正す――。
「――ジッ、ジブンはっ」
今更っ。
何故か改まって緊張する騎士の姿に内心ツッコム。と、前へ出た矢先に割り入られて動きを止めていた預言者が身動ぎ。
「マルセラ様、本日の宿泊する場をお探しのようなら、私のほうで手配いたしましょう」
「ぇ、――ほんと?」
「はい、友好国からの来客を持て成すのは当然。しかしながら、当城で止宿するのであれば、フィルマメントに一報を入れざるを得ません。宜しいですね?」
「えー、――ヤダ」
ぷいと横を向き、銀髪の少女が預言者から顔を逸らす。
ヤダって……。
「……何も言わずに出てきたのなら、きっと心配していると思いますよ?」
「んー……、――そうかなァ?」
いや、普通するでしょ。と、いうか――。
「――そもそも、王女様がそんな簡単に他国まで外出して、いいんですか……?」
詳しくは分からないが、想像としては護衛的なのを伴って来るイメージなのだが。
「だって言うとお姉ちゃん達が煩いんだもん」
要するに駄目なのでは。
「それに私は王女なんかしたくないし、――自由に好きな所に行きたいのっ」
だとしても、それは自国で抗議してほしいのだが。
「気持ちは分かりますけど……、周りを不安がらせてもいい理由にはなりませんよ」
「ぇ、――ようじ?」
驚くとは違う、どこか事情がのみ込めない様子で不思議そうな表情をする相手が、まるで何かが顔についているかのような何とも言えない眼で、自分をまじまじと見る。
ム……?
「……はい? 何ですか」
というか、心なしか他からの視線も感じるのだが。
そんな周囲からの似た気を浴びつつ、目の前に居る相手から目を離すのは失礼という半ば言い訳に近い理由を以て、なんとなく、確認は避けての返答を待つ。
「……うーん。ま、いっか。うん、――よく分かんないや」
何がでしょう。
「ね、――それよりも、ようじ」
「ハ、ハイ……?」
「さっきの返事、聞かせて」
「へ……返事?」
「うん。今日、泊めてくれる?」
え。
「いや、それはさっき」
「――ちょっと待ちなさい」
ム。と、沈黙を破りここぞとばかりに出てきた少女を期待の思惑を持ちつつ見る。
「アンタが泊まるってんなら、わたしも泊まるわよ」
ちょと待てちょと待て。
「鈴木さんまで何をっ」
と言った矢先にローブのゆったりとした袖口から出る細く白い手がハイと上がる。
「さすれば今夜は私も寝床を変えるといたしましょう」
いや、なんでよっ。
「あ、――それならジブ、ェ?」
そして流れ的に上がる手の前に被さる形で出てきて、騎士の発言を妨げる赤き少女が皆の注目を浴びつつ丈の短い外套の内側をゴソゴソと探り――さっと出したのは。
……トランプ? なんで。
すると徐に、小さな箱に入った玩具を出した少女の口が開き。
「全員、ただでは帰さない」
来るのは承知の上なんですね。




