第83話〔全員 ただでは帰さない〕③
話がこじれてきたものの、まずは――。
「ところで、女神様はどこに?」
――当人の意向を聞かないことには返事もしようがない。
「主はあれからずっと、石に引き籠っておられます」
と自机の上にある黒い石に預言者が目を向ける。
ふム。
「要するに、話を聞くのはムリそうって事ですよね……」
困ったな、詳しい事が分からない以上、話も纏まらない。
「いいえ。そうとも限りませんよ」
ム――。
「――どういうコトですか?」
テクテクと机に向かう預言者の背に質問を投げる。
「私の心の内は常時、主に筒抜けとなっております。ゆえに直接呼び掛ける事はかないませんが、意思を提示することくらいは可能です。――それに、かけてみるとしましょう」
そう言いつつ机の前で足を止め、預言者が自分達の方へと振り向く。
ム……。
「……ええと、いまサラっと凄い事情を言いませんでしたか……?」
「おや。うっかり胸部の寸法を口走っておりましたか?」
どういう無意識だ。というか、大きさを言っただけで凄いってなんだ。
「いえ……、それは全く心配ないです」
「さようで。さすれば上から」
「遠慮しておきます」
おや。と、寂しげに相手が口を閉じる。
そもそも胸の上って、ドコだ……。
すると悩む自分の横に騎士との話し合いを終えた少女が来て。
「筒抜けって、どういう意味よ?」
ム。
「はい。我ら、女神に仕える預言者の一族は代々当主となり後を継ぐ時、胸に石を埋め込むことで身も心も主のモノとなる習わしなのです。ゆえに隠し事などは以ての外、知り得た情報、過去の記憶すらも献上の内となります」
な……。
「なによ、それ。完全にパワハラね」
いや、嫌がらせ程度の範囲ではないと思うのだが。
「て言うか。それを納得して、受け入れてんの?」
途端にピクっと預言者の体が揺れ動く。と――。
「受け入れる?」
――急変した感情の無い顔で、そう口にする。
そして横に居る少女が圧倒されるような感じでやや足をたじろがせると、同じ様に気後れし掛けていた自分達を見て、目の前の相手が表情をパッと元に戻す。
「おや、これはイケませんね。ここのところまっとうな睡眠をとっていなかったせいか、急な睡魔で意識が遠のいておりました」
次いで、わざとらしく口に手を添えてオホホと笑う相手の様子から無意識に横の少女と目を合わせたのち、場の雰囲気を戻さないよう慎重に。
「石って、――どこにあるのですか?」
事を運ぼうとした矢先に、いつの間にか預言者の所まで移動していた騎士が何気ない感じで白いローブに隠れた胸部を見つつ本人に尋ねる。
ちょッ。
「ホ、ホリーさんっ」
思わず制止しようと声を掛ける。が普段通りのしぐさで――。
「――残念ながら外見に見えるモノではございません。体の内、心臓にほど近い箇所に存在しております」
「えっ、――……そうなのですか? それって取れないのでは……。ぁ、――風呂に入る時はどうするのですか?」
ソコなのっ。
「……無論、着けたままの入浴となります」
「ぇ。――ってコトは、それも女神さまに見られているという事ですか?」
伝統的な動作で肩を後ろに引く騎士が、驚きながらも聞き返す。
ム。
「結論から申しますと、視覚化される伝達ではございません。私の見知った内容を感覚に近い情報として受け止め、必要なものだけを主が活用するのです。平たく言えば、雑誌で見た流行をさも自身が発祥のように言いふらす三流のミーハーなどが該当いたします」
「うっ」
ガクッと例え話を聞いた騎士がその場で膝を折る。
いや、なんでよ。――ただ、それはそれとして。
「……ええと。普段、生活する上で支障はないんですか?」
次いで屈した相手を放置して自分達の方を向く預言者が、いつも通りの様子で。
「ええ、特に行動の不自由はございません」
なるほど。
「――にしたって、悪趣味ね。なんなら、わたしからメンド神に言っとくわよ?」
具体的に何を言うのか、先に言っといてほしいかんじなのだが。
「いえいえ、それには及びません。フェッタの名を受け継ぐ者の定めとして、とうに心中も固まっておりますゆえ。しかしながら救世主様のお心遣い、誠、感謝をいたします」
「……――そ。なら、わたしからは何も言わないわよ」
そしてハイと頷く預言者。を見て、どこか不満げな納得を見せる黒髪の少女。
ふム。
預言者の立場に付いての事柄、まだまだ聞きたい事はあるものの。
「それで、話を戻すんですが。女神様が居ないと、先の事は全く分からないんですか?」
まずは“女神杯”の事を優先しなければならない。
「主な内容は、そうなります」
なるほど……。
「ですが、大凡の流れを推測するコトは自由かと」
ム。
「見当が付くんですか……?」
「それは言葉が過ぎるかと。女神の御心、従者として汲む努力は否めない。と解釈していただけるのが適当でしょう」
「……そうですね。スミマセン」
軽く頭を下げて謝る。
と、顔を上げる自分に何故か和やかに笑み――。
「――主に対する愚弄は高く付きます。いずれ適切な機会でも設けるといたしましょう」
ウソん。
そして釈明の間もなく、次の口が開かれ――。
「――此度の女神杯は最近に行われた国家間の内容とは違い、主が自ら思考する一大行事。如何な催しとなるかは察するに余り有るところでしょうが、大要の流れは」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「ハイ洋治くん、どうぞ」
手を上げた生徒を手で示すようにして、速やかに預言者が自分を見る。
……――今、さらっと聞き捨てのならない。
「ええと。女神杯って、毎回同じ事をするんじゃないんですか……?」
「はい。女神杯とは催し事の通称、内容如何に関わらず、そう呼んでおります」
「……なるほど。なら、女神祭は……?」
「あちらは祭り事の通称となっております。ゆえに些か内容にも差異がございます」
なるほど――。
「――具体的に、どんな違いがあるんですか?」
「はい。女神杯とはその名のとおり、杯を争う勝敗によって優勝した者が褒賞を受け取る仕組みとなっており、他国とも優劣を競う事が可能です。従って、女神祭はそういった仕様とは別のものが該当いたします」
「けど、闘技大会をしたのは女神祭ですよね?」
「あれは杯を用いぬ、また用意された賞品も主催側が負担するものです。ゆえに、場合によっては準備された内容などを変更する事とて可能です。しかし、女神杯は女神の前で誓う儀式のようなもの、如何な理由があっても約束を違える事は冒涜に値します」
「なるほど……」
「その上、前回のは二年に一度行われる他国との交流をも兼ねた試合。約束した褒賞はもとい規則を破る事は国家間の信用問題に発展いたします。――それ故に、皆が必死になって洋治さまを護ったのです」
そうは言うが、若干煽ったのは預言者様なのだが。
「……つまり、今回もそういった経緯になると……?」
「はい、加えて今回の相手は神です。どのような内容になるかは、まさに神のみぞ知る、ところでしょう」
うーん。――けど。
と自分が思ったタイミングで、横に居る少女が前に出る。
「それって。拒否したらダメなの?」
「おや、――救世主さまは乗り気と思っておりましたが?」
「べつにやる気がないワケじゃないわよ。でもね、手段なんてのはいくらでもあるの。危険を冒すコトにこだわって、どうすんのよ」
……なんというか。――複雑な気持ちになる。
「まさにその通り、聡明な御判断です。そして拒否権に関する返答ですが、モチロン可能となっております。が、私は提言をいたしません」
「なんでよ。アンタだって、水内さんが居なくなるかもしれない選択は、イヤでしょ?」
「……――私の、個人的な意向を抜きにして。此度の杯に賭けられた褒賞はどちらに転んでも世の為となります。ゆえに、断る理由はございません」
「ふーん。ま、素直じゃないのはミンナ同じってコトね。――いいわよ、わたしはどのみち勝つコトしか頭にないし」
「実に心強い、お言葉です」
いや、褒賞側の気持ちを少しは汲んで。
――とは言えずに、話題のなくなった室内が静まり返る。と、何の前触れもなく、扉をノックする音が部屋に響き。
「どうぞ」
応答する部屋の主。そして直ぐに扉を開けて入ったきた一般的な女性騎士が。
「失礼します。――フェッタ様、遠方の来キャっ」
入って足を止めたばかりの女性騎士を後ろから軽く突き飛ばして小さな悲鳴を上げさせ、飛び出してきた人影が部屋の中央――皆の視線が集まる場所で両手を上げ、にかっと笑む。
え。
「やっほー、久しぶりぃ。皆、元気にしてた?」
窓から差し込む光でキラキラと、揺れる銀色の髪と露出度の多い衣装を着た褐色の肌。
「……アレ? なんか、立て込み中だった感じ?」
なんでマルセラさんが。――ここに。




