第22話〔そもそも死んでませんよ〕⑦
「あああくっそッなんでオレらの行き先が分かったんだっ」
体格のいい男が睨み付けるように、こっちを見る。
「オマエッいつ連絡したっ」
え。
「し、してないです……」
「嘘言えッ。なら、なんで行き先が分かるんだっ」
迫ってきた顔面との接触を避け、逆の方向へ上体を逃がす。
近い近いっ。
「……手、手を、縛られてるのに、どうやって、連絡を……するんですか?」
言うと、相手が少し顔を引く。
「そりゃあオマエ、アレだ――……どうやったんだ?」
「してないです」
「だったらなんでオレらの居場所がバレるんだっ」
「知りません」
「嘘つけッ」
近いっ近いっ。
「本当にっ連絡なんかしてませんっ」
そして顔が引く。
「じゃあなにか、鈴木は、エスパーか?」
エスパーて……。
「――高橋の兄貴ッ鈴木の車が横に来たっすッ」
***
「あ。ソッコー、気づかれたわ」
前を走る車の中の様子を見て、運転席で少女が言う。
「何故、あれほど慌てているのでしょうか?」
同じくリアウインドウから車内を見ていた私服の女騎士が、思った疑問を口にする。
「当然、アンタにでしょ」
「私に……?」
「あれだけボコスカとやればね」
「わ、私は、救世主様の命に従ってっ」
「はいはい分かってるわよ。――で、横に付けて窓を開ければ、いいのね?」
「ハイ。――あ、あと、この帯は取ってもいいのでしょうか?」
「あ、やるわ。顔と手をベルトから離して」
「ハイ。――いつでも、どうぞ」
「ん。やるわよ」
そして運転席から助手席のシートベルトを外すボタンが押され、吸い込まれる様に勢いよくベルトが収納される。
「凄いですッ救世主様っ」
一回目の時と同様に女騎士が目を輝かせ、運転席の方を見て、言う。
「……べつに、凄くないから。――で、調子はどう?」
「はい、驚きはしましたが、今も気分は良好です」
「そ。じゃ、窓を開けるわよ」
「ハイっ」
そして次に助手席側の窓を開くボタンが押され、窓ガラスが正常に下へ収納される。
「救世主様……」
「え、なに? なんか問題?」
「……窓が、窓が落ちてしまいましたっ。拾いに行かなければっ」
「……――あとにしなさい……」
*
皆が横へ来た車に注目する中、体格のいい男の下敷きになりながら自分も見える範囲で外の様子を窓から窺う。
「あにきっ。僕は、僕はどうすればいいですかッ?」
運転席から悲鳴に近い声が上がる。
「いいから走り続けろ、事故るなよっ」
「ははいっ」
――どうするつもりなんだろう。まさか、この速度で走ってる車に飛び乗る気じゃ……?
「高橋の兄貴、鈴木の車の窓が開いたっす」
「お、おう。いったい、なにする気だ? こっちに飛び移ろうってか?」
「――そんなの無理ですよ、アニキ。映画じゃないんですから。出た途端に、吹っ飛んでいくのがオチですよ」
「お、おう。そうか。それなら、絶対にムリだな」
すると視界で何かが一瞬、キラリと光る。
ム?
「あにき……」
運転席に居る男が、絶望を目の当たりにした様な声色で、体格のいい男を呼ぶ。
「どうした? あきひろ」
「……剣が、剣の先が、こっちに向いてます……」
それは其処に居る者にしか分からない悲惨かつ凶悪な状況報告だった。
次いで――これまで一度も聞いたコトのない音が運転席から、悲鳴と共に、耳に飛び込んでくる。
「あにきぃぃいぃいぃいぃィ剣がっ剣がぁぁあぁあぁあぁァアア」
同時に車体が激しく揺れ動き、車内の男達から次々と悲鳴が上がる。
「ぐああっやめッ落ち着けっバカッ、やめろっあきひろッッ」
アダだダダ、だッぐぇ。
「だってッだってッ目の前に剣がッ、下からズカッってっっ」
――な、下からズカッっ?
この状況で運転手を殺したら間違いなく、事故って、死ぬ。
「うわぁぁあぁあああまた剣がこっちを狙ってますぅッッッ!」
ヤメてぇぇェェェエエエエ。
「おりろっ、高速をおりろッあきひろっ」
「無理ですアニキっ、次のインターまではあと少し距離がっ」
「急げッあきひろぉぉお!」
「ムリですっムリですっ死にますッ僕、死ぬぅッッッ!」
というか、このままだと全員死ぬ。――くっ、ああもうっ。
揺れる車内で下敷き状態から解放されていた体を、死に物狂いで、運転席の窓を目掛け突進させる。
「うあッなにっ? なにッ? なにっ?」
そして、先の事など一切考えずに運転手と窓の間に滑り込んだ。
死ぬ、たぶん、死ぬ。
結果――窓の向こうに車を見た後、程なくして透明な一枚の板を前に止まった光が剣の切っ先だと分かった一瞬の最後、相手と目が合う。
「あきひろっ、インターだっ」
「ははいッ」
で遠心力に引っ張られる自分の体を、感覚で大きいと分かる、誰かの手が掴んだ。
***
横並びになったワンボックスカーの蛇行する運転に巻き込まれまいと、女騎士の乗る車が運転手の判断で距離を取る。
「ちょっとアンタなにやったのよ、危ないじゃないっ」
剣を片手で持って隣を食い入るように見詰める助手席の騎士に、運転席の少女から苦情が飛ぶ。しかしそれに対しての返事ではなく、真剣な口調で女騎士が口にする。
「少々ズレてしまいました。次は確実に仕留めます。救世主様もう一度、近付けてください」
「ムリ。いま近づいたら、こっちが危険よ」
「では可能な限り」
「だからムリだってば」
「私の体が届く距離で構いませんので」
「ああもうっ。分かった、分かったわよ。死んだら、アンタのセイだからねっ」
――そして、少女が全神経を集中して運転する車を隣のワンボックスカーに近付ける。しかし、そんな死のリスクが高い駆け引きをする運転手の心情とは裏腹に、騎士の方は何も動じてはいなかった。
必ず、救い出す。と心に誓う女騎士が見る一点、それは的となる運転手の頭部。車間が狭まる最中も意識を集中し機会をうかがう。
――そして、その時が来る。片手に剣を握り締め、躊躇する事なく、騎士は頭から窓枠を越えて車外へと身を飛び出す。
「ちょっ」
驚きのあまり目を見開いて、運転席の少女が声を出す。けれども一瞬想像した結末とは違い。助手席から外に出た女騎士の体が、残った脚と窓枠の上部を掴む片方の手によって、存在している事に直ぐ気づく。
だが理由はそれだけではない。常人離れした身のこなしや強靭な体だけでは補えない部分を騎士が体内の魔力で強化したからこその結果だった。
――そして更なる驚きが、運転する車の進行方向を見た少女の前に立ちはだかる。
「て、ちょっ」
正面に迫っていた障害物を咄嗟の判断でハンドルを右に切ってかわす少女が、次いで安堵するより先に助手席の方を見る。そして――。
「……だ、大丈夫?」
――いつの間にか助手席に座っていた、どこか元気のない、相手に声を掛ける。
「はい。私は何ともありません」
「なんか、あったの?」
「あの者たちが――」
拳を作る女騎士の手が小刻みに震える。
「――命欲しさにヨウを盾にっ、断じて許せませんッ」
「もしかしてアンタ、運転手を殺すつもりだったの?」
「ハイ、もう少しで仕留められたものをっ」
「な。アンタ、バカじゃ――」
『御話しの最中に申し訳ありません、救世主様』
「――……なに?」
『指輪の反応が別の方向へ遠ざかっておりますが』
「あ、ヤバ」
*
「あきひろ、そこの自販機で車をとめろ。全員で、外の空気を吸うぞ……」
「……はい」
た、助かったのか……。




