第72話〔ここのところ駅前で留学をしていたもので〕④
おぉ……。
ねじ切る形で壊したバルブ共々元通りになった蛇口を見て、思わず感嘆の声が漏れそうになり、直した当人の方を向く。
「ほっほ。どうじゃ、ワレの偉大さが遂に分かったであろう?」
まぁ壊したのも、その偉大な神様なのだが。――けど。
「確かに、凄いです。――ちなみにこれは、女神様だから出来る事なんですか?」
「無論じゃ。ただ魔力を扱うに長けたところで到達できぬ、神のみの業じゃ」
エッヘンと腰に手を当て、聖女がふんぞり返る。
「……なるほど」
それにしても――。
「――その魔力と言うのは、結局どういうモノなんですか?」
今更な気もしなくはないが、実のところよく分かっておらず、いつも雰囲気や成り行きに任せているのが自分の知る内容からの対応としている。
「なに――それはどういう訳でする質問じゃ?」
尊大な態度で反らしていた上体を戻す勢いで、自分の前に聖女が顔を差し向け、言う。
「……どういう訳って、そのまんま、ですけど……」
「ではソナタは、魔力については無知であると申すのか?」
「無知、ではないとは思いますけど……。そう言っても支障はない程度の認識です」
「ナぬ……――ビっくらのポンじゃな」
なんだそれは。
「しかしじゃ、何故ワレに問う? 答えを得るすべならソナタの周りいくらでも居よう」
ム、それは……――。
「――……なんとなく、ですね」
「なんとなくじゃと?」
「はい。たしかに、女神様が言うように聞こうと思えば日常いくらでも聞く相手は近くに居ます。けどそもそも聞いたところで理解できそうにないですし分かっても、自分とは無関係な力だと思ってますから」
「フム。ではナゼ関わりのない事柄と知り、故意にするのじゃ?」
「ええと。なんとなく、話題になるかなと思って……」
実際それ以上の考えは全くない。――ただ。
「まぁその、神様に聞くほどの事ではなかったですね。スミマセン、忘れてください」
それよりも――。
「待たぬか。なにも話してやらんとは言うておらん。しかしじゃ、神に願うのであれば相応の供物が必要であろう?」
「確かにそうですね」
そして聖女がこちらの意向を汲み取ったのか、ニコっと微笑む。
――うん、お腹が空いた。
***
逃げる相手を追いかけた末、壁際で終局を迎えようと試みる少女の不気味な表情と手が騎士の前に一歩――踏み出す。
「もう、逃げられないわよ」
「ひっ。待ッ待ってください! ――ジブンがナニをっ」
「……とうに、問答は無用よ」
ギラリと少女の眼が光る。
「ひッ!」
そして叫ぶ騎士――の頭上で突如、何事も無かった空間がフォワンと開き。
次の瞬間――。
「ドるわぁッ」
――開いた穴から大量の、主に野菜類が落ちてきて下に居た騎士を上から圧し倒した。
*
「濃厚なトマトの甘味と酸味が、ふんわりとした卵の食感とチキンライスを絶妙なバランスでまとめておる! なんという至高の一品っ、完成された味の歴史じゃッ」
目下、以前訪れた喫茶店で昼食のオムライスを食す金髪の美女が自分達以外の客から視線を集めつつ、スプーンを持つ手で小さく握り拳を作り掲げる。
「そ、それはよかったですね……」
ただできればもう少し控えめにはしてほしい。そうでなくても人目を引く容姿だし。
――にしても。
「なんか、女神様って感じがしませんね」
と思ったことを口にして、自分が注文したミックスサンドを一口食べる。
だからと言って、本人って感じは全くないが。
「ハむ? ――なんじゃ、出し抜けに」
別にいきなり質問をした訳ではないが――。
「――なんと言うか、これまで女神様と接していて、どこか人間味がないなって、そう感じることが多々ありました。けど、今日の女神様はなんか普通に人らしいと思います」
「もグ。――もとより、ワレは人ではない。あとソナタに言われとうないわ」
そう言って、対面する二人用の席でモグモグと、美味しそうに聖女の入った女騎士がオムライスを食す。
なんで……。
「……それって、女神様も自分に、不満があるってコトですか?」
すると聞いた相手がフムと声を発し、紙ナプキンの置かれた机の上にスプーンを置く。
「まあ、あると言えばある。じゃが、無いと思い込めば無いモノじゃ」
ム……。
「……どういう、意味ですか?」
「恋は盲目、愛は麻薬と言うじゃろ。好きになってしもたが最後、都合よく考えようとするのが恋愛じゃ。おーコワ」
「……――それをどう答えに結び付ければ……」
「じゃから、都合よく解釈すればよいのじゃ。ソナタの思うが、我がままにのぉ」
ムム。
「それだと相手に嫌われませんか?」
「見せ掛けの愛であれば、そうじゃろうな」
……見せ掛け。
「ヨウジよ。ソナタは真にこの、鬼娘が好きなのかえ?」
軽く開いた両手の平の指先を肩辺りに当て、自身の身体を示す様にして、聖女が言う。
「好きと言うか……、正式に結婚もしましたし。そういう口実はもう済んだのでは……」
「それでも返答を求めるのが女子、であることはソナタも知っておろう?」
ニヤリと相手が笑む。
「……――そうですね」
そうか。――いや、まてよ。それなら――。
「……女神様は、ジャグネスさんの事を全部、知っているんですか?」
「知識、いんや内状も含めた情報として、認識しておるよ」
「――なら、ジャグネスさんにしか答えられない事も、今は分かるってコトですよね?」
そう聞いた途端、質問の意図を理解したからか、ホウと声を出し目を細めて相手が自分を見る。
「教えて欲しいと申すなら、答えてやらんこともないぞ」
ム。
「じゃが当然、平衡にする贄を用意して、貰わんとのぅ」
「……――何が、望みですか……?」
ビシッと聖女の指が店内の壁、そこに貼られたポスターを差す。
「――……チョコレートパフェ、チョモランマ……? ――アレを、頼むんですか?」
と聞く相手がニヒルな笑みを浮かべる。
まぁいいか。――ついでに、珈琲を持ってきてもらおう。
***
床に倒れた、野菜や飴の入った袋などに覆われている騎士の前で膝を曲げて腰を落とし少女は問い掛ける。
「……アンタ、なにやってんの?」
次いで頭部があるであろう辺りの物がガサっと揺れ落ち、ホリが顔を出す。
「いったいナニが起きたのですか……?」
そう目の前に居る少女を見上げて問う騎士の視界に、縮れた前髪で落ちずに残っていた鰯がぶら下がる。
「ぶわッ魚臭いっ」
それを見てプッと吹き出す少女の、天使の輪が見えるほどに整った黒髪を上からコンと叩き跳ねて床に――飴玉が落ちる。
「ん。なに?」
直ぐに上を向く、その顔に降り注ぐ飴。
「ちょっ――」
――やりようなく、飴に打たれ少女がひっくり返る。のを見て――。
「……フ」
――安全な位置へ身を移し、二人を見ていた赤い少女の口角が片方つり上がる。
*
おかわりした二杯目の珈琲を飲み終えたとほぼ同時に、空になったパフェのグラスが細長く美しい手でスーっとテーブルの脇に置かれる。
凄い……。
食べる早さはさることながら、物量的にも驚く。
「それで、質問とはなんじゃ?」
ム。
「……その事なんですけど。先に、いいですか?」
む? と相手が何の経緯かといった顔をする。のを余所に、紙ナプキンの代わりにおしぼりを手に取る。
「ちょっと失礼します」
これはナプキンでは拭いきれない。




