第21話〔そもそも死んでませんよ〕⑥
「ちょ、待っ」
「うるせえ静かにしろッ」
「ぁぐっ」
首に回されていた腕が一層強く絞まり。半ば引き摺られていた体が足を持たれて完全に浮く。
「押し込めッ」
息苦しい状態から解放されると今度は縦に体が揺れて硬いクッションの様な物に乗せられる。
――……車? もしかして、これって。
「高橋の兄貴、女がっ」
「バカヤロウ名前で呼ぶなってアレほど――うあッ出せ出せっ早く出せっバカッ」
アダだダダ。
ぎゅうぎゅうと奥に押し込まれる体が急発進する勢いで揉みくちゃになって振り回される。
むりむリムリィ、イ、イタイダダ、ヤ、ヤメ、ヤメテェーッ。
「――に――て――つ」
そして聞き覚えのある声が騒がしい周りの音に交ざって、離れていく。
***
「ヨウをどこに連れて行くつもりですかっ」
あと一歩が及ばず伸ばした手の先へと走り去る車を睨み、駆け付けたアリエルは思う。
いつもの靴なら、と。しかし次の瞬間には騎士として積んだ経験が自然と体を動かし、持っていた通信石を取り出す。
「預言者様っ」
その呼び掛けに応じ、直ぐに石が反応を示す。
『随分と慌てた声ですね?』
「ハ、ハイっ。ヨウが、今しがた何者かにさらわれてしまい。駆けつけはしたのですが、あと少しのところで、逃げられてしまいました……」
『なんと。それで――』
交信する相手の声が雑音混じりに途絶え、次いで別の声が石から発せられる。
『いまの話、マジ?』
「きゅ救世主様っ」
『そういうのはいいから、さっさと答えて』
「ハ、ハイ。すこし形は違いますが、救世主様に乗せていただいた乗り物と同じモノに乗せられ、ヨウが連れ去られてしまいました」
『アンタ、そばにいたんでしょ? なにしてたのよ』
「わ私は、その……」
『も、いいわ。それより、どうするか考えましょ』
「……――後を追う事は、できないのでしょうか?」
『どっちへ行ったのかも分からないのに、どうやって追いかけるのよ』
「そ、それは……」
『――それでしたら、洋治さまの指輪には現在地を示す機能が付いております』
『ん。ああ、そういえばそんなコト言ってたわね。それで、追跡とかできんの?』
『――こちらの、測位石を持って行ってください。洋治さまが持つ指輪との距離や方角を見て、私が誘導いたします』
『ん、分かった。――じゃ、すぐにそっちへ向かうわ』
「あっあの救世主様っ」
『なに?』
「お借りした靴は少々動きづらいので……。部屋に置いて来てしまった私の靴を、持って来てはいただけませんでしょうか……」
『ん。ああ、はいはい靴ね。だけで、いいの?』
「はい、お願いしますっ」
『ん、分かった』
『――ではアリエル、通信は一旦切りますよ』
「はい分かりました」
『――……よいですか、貴方はメェイデン王国の騎士団長です。冷静な判断さえできれば、野盗などに遅れを取る事は、決してありません』
「はいっ。今一度、気を引き締めて、事に当たります」
『宜しい。ではのちほど』
交信が終わり。周囲に誰も居ないのを確認したのち、アリエルは大きく息を吸い込む。その途中、ある記憶が蘇り、口元を手で押さえる。
「――うっ」
*
高速道路を走行するワンボックスカーと思われる車内から窓の外を眺めながら、思う。
気づかないなぁ……。
場の空気も自分をさらった事で沸いていて、なかなか言い出せない。
「高速に乗ってしまえばこっちのものですね、高橋の兄貴っ」
「おうよ。それに目的地に着いちまえばあの鬼みたいな女も手は出せねぇからな。あとは兄貴が来るまで、待つだけだ」
ム。ここらで――。
「――目的地って、どこへ向かってるんですか?」
「おう、うちの会社が所有する倉庫だ」
「どんな倉庫ですか?」
「普段は使ってねぇが、人を隠すには丁度いい……――あん?」
車内で最も体格のいい男が、自分を見る。
お、ようやく。
「オマエ、いつのまに乗ってた?」
エエ。
「いや、あの、無理やり乗せられて……」
「なんだ新人か。誰だぁ、新人乗せたのは?」
体格のいい男の質問に応じ、先ずは後部座席に座っていた二人の男が自分の顔を見る。が、それぞれ首を振って返す。次いで助手席の男がこっちを見る、と。
「アニキっ、そいつイマ拉致してきた人質ですッ。顔に被せてあった袋が取れてんですよっ」
何故かホッとした。
***
助手席で前方をじっと見る異世界から来た私服の女騎士を運転席からちらりと見、救世主と呼ばれる少女、花子は心配になって声を掛ける。
「酔ってない? 大丈夫?」
「はい、いまのところは良好です」
「そ。――で、高速に乗っちゃったけど、あってんでしょうね?」
その問い掛けに対する返答が、運転席と助手席の間にあるドリンクホルダーに置かれた通信石を通し、相手から返る。
『今のところ問題はありません。しかし、このままでは追い付きそうにもありませんねェ』
「要するに、もっと、速度を出せってコトね」
『可能であれば望ましいですが、危険を冒す必要まではありません。今のままでも十分に追跡は出来ておりますので』
「大丈夫よ。理由は分かんないけど、日曜のわりに空いてるし。ま、昼時だからかもね」
言って、通常よりも席を前にスライドさせなければ届かない少女の小さな足がアクセルペダルを強く踏む、準備をする。
「国産最速と言われるGTの本領発揮ね。さっきまでは一般道だったから踏み込めなかったけど、ここは高速だし、免停覚悟で遠慮なく、ぶっ飛ばすわよ」
聞き慣れない単語の多さから要点をつかむ事は出来なかったが、指輪に付いた石の効果で、乗っている物の速度が上がるという感覚に似た情景がぼんやりと女騎士の脳裏に浮かぶ。
「ちゃんと、シートベルト、つけてるわよね?」
「はい、この帯なら救世主様の言われた通りにしております」
「オッケー。じゃ、死んだらゴメンね」
「へ?」
「よいショ」
と踏み込む少女の足が、名高いエンジンを本格的に始動させる。
「ひ――ーー――ーーッッッ」
騎士の声にならない悲鳴を圧し潰し、二人の乗る車はぐんぐんと速度を増していった。
*
荒縄を使って、後ろ手に縛られる作業が終了し。
「痛かったら言えよ」
「はい」
「いいか、暴れたり逃げ出したりしなけりゃ危害は加えねぇから。大人しく言うこと聞けよ」
「分かりました」
「よし」
で他は自由なまま、縛る作業が完全に終了する。
そして一息つく感じで隣に座り直す体格のいい男は、着ている服こそタンクトップではないが、如何にも鍛えてますと言わんばかりの筋肉質。ただ、頭には包帯が巻かれており。更には車内に居る大半と共通する、治療をした跡もあった。
「腹減りましたね、高橋の兄貴」
「俺も腹減ったあ」
後部座席に居る二人の男が順番に言う。
「向こうに着くまで我慢しろ。着いたら近くのコンビニか、どっか探して、買い出しに行ってもらうからよ」
「えっ、おれ腹減ってるからムリっす」
「俺はめまいが」
「買い出しに行った奴は先にメシ食ってもいいぞ」
「なんだか元気になってきたっすッ」
「俺も急に意識がハッキリと」
「ったく。調子がいいな、オマエらは」
なんか和むなぁ。
「――ヤス。あと、どれくらいだ?」
応じて振り返る、助手席に座っている痩せ型で顔の細い男。
「二十分くらいですね」
「そうか。――運転イケるか? つらかったら言えよ、あきひろ」
「はい。僕は怪我とかもしてないんで、ぜんぜん大丈夫です」
「おう頼もしいな。でも、ムリはすんなよ」
「はいっ」
……――自分は何故、この人達に誘拐されてるのだろうか。
「あの。俺って今、誘拐されてるんですよね……?」
「ん? ――なあ、ヤス。オレらは今、誘拐してることになるのか?」
「まァ連れ去ってから人質として扱うなら、誘拐ですね」
「そうか。――よし、誘拐だ」
「……ええと、目的は……?」
「目的? そりゃあれだ。――ヤス」
「んっと。鈴木が、非人道的な、なめたまねをしたから、その報復です」
「おう。――そういうことだ。分かったか?」
「非人道的って……、そんな酷い事を……?」
「そうだ。この頭の包帯を見ろ、他の奴のも、全部、鈴木と一緒に居た鬼みたいな女が物騒なもん振り回してつけた傷だ。いいか、嘘じゃないぞ。本当に、怪我してるんだ」
言って、血の滲んだ頭の包帯を体格のいい男が見せる。
ムム。
「おかげで兄貴は大ケガして大変なんだぞっ」
「顔面すげーコトになってんだからなッ」
と、後部座席に居る二人の男が順番に言う。
「兄貴……?」
「――兄貴は、うちの会社の社長だ」
体格のいい男が誇らしげに言う。
「その人は今?」
「治療中だ。終わったら来る。だからそれまで絶対に大人しくしてろよ」
「来たら、帰してもらえるんですか?」
「兄貴しだいだ」
「なるほど……」
「心配すんな。兄貴は優しいからよ。礼儀さえわきまえてりゃあ大丈夫だ。乱暴なことはされねぇよ」
拉致してる時点で十分に乱暴なのだが。
「――そうだ、アニキ。いちおう確認だけはしておいたほうが」
「ん? あっそうだな。――よし。オマエ、名前は?」
「洋治です」
「そうか。で、オマエは鈴木の知り合いで間違いないな?」
「顔見知り、という意味でなら……」
「なら、あの物騒な物を持ってた女も……そうか?」
「同じ顔見知りという意味でなら」
「よし。――問題ないか? ヤス」
「そうですね。人質として使えそうなんで、問題なしです」
「――だ、そうだ」
こっちに言われても……。
「人質って、なんの交渉に使われるんですか? 俺」
「分からん」
「え……?」
「そういうのは兄貴が決めることだからな」
ム。
「――要するに、具体的には何も決まってない状態で、俺をさらったってコトですね」
「お、おう。オマエ、頭いいんだな」
「……どうも。ところで、金は――」
――と質問をしようとした途端、急に車体が揺れ、ぐんと車が加速する。
「どっどうした? 危ないだろッあきひろっ」
「あ、あ、あにきっ、――後ろに、車がっ」
「そりゃ他の車が後ろに来ることくらいあるだろ」
「そ、そうじゃなくてっ――……た、たぶん、たぶんですけどっ」
運転席の男があからさまにバックミラーを何度も確認する。
「いいからさっさと言えッ男だろっ」
「ははいっ。う後ろの車に、あにきたちをボコボコにした女が乗ってますッッ!」
「――そうか、ちゃんと言えたじゃ、ねぇ……か?」
そして猛烈な勢いで後部座席の二人がリアウインドウに顔を寄せに行く。
「あ、ああ、あ……た、高橋の兄貴ッ後ろの車に鈴木が乗ってるっすッ」
「あの女も一緒だっ」
「――なッ? なんで追いつかれるんだッ」
体格のいい男が慌てて運転席の方を見る。
「ぼぼ僕は普通に運転してましたよっっ」
「そうですアニキっ、あきひろはちゃんと運転してましたっ」
「じゃあなんで追いつかれるんだッ?」
「――兄貴っ、Rっすッ」
「ア……R? なんだRってっ」
「GTっすよGTィ、メチャクチャ速い車っ。いいなぁあ」
え、鈴木さんて十八。じゃなくて、鈴木なのにR……? イヤそうじゃなくて――、え。




