第69話〔ここのところ駅前で留学をしていたもので〕①
まるであるはずのないモノを見てしまったかの様な表情で口をパクパクとさせ、よろよろと自分に抱き付いていた相手が後ろ向きに預言者の机まで後退する。
ム……?
そして、逸らすのを躊躇うあの眼で、わなわなと前に出した拳と共に身を震わせる。
……ム。
解かれている金色の長い髪。モデルさながらのすらっと伸びた体形と着る衣服までもが全くの同種。まして顔立ちや声すらも完全に同一なので、見間違えるはずもない。
だというのに、再会を喜ぼうとした自分の口から出た言葉は状況に合わないどころか、失礼極まりない――。
「――ぁ。スミマ」
「なんたる男じゃ! ほんの一時の間に――愛を表すると申した女子を忘れよったか!」
自分よりも背の高い相手が後退った場所から荒々しく目の前に戻り、顔をぐいと出して告げる。その言動、主に話し方から――。
「……メ、女神様……?」
――不確かながら、思わず口に出す。
と途端にハッと面を変化させ、彼女に似た相手が顔と身を後ろに引き。
「なぜ、分かったのじゃ?」
面妖な様子で、聞いてくる。
え……。
「……まじですか?」
「ナニがじゃ?」
ということは、今目の前に居る、本人そっくりな――もとい同一の人物は。
「女神様、なんですね……?」
「じゃからナゼ判別したのかと聞いておるじゃろ。――フェッタよ、ヌシかえ?」
共にやって来て、先に入った後、例によって部屋の片隅に控えていた預言者を見て女騎士の姿を模す聖女が、親しみのある声で、問う。
「いいえ、主の企てに水を差すような野暮は断じて」
「フム。――ではナゼじゃ?」
再びこっちを向き、聖女が聞いてくる。と自分から見て部屋の奥に居る預言者も同じ疑問を持ったのか、視線が向けられる。
「いや、その……――なんとなく、そう思っただけで……」
説明しろ、と言われても困る。――というかは、それよりも。
「そんなコトより。女神様はどうして、そんな……」
「ン? おお。ナゼ何にこの様な形をしておるのかと言う質問じゃな?」
「……そうですね」
まずもって他に何を聞く。
「よい質問じゃ。よって、答えてしんぜよう」
いや、良し悪しに関わらず返すべきだと思うのだが。
「マア今日という大事な日と比べれば、大して重大な発表でもないがの」
――にしても、その姿で話されると違和感が付き纏う。
「今日よりワレは、この姿を以てソナタの奥方となったのじゃ。今後も、仲むつまじく暮らそうではないか」
そもそも――ハ、ハイ?
「……え?」
今、なんて。ではなく、内心で言っても仕方ない――。
「――……今なんて?」
そして唐突に祝賀会が如何と預言者に話を振った聖女が、自分を見。
「ヨウジよ、ソナタはどう思うかえ?」
いやいや。
「その話――ではなくて。今のは、どういう意味ですか? その体はジャグネスさんの、ですよね?」
「前はの。今はワレのじゃ。ほれ――ちゃんと見た目だけでなく、肉も再現しておるよ」
そう言って両手で頬を左右に引っ張る聖女が直ぐに指を放し。
「おー痛いのぉ。久しい人の器、その上、この身体は極めて加減が難しいわい」
次いで、痛い痛い。と自身で頬を擦る騎士の力を持て余す相手をいつしか見つめて。
「ジャグネスさんは、どうなるんですか?」
最も気になる事を質問する。
と、相手が自身の胸に手を当て。
「あの者はこれからも、ワレと共に生き続けるのじゃ」
な。
――途端に相手が悪戯した子供の様な顔をし。
「なーんての、冗談じゃよ」
へ。
「……なんの?」
「茶目っ気ちゃめっけ、ユーモアじゃよ」
状況を踏まえて、言ってほしいのだが。
「まア彼の者の行く末は適当な頃合いを見て処理するでな、心配するでない。と言いつつも、これほどの器と釣り合う器物の形成にはちと時間が掛かりそうじゃ」
え、――器物? 形成……?
「……あの、ジャグネスさんは生き返る――と言うか、ちゃんとした姿で戻ってきますよね……?」
こんなはずじゃ、なかった的な仕儀は絶対に回避したい。
「なんじゃ、リクエストがあるのかえ? ある程度の要望にはお応えするがの。さすがに魂と引き合わぬ様な巨体にはでき兼ねるぞぃ」
いやいや、イヤ。
「まーなんなら、記憶から煩わしい悩みを探り当てるなんてのも、一興じゃの」
「――そうではなくて。ジャグネスさんの身体は、ジャグネスさん自身に戻るのかってコトです」
と、完全に無自覚だったが、言い終わった後に気づく。
「……なんじゃ、そんな強張った顔をしよってからに。何が不満なのじゃ?」
ム。
「いや、不満とかではなくて……」
常識的に。――というか。
「その身体は、そもそもジャグネスさんのですから」
「ウム、じゃからこうなったのじゃ。ソナタは以前に言うたであろう。この者が居るからワレのモノにはならんと。これで、万事解決じゃな」
そんなバカな。
「……そういう、意味ではなくて。と言うか、いくら見た目が一緒でも、中身は女神様ですから……」
「ホウ。しからば、先の事は不問じゃな」
ム。
「……先の事?」
「内容が重要だと申すなら、ワレがこの器で在る事に問題はあるまい」
「それは……」
あると思うのだが。――ただ。
「……そう、だとしても。女神様の望み通りにも、なりませんよ?」
そういう積もりなら、相応に対処するだけだ。と内心で身構える。
「まアそれもそうじゃな。――ほな、行くかのぅ」
が、そんな自分の気持ちとは裏腹に、横を通り扉の方へと行く聖女。
へ。
「……行くって、何処に?」
次いで立ち止まり、見覚えのある仕草で振り返る――。
「――なにをやっておる。ソナタも早う来ぬか」
え。
「……何処に?」
「ウム、これより別世界へと赴く。ソナタは案内役として、付いて来るのじゃ」
なっ。
と、反射的に預言者を見る。
そして俯き加減に目を瞑り、否定も肯定もしない様子から――顔の向きを戻し。
「……まじですか?」
「冗談を言う、必要があるかえ?」
それは、そうだが。だとしても――。
「――……なんで、自分が?」
「打って付けであろう」
それは……、――いや。
「それなら、鈴木さんも一緒のほうが……」
助かるし。案内をする上でも頼りになる。
「……――ならぬ。今日という日は、ワレとソナタで行動せねばならんのじゃ」
「どうしてですか……?」
当然の質問をする。と何故か瞼を閉じ、暫くして――彼女の姿をした聖女が身を肩から小刻みに震わせ始める。
ム……? ――寒い?
「寒いんで」
途端にカッと目を開く聖女が瞬時、出現したと思うほどの速さで眼前に移動し――。
「――訳なかろうっ!」
思わずビクッと肩が跳ね上がる。
ぇ、エエ……。
「……なら、何が……」
起きたんだ。
「ムムぅ、分からんのかっ。鈍い、鈍感にもほどがあるわ! 愚か者っ、愚純め!」
――何はさておき、傷付こう。
ではなくて――。
「――急に、何ですか……?」
気の利かない性格なのは認める。が、正直こっちはずっとちんぷんかんぷんで、話についていけてないのを分かってほしい。
「ムぅ! ――もうよいッ。いいからついて参れっ」
そしてすくう様にして取られる手首の筋がビキッと。
「イっイダッ。待っ、待ってくださいっ!」
折れる! 折れる!
「――ヌ? なんじゃ?」
自分の手を持ち、扉の方へ行こうとした聖女が足を止めて振り返り。若干引き摺った状態を軽々と握っている手首ごと引き上げる。
「イダっタタタ、タ――と、とにかくっ、一旦放してくださいっっ」
次いでパッと自由になった上体が本来の重さで落ち、確りと床に足がつく。
イテテ……。――どうやら折れてはいないみたいだ。
と手首を擦りつつ相手を見る。
すると何故か不安げな表情をして、口を開き――。
「――ヨウジよ。ソナタは、デートというものをした事があるのかえ?」
ハ、ハイ……?




