第67話〔それは手厚くしといてください〕⑩
なんというか、ここのところ何もかもが急である。
「おや。――ありがちな破局現場でしょうか?」
城の中へと去って行った少女と擦れ違う形で現れた白いローブを着る預言者、が行ってしまった相手と自分を交互に見、茶化す様に言う。
とりあえず、次の流れは決まった感じかな。
「追わずにおいて、よかったのですか?」
手摺の側に立っている自分の隣に来た預言者が、真っ先にそう聞いてくる。
「……――大丈夫だと、思います」
そういう事情でもないし。
「しかしながら、沈んだ趣に見えましたが?」
「……そうですね。きっと、自分の所為だと思います」
「きっと? ――ナゼ、そのような不確かな感傷となるのでしょうか?」
それは――……。
「……苦手なんです。昔から」
「と、言いますと?」
ふム。
――たまにはいいか。と再び、今度は一括りにした髪を肩から垂らしている相手の方を見て、口にする。
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ぼろぼろと落ちていく涙。しかしその瞳は真っ直ぐに自分を見詰めて、拭う事をよしとしない態度で手も差し伸べられない。
「……鈴木さん?」
「気にしないで。急に、花粉症になっただけよ」
零れ落ちるものはそのまま、いつも通りの凛とした物腰で少女が告げる。
そんなバカな……。
「――カン違い、されたくないから、先に言うけど。悲しくて泣いてるんじゃないわよ」
……ふム。
「なら何故――」
「腹が立ったからよ」
――ですよね。と、言わずとも読み取られる単純な思考に従順する。
けど――。
「――俺、失礼な事を言ってしまいましたか?」
「だったとしても、水内さんはなにも悪くないわよ。全部わたしの、勝手な被害妄想よ」
泣かれている身としては納得し兼ねるのだが。
ただ勢いは大分おさまってきた。
「被害妄想……?」
なんとも不釣り合いな言葉――でも、ないか。
一瞬、身近な騎士が頭をよぎる。
「……――笑いたければ、笑ってくれてもいいけど。――わたしね、ずっと人形になりたかったのよ」
ム、またなんの冗談だ。――なので。
「すでに大半は、適ってると思いますよ?」
相応に受けて答えてみる。
「そ、ね。でも、中身まではどうにもならなかったわ」
それは……。
「まぁ、そうですね……」
完全な人形になれる訳もないし。
「だからわたし、なりたかったのよ。水内さんみたいな、理想の人形に、ね」
「……ヒトガタって」
歴とした人間なのだが。――ただ漸く、何を言いたいのかが分かった――気がする。
「つまり鈴木さんは、俺が感情の薄い人間だと言いたいんですね?」
「早い話が、そうね」
全然早くはないのだが。結構引っ張ってきましたよ。と、辿り着いたお題目を定める。
「正直、自分がどういう人間かは主観で決定付ける内容ではないと思ってます。なんで、どう思うかは鈴木さんの自由ですし、言ってくれるなら直す努力もしたいとは思います。けど――」
その先を、言うべきなのか、躊躇う。
「……けど?」
ただどのみち、変えられない事実がある。
「――……自分は、そもそもロクでもない人間です。から、期待されても応えれるかは微妙なところです」
そして言い切った後に流れる無言の静けさ。
次いで落ちるものが無くなって、いつも通りになった少女で――。
「どういうコト……?」
――珍しく、ピンと来ない表情で聞いてくる。
この際という気持ちで語り終え、自分としては引き離す積もりだった。が――。
「オッケー、分かったわ」
――何故か相手の反応は自分が想像していたものとは全く違っていた。
「……分かった?」
「そ。――てワケだから、今日のところは、部屋に戻って策戦でも練り直すわ」
さ、策戦……?
「……一体なんの話を」
「じゃ、またね」
ぇ? あ、ちょ。
小さな手を軽く上げて言い。直ぐに背を向け、小走りで少女が去って行く。
すると擦れ違う形で。
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「て訳なんで、腫らした感じはあったかもしれませんが、話した内容的にも後を追うほどの事ではないと思います」
そして、なるほど。と、山の方を見たまま頷く預言者――が顔を自分の方へと向ける。
「洋治さまの罪作りは、真に天地がありませんねェ」
和やかに、白のローブを着た相手が顔を傾け告げる。
「……なんの話ですか、急に」
「いえいえ、突然の申し上げではございませんよ? 以前からの、度重なる事実を口述したまで、です」
一難去ってまた一難、もとい一段。――なんか変な雑誌でも流行っているのだろうか。
「最近は、その手の物が出回っているんですか?」
「はて。どこの手のモノでしょうか?」
明らか揶揄う様子で、預言者が聞き返してくる。
その表情は女性らしい妖艶な可愛げがあり、不意に初めて会った時の事を思い出す。
と。――何か? と、反応できていなかった自分に相手が声を掛けてくる。
そして、ああそういうコトか。と先刻指摘された内情に気付いた。
――ので、聞く恥ずかしさを軽減する為に相手から視線を逸らし、山の方を向く。
そうして――。
「預言者様から見て、俺はどんなふうに見えますか?」
――心にもない事を口にする。
「おや……。洋治さまで、お間違いございませんか?」
へ。
「……なんですか、急に……」
予想だにしない新手の確認に、思わず逸らしたばかりの目を戻し、予期せぬ表情をした相手と顔を合わす。
と何故か自分よりも驚いている感じで、預言者が静かに口を開き。
「いえ……。洋治さまには――不似合いな台詞でしたので、些か途惑いが」
言いたい事は分かるが、この際相性のことは差し控える方向で聞いていただきたい。が。
「……――やっぱり止めて」
「いいえ大変興味がございます、是が非でも続けましょう」
やけに食い気味だな。
「――……けど」
「私は洋治さまのお人柄を殊の外、貴重としております」
本人を置き去りにして始まってしまった――。
「――……貴重?」
「ええ、通常では得がたい在り方です。如何にして至ったのか、深識をもって興を静めたいところではあります、が」
あからさまな催促が、艶めかしく自分を見据える。
ムム……。
「……聞いたところで、ガッカリするだけですよ?」
「おや、今日は随分と素直なのですねェ」
もとより素朴に生きてますけどね。
「今後は同程度に、私のお誘いを受けていただければ申し分ないのですが」
流し目を送る様にちらりと――。
――勿論、乗りませんけどネ。
※
父は言った。
――期待しなければよかった。と。
そうして両親が自分を見る事は無くなった。
その経過、身の置き場も失くし早々に実家を出て、数年――。
二人は妹と共に事故で亡くなり。
――跡形の無い、空の両親となって、再会する。
現在になって、思う。
あの時の自分は、目の前で起きていた出来事をどれだけ許容できていたのか。――と。




