第66話〔それは手厚くしといてください〕⑨
「ぇ……?」
――ム。
「すみません。話を、急に運び過ぎました」
順を追って話すべきだった。――けど。
「鈴木さんに、と言うか――前に話したコトなかったですか?」
「な、ないわよ……」
そうか。なら――。
「第一水内さんは、自分のコトを話す気なんて、更々ないでしょ?」
――ム。
「そんなコト、ないですけど……」
基本、聞かれれば答える積もりだ。
「そ? わたし、水内さんは関心がないと思ってるわよ。自分も含めてね」
「……――またエラい直球ですね」
「でも、心の無い人間じゃないコトも知ってるわよ。て言うか、知った」
ふム。――同意はしない。が、話を合わせるつもりで。
「どうして、そう思うんですか?」
「だって水内さん、生きるコトに余興味ないでしょ?」
いや――。
「――それは、さすがに」
思ってる訳ない。
「じゃ、生きたいの?」
と山がある町の方から流れてきた風で、向かい合う少女の長い黒髪が小さくなびく。
「……生きたい? そんなの――」
――考えたこともない。けど、それは。
「皆、そう思って」
「る、ワケじゃないわよ」
ム……。
「なら、どう思って生きてるんですか?」
「さ。――人それぞれじゃないの?」
長い髪をサっと肩の後ろに払い、少女が述べる。
それだと、何を主張したいのかが分からなく――。
「だけど。少なくとも水内さんには、生きる上での望みなんて無いでしょ?」
――な、ぬ。――いやいや。
「さすがに、それはありますけど……」
「ん、例えば?」
「例えば――」
……ム? あれ。
「――……そう聞かれると、ムズカシイですね」
「でしょ」
無い訳ではない。が、在り方を――自己を主張する最適な理由が確認できない。
「けど……、生きる事そのものが目的では――駄目なんですか?」
「べつにイイと思うわよ。でも水内さんは、そうじゃないでしょ?」
ぇ。
「どうしてですか……?」
「生きるのが希望なら、なんで他人を助けるの?」
「それは……、――結果的に自分の為にもなるからじゃないですか?」
「だったら。命を懸ける必要なくない? 生きてナンボの人生よ」
ふム――。
「――なら、鈴木さんは、どうして生きてるんですか?」
「ん? ああ。死に場所を探すためよ」
ヤダ、かっこいい。――ではなくて。
「生きる目的が、死ぬ為なんですか……?」
「わたしの場合はね」
「……――失礼を承知の上で。――それって、意味のある事なんですか?」
「ないわね。完全に、わたしの独り善がりだもの」
ふム……。
らしいと言えばらしい言動に、なんとなく納得はする。
と、次いで自分の名を呼ぶ相手にハイと返し――用が何かを聞く。
「水内さんは、わたしのコトを見て、どう思うの?」
ム。
「どう――と言うのは?」
「見た目の話よ。わたしって、最近どう?」
どう……。と、相手の容姿に注目する。
とにもかくにも際立った装い、もとい見栄えは会った当初から人形の様に隙のない綺麗な顔立ちと相まって美術的価値のある工芸品みたいに近寄り難く、人と言うよりは近しい存在と話をしている気さえ起きてしまう。
ただこのところ、黒を基調とした華美な洋服は着ておらず、大人しい――といっても慎ましいほどではないが、落ち着いた軽装などが多い。
しかし“最近”と言うからには、そういった印象とは別に何か変わりばえのした所があるに違いない。と、探しているものの――見当たらない。
ムム……――。
「――スミマセン。俺には分からないです……」
「分からない? どういうコト?」
今にも首を傾げそうな、そんな不思議がる様子で、見た目の確認を終えた自分と改めて見合う少女が聞いてくる。
「……鈴木さんに、変わった所がないかを見てみたんですけど。全く分かりませんでした。スミマセン……」
いっそのこと、前髪を微妙に切った的な告知を期待する。
が、そんな開き直った気持ちとは裏腹に、しばし目を瞬かせていた少女が突如――声を出して笑い出す。
――へ?
その見た目はこれまでに見た、どの少女よりも豪快で――且つ繊細に声を発して小さな肩を揺らし、楽しそうにする。
だからか――理由は分からずとも、不快なく魅入ってしまう。
「水内さんてホント、いろいろとブッこんでくるわね」
若干楽し気な尾は引いているものの笑いがおさまった後、小さく腹を抱えたまま、少女がそう述べる。
「……――なにがですか?」
「ん、とね。わたしが想像する水内さんてのは、もっと殺伐としてて、人間味が無いのよ。だから、そんな普通のコト言われたら、笑っちゃうでしょ?」
いやいや。
「いつ――と言うか、そんな設定、最初からありませんよ……」
どちらかといえば、穏やかでないのはそっちだと思うのだが。
「――わたしのは、教育よ。粗暴なコトじゃないわ」
いつもの事ながら、何故に分かる。
「……まぁその、今後の認識を改めてもらえれば、それで」
何故そう思ったのかはこの際、聞かないでおこう。
「ん、なんで改めるの?」
ぇ――。
「――だって、ただの勘違い」
「でも、ないでしょ?」
なして。
「……――水内さんが見てる世界って、どんな感じ?」
どんな……。
「鈴木さん達と、同じモノを見てます」
というか、普通はそうだ。
が、何やら不満げに腕を組む少女――。
「やっぱりね。気づいてないのね」
――心境をあらわに、そう告げる。
ム……。
「……どういうコトですか?」
これまでにも何度か感情を表面に出したところを見た事はあった。が今ほど露骨に表現されているのは珍しい、もとい初めてだ。と、相手の様子に注意しながら尋ねる。
すると今の機嫌を押し殺す、そんな在り方で――少女が自分を見る。
「水内さんは、自分の顔を見たことある?」
「……もちろん、あります」
「なら、ヒトって嬉しい時はどんな顔をするの?」
ム。
「それは――笑うんじゃないですか?」
「そ、ね。じゃ、今のわたしって、どんな顔してる?」
ム……――。
「――鈴木さんは、……怒ってますか?」
「そ。少しだけどね」
それで少しなのか。
「じゃ。水内さんは今、どんな顔をしてるの?」
ム?
「どんな……――って、今はちょっと分かりません……」
たぶん普通だけど。
「分からない? それって、なんともない。ってコトでしょ?」
口調は上品に、それでいて声色は妖しく――。
「なんで、なんともないのよ」
――その眼は震えるほどに。
「騎士さまが死んだのよ?」
自分を見詰めて、少女が言葉にする。
「水内さんは、悲しくはないの?」
それは半ば当然のように。
「勿論、悲しいですよ」
「……だったら。なんで悲しそうにもしないの?」
そんなのは言うまでもなく。
「しても、仕方がないからです」
それよりも――。
「どうやったら、そんな平凡に、生きられるのよ……」
非難とは違い。まるで教えを乞う様に。
――どうして鈴木さんが泣くんだ。




