第62話〔それは手厚くしといてください〕⑤
「ナゼ、ワタシではダメなのですか?」
かなり真面目な顔をして際立った髪の騎士が、そう口にする。
「ダメと言うか……、急に――どうしたんですか?」
正直あまりにも唐突。
「急にではないです。結構前から、そう思っていました」
「思ってたって……」
「それに昨日は直接、ヨウジどのにも言いましたよ?」
ム、それは……――。
「――それは好感、印象の話で……」
「違います。好意的な話です」
似たようなものだと思うが。
「だとしても、自分にはジャグネスさんが居ます。ので……」
「分かってます。今のワタシは早々に死にたいとは思ってません。ので、玄関に」
いやイやイヤ。
「どういう妥協ですか……」
玄関を開ける度に人が倒れていたら、来客が全員目撃者になってしまう。
「……そもそも、そこまでして、なんになるんですか?」
「好きな人の近くに居られるなら、ワタシは満足です」
足下に居られる、こっちの身にもなってほしいのだが。
「言い分は分かりますが……。どのみち、それはムリな話です」
無下にしたくはないけれど。
「ナゼ、そこまで拘るのですか?」
ム――。
「――……こだわる?」
「ヨウジどのがアリエル騎士団長を大事にしているのは分かっています。でも、ヨウジどののコトが好きな人たちの気持ちは、ないがしろですか?」
「それは……、――軽んじている訳ではないです。第一今は、そんな話をしたいと思う場合では……」
「ハイ。でもワタシにとっては――今しかありません」
「……今しかない? どうしてですか?」
「アリエル騎士団長の手前、発言しづらかったです」
ぇ、けど……。
と昨日の記憶が喉まで出掛かる。
「だから前日のは、ワタシとしては決死の覚悟で挑みました……」
ぇ、そうだったの。――周りには何一つその決意が伝わってなかったのだが。
「……――決死って、いくらなんでも本気で、そんな……」
「そう、――みたいでした」
素っと自分達の間に目を落として、どこか寂し気な様子で相手が呟くように言う。
「……みたいでした?」
「ハイ。ワタシはこれまで、ずっと叶わなくてもイイと思っていました。もとよりアリエル騎士団長に敵うワケもないですし。でも、前日の告白で分かったんです……」
そう言って、続きを言い難そうに口をまごつかせる。ので――。
「――何が、分かったんですか?」
「……――騎士団長にとってワタシは、ヨウジどのを狙う敵にも視られていなかったって事実にです」
え。
「……そうですか?」
俺が言うのも何だけど。そういう意味では、それなりに敵視していた気もするが。
「ワタシも、前日まではそう思っていました。でも――分かってしまったのですよ、ワタシはっ」
グッと拳をつくり、声を震わして丸まった髪の騎士が小さく口調を荒げ言う。――ので。
「……――何を、ですか……?」
「アリエル騎士団長の本心を、です」
「……ジャ、――本心……?」
「ハイ。ワタシはずっと、――カン違いをしていました」
勘違い……。――というか、溜めずに答えを言ってほしいのだが。
「ええと、結論としましては……?」
「ハイ、ワタシは今後――遠慮なく死地におもむく決断をしました」
――はい?
「……――それは、どういう……?」
「ワタシとて人間の女です! ムダに散りたくはありませんっ!」
何故か突として荒ぶる相手の様子に、思わずキョトンとなる。
……ぇ、ええと。――ナニ?
「ですんで――ヨウジどの」
「ハ、はい……?」
次いで相手が直立不動になった後、垂直に深々と――頭を下げる。
へ?
「よろしくお願いします」
何をでしょうか。
「――それではワタシは、お先に失礼します」
え。
「いや、ちょっと」
と言ってる間に、相手は来た道へ足早に――が急に立ち止まって、振り返る。
ム。
「ヨウジどの、ワタシ今日はこのまま早退します。いいですか?」
よくはない。けど――。
「……分かりました」
「ありがとうございますっ。それでは、また明日からっ」
そう言って、立ち止まっていた騎士が駆け足でテラスを去って行く。
――ぶっちゃけ、居ても居なくても“通常業務”には差し支えがない。
そして自分もテラスを出て、部屋への帰りしな――現状の心持ち的にあまり会いたくなかった医者と城の廊下で出くわす。
なんで居るんだ。
曲がり角で出会った相手を見ながら、真っ先にそれを思う。と自分の気持ちとは裏腹に爽やかな笑みを見せて。
「やぁ、元気だったかい?」
「マ、まぁそれなりに……」
マズい。――なんか変に緊張する。
などの理由で、自分からしても明らかにオカシナ挙動っぷりで若干相手から目を逸らす。
「……キミは、相も変わらず、分かり易いね」
ですよね。
「――……スミマセン」
「ウン。わたしは別にいいのだけどね」
言いつつ医者が窓際に歩いて行き、外を向いたまま、足を止める。
「今日も良い天気だ。と言っても、こっちは殆ど良好だが」
そして窓から差し込む光を背に自分の方へと振り向く医者が再び笑顔を見せて。
「どんな感想だい?」
……――この人もまた唐突だな。けど――意味は分かる。
「単純に……複雑です。まぁ、クーアさんの方が“もっと”だとは思いますけど」
しかしそんな心配とは裏腹にけろりと綻ぶ表情は、そのまま。
「わたしの心はキミと久しぶりに逢った日から平然としているよ? なにせ、二百年くらい前の話だからね。今では他人事の様なものさ。心配ご無用」
「それは……転生した事にも、関係が……?」
途端に医者の顔つきが真摯的な表情に変わる。
「かもしれない。ただ、性別が変化した事よりも歳月を経て摩耗した感情が一番の原因だろう。でなければ、わたしはキミと出逢った瞬間に跳び付いていただろうからね」
それは困る。……困る。
「そう、困る。お互いにね」
思わずエと声が出る――自分を見て、潔い笑みを見せる医者。
「ああ、スマナイ。前々から分かり易くて、つい、ね」
ム……。
「そういうのは、憶えているんですか?」
「ウン。具体的に言うと、わたしは転生したのではなく、肉体を変化させられた上で状態を保持されている状況なんだ。だから、疎らになってしまったとはいえ、過去の記憶は自身が体験した事として今も確かに残っている」
だったら尚の事――。
「――複雑な気持ちには、ならないんですか……?」
「……――あれから二百年、死ぬ事を赦されぬままに過ごした現状のわたしは、一般的な精神とは違う。今では過去の彼女は、現状の自分とは心底で区別され、一つの思い出としてのみ機能している。それ以上でもそれ以下でもなく、戻る事のない、追憶の記憶だ」
こういう、それっぽい口調の時は“正に”な感じなんだけど。
「それとも洋治くんは、そっち系もいける口かな?」
清々しい表情となり、救世主が称する胡散臭い医者が顔を出す。
……ふぅ。
「冗談はさておき、クーアさんに何事も影響がなければ、自分はそれで構いません」
前世の記憶が無い以上は正直に、思った事を口にする。
とこれまでとは少し違う、何か思い当たる節でもあったような綻びを見せて笑う医者が微かに頬を動かし――。
「――そうか。キミは、本当に変わらないな。記憶が無いとはいえ、ある意味で変わってしまったのは、わたし達の方かもしれない」
ム?
「……わたし達?」
「ウン? ああ。気にしないでくれ、ただの独り言だよ。現状に関係のない話だ。――それよりも、これからどうする積もりだい?」
「これから……?」
「ウン、話は大方フェッタ様から聞いた」
ああ。――なるほど。
「今のところは」
と言い掛けた矢先にピピピピッっと聞き覚えのあるような無いようなデジタルっぽい音のアラームが辺りに響き渡る。
え、なんで。
異世界においては聞くことのなかった音質に思わず戸惑う。するとダンディー感が漂うブラウンのジャケット、その袖を引く医者が――出てきた数字によって表示される腕の時計を見。
「おっと、もうこんな時間だ。今日は息子に例の訓練をさせる日でね。そろそろ急がねばならない。悪いね」
「……――それは構いません、けど……その時計は?」
「ウン? ああ、実は今日はフェッタ様にお願いしていた物を受け取りに来てね。分かり易く言えば、息子に贈る品だよ」
なるほど……。
「と言うコトは、クーアさんが付ける訳ではないと?」
「ウン、そうだね。何故だい?」
――だって全然、似合ってないし。




