第57話〔差し当たって これは事故なのだろうか?〕⑱
不意に撃たれた矢を防ぎ、剣を構える女騎士と自分の前にぞろぞろと家屋などの物陰から現れるコボルト達。その腕に――。
――……腕章がない。
更には茶色の毛に交ざり白い毛の獣が草原側、自分達の側面からも数匹、手に弓銃を持ち出てくる。
――いつの間に。
見晴らしのいい、平原で。
何故……、ん?
突として違和感。が直ぐに、確かな感覚となる。
……――あんな所に、岩なんてなかった。それに木も、背の高い草も。
基本的な地形は草原のまま、しかし明らかにさっきまでと周囲に存在する形態が違う。
どうなって。
「ヨウ、絶対に私から、離れないでください」
ム。
「――分かりました」
次いで前に立つ女騎士が剣を両手で持ち、切っ先を低く下げて構え直す。
飛んでくる矢、加えて石などの小さな投てき物や先の尖った棒状の木。そして四方八方、飛来するそれらを的確に叩き落とす巧みな剣さばきは、立場を忘れて、見入ってしまう。
――っと。
小物を弾き飛んできた矢を斬って落とす女騎士の立ち位置に合わせ、僅かに後ずさる。
そして、村の方を見。
……確実に離れてるな。
次いで、後ろに目を向ける。
一定の距離を保ってるし……。――これはどう考えても、予定された動きだ。
円を描いて自分達を囲み、反撃してこれないように一定の間隔で攻撃をし続ける。そんな事は一朝一夕で、付け加えて広い場所でもない限り、出来ない。
けど、誰がなんの為に……。
途端にキンッと音を立てて落とされる矢が近くの地面に先端部分だけで突き刺さる。
と更に――前に居たはずの女騎士が後方を見ていた自分の視界に現れ、飛んできた小物や棒を一振りで全て無力化する。
おぉ、凄い。――て、そんな事に驚いてる場合じゃない。先ずは、確かめないと。
そう思い。体の向きを変えて、相手の背中越しに名を呼ぶ。
「――はい、何でしょう?」
飛んできた物を剣で打って返し、前を向いたまま相手が応答する。
おぉ凄い、当たった。――ではなくて。
「大丈夫そう……ですか?」
「はい。安全を期して、時間を掛けていますが――直に、こちらが優勢になります」
優勢――そもそも戦力が増える訳ではないのだから、今、劣勢な理由は一つ。
「……スミマセン。正直、足手まといですよね」
「わっ私はその様な事を――言いたい訳ではっ」
言いつつ、女騎士が打ち返す物で一匹のコボルトが仰向けにひっくり返り動かなくなる。
おぉ……――。
「――分かってはいるんですけど。この状況だと……」
言いたくもなる。
いくら飛び道具を持って、円に取り囲もうと、そもそもの実力が違う以上は優位性に関わる事態にすら、ならない。
だから現状、そうなっているのは間違いなく、御荷物が居るからに他ならない。
「と、ともあれっ――ヨウは私の後ろに、――直ぐ、方を付けます」
そう言うそばから二匹のコボルトがキャンッと声を上げて転がり、うつ伏せに横たわる。
すると何故かピタリと一瞬、女騎士の動きが止まる。
ム?
「――……ジャグネスさん?」
次いで女騎士の顔がゆっくりと自分の方へ向く。
「どうやら、予想よりも早くに、始末が付く様です」
「様……?」
と疑問を口にした途端、自分達から最も離れた場所に居たコボルト達が横から飛来した見慣れた謎の球体によって吹っ飛び――瞬く間に、数を大きく減らす。
おぉ。――今のは。
「よいしょ、トォ」
続いて球体が飛んできた方向を見ようとした矢先、近くでドサっという音がしたので、そっちを見る。と――。
――なんだその髪型は。
「どうしたんですか、その……」
自分の所へ来る道中に居た二匹目を倒し、やって来た騎士の丸まった髪を見て問う。
「え、――なにですか?」
「……いや、ええと……」
追求していい内容なんだろうか。
「――……どうして、ここに?」
「いやぁ、ワタシはエリアル導師の指示に従って来たので」
何故か照れを隠すように後頭部を触る相手が、持っている物の刃で膨らんだ毛を削ぐのではないかと一瞬、ヒヤっとする。
「そ、そうですか……」
「ちなみに、さっきまでエリアル導師はワタシの背中に居たのですが、着く直前に降りられました。きっと、ヨウジどのに見られるのが恥ずかしくてタイッッ!」
ブクォンッ――っと広がりのある音と共に、目の前に居た相手が飛んできた球体を頭部に食らい、勢いよく横倒しになる。
差し当たって、これは事故なのだろうか?
「お待たせしました」
待たされた。と思う様な立場や、時間さえも経過していないが、申し訳なさそうに加勢の魔導少女と戻ってきた女騎士が剣を腰に掛けつつ、そう告げる。
「いえ、待ったとかそんな。――ケガとか、してませんか?」
聞く事すらおこがましいとは思うが、念のため。
「はい、それは全く。ですが……」
言い難そうに女騎士が口ごもる。
「何か、あったんですか?」
「重大な事ではないのですが……」
――にしては神妙な面持ちをする相手の様子に、内心で首を傾げる。
ふム。
「特に必要がないのなら、無理に言わなくても」
「そっそれは、出来ませんっ」
なして。
「けど……」
「私達の間に隠し事は、決して――よくはありませんっ」
「わ……わかりました。なら――どうぞ」
「は、はい。えっと、えっとですね。その、実は……その」
ふム。と、なかなか言い出せない様子から、声を掛けるか悩む。
すると近くに居た騎士が頭をふぁさっと揺らしながら自分の肩に手を置き、真面目な表情をして。
「ヨウジどの、女性が話をしている時は黙って聞いてあげるものですよ」
あかん、笑いそう。
***
「まったくもって不甲斐ないのぅ」
草っ原に転がった幾匹ものコボルトとその惨敗を目の当たりにし、肩を落として落胆する聖女が次いで地面に伏している獣を見る。
「残るはソナタだけじゃ。期待しておるぞよ」
「マ、マカセロ……」
「ウム。ならばそんな物陰に隠れておらず、狙いを付け易い場所まで早う赴くのじゃ」
「……イマ、イク――キケン。ミツカル」
「案ずるでない。ソナタの姿は他のモノ同様に、激しく動かぬ限りはワレの力で認識しづらくなっておる。悠然と行くのじゃ」
「……――ワ、ワカタ……」
そして静かに息を呑み。そっと前へ、家屋の陰から踏み出そうと眉間に古傷を持つ獣が足を動かした矢先――。
「――待ちんしゃい」
慌てて出掛かっていた体を引き、身に着けているボロボロのマントで顔を隠す。そんな謎の行動をとる獣に、声を掛けた側は不思議がって布に空いた穴を通し視線を合わせる。
「……ナニを、やっておるのじゃ?」
次いでブンブンと首を横に振り、掴んでいた布から手を放してコボルトが顔を出す。
「ナンデモナイ! ――……ナンダ?」
「フム。いやの、確認しようと思っての」
「カクニン……?」
「ウム。ソナタが撃つべく相手は何じゃ?」
「ニンゲン、キイロ!」
「そうじゃ。黄色の髪をした、鬼娘じゃ」
「キイロ、――フタリイル。ドチダ?」
「派手な色の方じゃ」
「ハデ……、ワカタ。ニンゲン、キイロ、ハデ――ウツ!」
「ウンム。期待しておるぞよ」
そうして草原の見える建物の陰で高らかではあるが、一応バレないように抑え気味の笑い声がホッホッホと上がる。
*
キラリと視界の奥で何かが光る。
【補足】
次話は冒頭が少し先の話になっておりますが、ちゃんと続きの話です。悪しからず。m(_ _)m




