第52話〔差し当たって これは事故なのだろうか?〕⑬
「全員、揃ったわね?」
村からやや離れた木々に隠れた丘の上、偶然見つけた広めの場所に集う老女や獣達の前で少女がそう言って、点呼を取り始める。
しかし……。
「――お嬢ちゃん、今夜の食事はとっても美味しかったわぁ。ありがとぉ」
「ん。まだ昼過ぎよ。寝言は、寝て言いなさい」
……近い。
眼下に見える村との距離を見て、思う。
「ミナウチヨウジさん、ちょっといいかしら」
ム。――声のした方に振り返る。其処に――。
「あ、村長さん。どうかしましたか?」
――他と比べて一段と老齢した女性が曲がった腰で杖をつき、立っていた。
「いえね、あの娘の姿が見えないものだから。――知らないかしら?」
「あのこ……ぁ、――マイラさんのことですか?」
そういえば、確かに。
「あの娘なら、さっき村の方へ走ってったの、見たわよ」
そして振り返る先に居た少女の落ち着きを払った顔をやや動揺しながら見つつ。
「ぇえと、何故……?」
「モチロン、知らないわよ。忘れものとかじゃないの?」
いや、だとしても……――うん。
「ちょっと様子を」
「じゃ、わたしもついて行くわ」
ム。
「なんで……?」
「水内さん一人じゃ、心配だからよ」
「……――ええと」
なんで分かったのか。という意味だったのだが――まぁいいか。
「大丈夫ですよ? ちょっと見てくるだけなので」
「水内さん的には大丈夫でも、生まれ持った宿命は容赦ないのよ。――だから、行くわ」
たしかに不運である事は多々あったが……。――いや、悩んでいても仕方ない。
「分かりました。そのかわり、何があっても、自身を優先してくださいね」
「オッケー、うろ覚えとくわ」
齟齬にする気、満々だな。
そして確信を持てない曖昧な返事にツッコミを入れるか憂慮する。と、くるっと少女が顔の向きを変えて近くの獣達を見る。
「ちょっとアンタ達、適当に二三匹ついて来なさいよ。どうせ、暇でしょ」
暇……。
と、ここまで息を切らすほどの介護をしてきた獣達の疲労を見る。
「……――自分達だけでも、十分では……?」
「ん、そう? なら――わたしから奪った物の在り処を知ってるヤツだけでも来なさい」
物……。
相も変わらぬ奇抜な理念に、思わず苦笑う。と次いで、なかなか動き出そうとしない獣達に檄を入れながら詰め寄る少女の後ろ姿から――何気なく、見えはしない向こうの方へ視界を転じる。
今のところ特に変わった感じもしないな……。けど、急ぐに越したことはない。
そう思い――振り返って、少女の後を追いかける一歩目を踏み出す。
***
『分かりました。では至急対応いたしましょう』
「お、お願いいたしますッ。できればお急ぎで……!」
『……――ええ、もちろんです。言わずとも、神速な動きで急行するのは目に見えております。ゆえに、この通信を速やかに切り、迅速な連絡を入れる順序が重要です』
途端にホリが顔をハッとさせる。
「あわわヤッ――了解ですっ!」
そして慌てて切られる通信石の淡い光りがしぼむようにして消え、音と声を遮断する。
と一仕事を終えて楽になった心持ちから額を腕で拭うホリは、状況を確認しようと、少し離れた場所で地面に描いた陣の上にて魔力を集中させている赤い魔導師を見る。
「……エリアル導師」
次いでホリは思う。
もう少し離れたほうがいいかも? と。
しかし身近な所に隠れる場所などはなく。続いて思い悩んだ末――。
――よし、穴でも掘ろう。と。
自らの剣を出し、自身が退避する穴を掘る事にした。
*
さて、と。
丘を下り、来た時の騒がしい雰囲気から一転して当初の静けさ以上に寂とした村の中を見渡す。そして特に変わった様子はない。
マイラさんはどこだろう。
「で、どこなの? わたしの物わ」
「アチ。イエ、ナカアル」
少女と共に付いて来た獣が少し離れた家を指し、告げる。
「ん。なら、先にそっちね。――てワケだから、水内さんはここで待ってて。すぐ戻ってくるから」
「それは全く構いませんが――取りに行って、どうするんですか……?」
「ま。いざって時の護身用ね。無いよりはマシでしょ?」
「まぁ……」
……トロールに効果あるのだろうか。――そもそも一発しか。
「じゃ、行ってくるわ。ほら、行くわよ」
「ぁ、はい」
そして獣の背を押す様に声を掛ける少女と一匹が、弓銃のあるらしき家へと向かい歩いて行く。のを、しばし眺めたのち――。
――さて。と、前を向く視界に――。
「……なぜ、ここに?」
――探し人が奇異なものを見る様な目で、立っていた。
なんだろう、もしかして嫌われてる……?
なんてことを思いながら――。
「――……ええと。マイラさんを探しに……」
「私を? どうして?」
「え? いや。だって、その……――急に居なくなったので、心配して」
「急に? 私の伝言は?」
「伝言……?」
なんのことだ。
「――というか、マイラさんは何故ここに?」
「私は、村にまだ人が残ってるって聞いたから……」
「それを、誰から聞いたんですか?」
「さっきまで一緒に居たコボルトよ」
「……さっきまで? 今はどこに?」
「分からないの。気づいたら居なくなってて、――それで村の中を探していたらヨウジさんが……」
なるほど。――大体の経緯は分かった。
「ええと。ちなみに村に人は残ってたんですか?」
「いいえ、誰も残ってなかったわ」
ふム――。
「――なら、ひとまず皆の所に戻りましょう」
「ぇ、でもコボルトがまだ」
「……――そのコボルトに、腕章はありましたか?」
「腕章……。そういえば無かった……」
となると考えられる事は――て、今はそんな場合ではないか。
「とにかく、いったん戻ってからにしましょう」
「……はい。分かりました」
そして踵を返した矢先、ふと物を取りに行った少女と一匹の事を思い出して足を止める。
「ヨウジさん……?」
次いで不思議そうに声を掛けてくる村娘の方を見ようとした視界に――。
な。
――いつか見た、人の三倍はある大きな手が木造の家、その屋根を掴み。猿と豚を掛け合わせた様な顔でのそっと、人の形をした緑の巨人が立っていた。
そして目が合う。
「フォブ」
自分の倍以上は確実にある大きな体が、咄嗟に身を隠した民家と民家の隙間に居る自分達の見える所で立ち止まる。
マズい……。
辺りをキョロキョロと見るその動きから明らかに何かを捜している。
――当然、自分達だろう。と、隣で小さくしゃがみ込んでいる村娘の方を見る。
さて、どうしよう……。
とはいえ仕様などはない。
このまま気づかずに、どこか行ってくれれば……。それか、気づかれないように。
「……ヨウジさんは、逃げてください」
へ。いや――。
「――……なにを?」
地面を見詰めたまま、ぼそっと呟いた相手を軽く覗き見るようにして――聞き返す。
「私は平気です、死んでも……。でもヨウジさんは……」
ム。――なんでそれを。と思ったが、直ぐに一人の少女が浮かび、納得する。
なので――。
「平気な訳ないです。だから余計な事は考えずに、じっとしていましょう」
――震える相手の本音を意図せず確認しつつ、言う。
そして状況を見る為に振り返った途端――。
え?
――カッと光る、爆音と共に、足元が激しく揺れ動いた。




