第51話〔差し当たって これは事故なのだろうか?〕⑫
「ホリーさん、無理はしないほうが……」
再び自らの杖で地面に何かを描き始めた魔導少女を背に、相手の発言に対する率直な心配を述べる。
と向こうの状況を再度確認している騎士が自分の方を向き。
「――ムリは……、しています」
どう見ても晴れない顔をして、不安げに相手が口にする。
ム……。
「……だったら」
「で、でもッ――今回だけはガンバってみますっ」
そう小さく拳を掲げて言う――わりに、その表情は浮かないまま。
……ムム。
「なんで、頑張る必要があるんですか?」
「ぇ。――分からないのですか?」
何故か若干怒った雰囲気で、相手が聞き返してくる。
「スミマセン……」
というか、なんで謝ってるんだろう。けど――。
「――ちなみに、どうして……?」
「……ヨウジどのは、ワタシのコトをどう思っているのですか?」
「どう? それは――ホリーさんは、同じ職場で仕事をする」
「そうではありませんよっ」
え。
「なら。何ですか?」
「ジッジブ、――ワタシだってっヨウジどのの役に立ちたいのですッ」
自身の胸を着ている鎧の上から叩き、アピールするようにやや前傾した姿勢で相手の声が上がる。
なので――。
「……また、何かあったんですか?」
――本人の偏見でない事を願いつつ、聞いてみる。
「ぇ? 何か、と言うのは?」
「いや、その……」
……知ってたら、そもそも聞かないのだが――。
「――ええと。まぁ何事もないなら、それでいいんですけど。で本当に残るんですか?」
「……――やっぱり、ヤめておいたほうがいいですかね……?」
どっちなんだ。
「……具体的に、残ってホリーさんはどうするつもりなんですか?」
「エリアル導師の応援でもしておこうかと思っています」
声ではなく、力を貸してほしいのだが。
「……――だったら」
いや、まてよ。
ふと過去の事を思い出す。
「……だったら?」
途中で話すのを止めた自分を不思議そうに窺い見る騎士の声で、前を向く。
「ホリーさん、残るのなら二つ、お願いがあります。いいですか?」
「ぇ? ぁ――ハ、ハイっ。何なりとお申しつけてみなされっ!」
ならば致し方ない。
――村に戻ると、こんなに居たのかと思うほどのお年を召した方々が小柄な自身よりも背の低い獣達に連れられ、または二三匹に担がれて、ぞろぞろと進行していた。
おお……。
整列された皆の動きに、思わず感心してしまう。と――。
「そこ、列が乱れてるわよ。ちゃんと先導しなさい」
――並んで進む人々や獣達を横から監督する一人の少女を見つける。
あれは……。
次いで直ぐに少女の居る方へと歩く。途中その手にあるのが何かを筒状に丸めて作ったメガホンだと分かった。
「鈴木さん、お待たせしました。今、どんな感じですか?」
「ん。――ぁ、水内さん。て――ダメ騎士は?」
振り返り気づいた相手が、自分の後ろを覗く様にして聞いてくる。――ので。
「ええと、じつは」
と、先刻まで居た場所で騎士と交わした話を口にする。
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「分かりました。フェッタさまにはワタシから連絡しておきます」
「はい、お願いします」
「――それでは、残りの一つは?」
最初の願いを難無く聞き入れて納得した相手が、無理のない物事である感じから負担のない表情で、珍しく次を催促し聞いてくる。
「ええと……」
少し自分達から離れた場所で地面に何かを描いている赤い少女を一瞬、見てから――。
「――妹さんのコトを、お願いできますか?」
途端に頼む相手がきょとんとする。
「えぇ……っと、――……それはどういう意味ですか?」
まぁ普通にそうなるか。
「ええとですね。もし、命に関わる危険な状態になったら、妹さんを無理やりにでも構いません。連れて、逃げてください」
「……それは、――どこに?」
「分かりません。判断は、ホリーさんに任せます」
「で、でも、エリアル導師を守るなんて、そんなコト……」
「普通は、ないコトだと思います。けど、万が一本人が動けない状態になった時、頼れるのはホリーさんしか居ません」
少なくとも自分よりは遥かに安定する。――だから。
「お願い、できますか?」
「――ええっと、……ワタシなんかで、役に立てるのなら」
頬を指先でポリポリと、何故か恥ずかしそうに掻きながら言う相手が。
「必要ない」
ムと声がした方を反射的に見る。と、其処にはいつの間にか近くに来ていた魔導少女が。
「……妹さん?」
そしてボサっと頭の少女が自分に顔を向ける。
「ジャマなモノは必要ない。連れてって」
「けど、それだと」
「アタシは大丈夫。誰かが残るほうが危ない」
ムム。
すると、また珍しく普段は控えめな騎士が魔導少女の前に進み出る。そして寄った自身に顔を向けて、若干威嚇するような目で対応する相手に――。
「――エリアル導師、ジブンいいコトを思いつきました」
憂いしかない。
「……言ってみろ」
「はい。ええっと――、この手は……?」
自身に向けられている小さな手の平を見て、騎士が問う。
「気にするな。続けろ」
コワ。
既に出た結果を想像して不安に思う――自分とは裏腹に、そうですか。と、あっさり納得する騎士。そして――。
「――実はですね、ジブン思ったのです。導師の雄姿を語り継ぐべきではないかと」
ム。
「そのためには、エリアル導師が戦う姿をこの目に焼き付ける必要があると思うのです」
……また、なんとも突拍子もないコトを言い始めたな。
が何故か狙いを定めていた小さな平がゆっくりと下ろされる。
ム?
「……――分かった。ジャマだけはしてくれるなよ」
え、いいんだ。
「はいっモチロンです。元より、死んでもジャマなんかできませんから!」
実に清々しい自己評価である。
と、突然こっちをちらりと見る少女――が何故か、自分に背を向ける。
ム……?
「あれ。時間を掛けてもいいけど――別に、全部ヤっちゃってもいいよね?」
ム。――まさかもう意識して。ではなくて――。
「――はい、気兼ねなく。どかんとお願いします、妹さん」
「分かった。なら、期待以上に応えるとしよう」
ふム。
できれば加減はして欲しい。けど――。
あの数だし……。ん? なんかさっきと比べて。
「エリアル導師、今の言葉、めちゃくちゃシビれましたよ。他にはないですか?」
そう言って、いつどこから出したのか分からないメモとペンを手に構えて尋ねる騎士に少女が顔を向けてニヤリと片頬を吊り上げ笑う。
――……まぁ、自分が考えたところで、仕方のない事だ。
と再度、まだ時間的に余裕のある地平線の様子を見て、思う。
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「また、ワケ分かんないコトやってるわね」
話を聞いて、自身の長い黒髪を撫でる少女が呆れた感じで述べる。
「まぁホリーさんらしくて、いいかなと」
そして、そね。と相づちを打つ少女に、ひょこひょこと一人の老女が近づいて来る。
「――お嬢さん、ハバカリは、どこさねー?」
「ん。ぁ――また来たのね」
来た相手の方を見、呆れ返る様子で少女が口にする。
「あんれま、あんたタルちゃんとこの、子かねー?」
「知らないわよ、そんなヤツ。ほら、列に戻るわよ」
言って、少女が老女の手を取り、ゆっくりと先導を始める。のを見て――。
なるほど。鈴木さんて、意外に通所介護とか向いてそうだな。
――何気なく、そう思った。




