第50話〔差し当たって これは事故なのだろうか?〕⑪
森の様に生い茂った木々を横に、村の正面入り口とは別の出口から見える道なき草原の遥か向こう――地平線で横に列をなし、煙に似た土の粒をもうもうと立たせる大きな人の群れが自分達の居る方をあきらかに目指し――走っている。
そして再度、地平の先を見る騎士が短くて黄色い自身の髪を振り動かし、こっちを向く。
「とにかくっここから逃げましょう!」
――なんで。
「アナタ達――なにをしたんですかッ?」
反射的に振り向く。と、ここまで伴った二匹に向かって村娘が声を荒げ追及していた。
「コボルト、ワルイナイ! ワルイ、ワルイコボルト!」
次いでもう一匹の獣が共に跳ねながら復唱し、自分達が来る前から現場に居た他の獣達もそれに続いて弁明をし出す。
「ああもうっ騒がないでッ」
それぞれの動きも相まって、獣達の言葉が思わず耳を塞ぎたくなる騒音と化す。場に、次の瞬間、銃声ならぬ砲声に近い音が僅かな揺れと共に鳴り響く。
ム――。
「――……妹さん?」
結果、水を打ったように静まり返る皆、主に獣達へ“煩い”と言わんばかりの眼を向けた後――ゆっくり、地面にサッカーボール程の穴を空けた魔導少女が歩み寄ってくる。
そして、目の前に来たボサっと頭の赤い少女は自分を無言で見上げ――。
――ハっと気付かされる。
したがって直ぐに頷きを返し、皆の方を見る。
「考えるのは後にしましょう。今はここを、皆を連れて離れます」
心持ちが忙しなくなるので、あえて迫る地平線の状況を視界に入れないよう意識しつつ今居る皆に顔を向けて言う。
するとコボルトに向けられていた戸惑いが自分の方を見――。
「――皆? ……連れる? 何をするつもり?」
なんだろう。――若干、不信感を持たれて……――いや、そんなことは後だ。
「村に居る人達も連れて、直ぐに避難しましょう。でないと、大変なことになるかもしれません」
と言うか、なる。
「……そんなの、無理です。村に居るのは年寄りばかりで……――不可能です」
「皆で協力して運びましょう」
幸い、こっちには小さいが元気な人手――もとい獣手が沢山居る。なんとか――。
「無理ですっ」
――ム。
「どうして、ですか? 皆でやれば」
「あの人達が自分から動くなんてコト――ない」
伏し目がちに、まるで言葉を噛み締める様にして相手が告げる。
「……けど、この状況で」
そう返事をし掛けた矢先、俯き加減だった目が真っ直ぐに、自分の所へと向かって近付いて来る。と見るからに力の籠もった表情で――。
「――なぜ、そんなふうに落ち着けるの?」
へ?
「どうせ他人事だから? 何かあっても、自分に被害がないから?」
な……――。
「――なにを言って」
瞬間、視界の片隅に黒い細糸がチラつく。と次いで膝がガクンと脹脛に乗る重みで曲がり――その直後には肩を掴む加重が背中と分散した事で位置の安定を確保し、自分の顔の横から身を乗り出して、村娘の襟を掴む。
な。な――。
――伸びる小さな手が、ぐいと相手を自分の近くに引き寄せる。
「図に乗ってんじゃないわよ。いったい誰の男に、口出してるか分かってんの?」
どちらかと言えば乗ってるのは貴方なのですが。と、人の体を勝手に登り肩から身を出して凄む少女を横目に見つつ、思う。
「……さっき聞いた話だと、偉い騎士さまの……」
服の襟を引かれ、やや話し難そうに村娘が述べる。と次いでパッと小さな手が開き、前へ傾いていた上体が放れる。
「今はね。でも、いずれはわたしのモノよ」
そのような予定はございませんが。
「だからアンタの、その身勝手な妄想に水内さんを巻き込まないでくれる?」
いろいろとツッコミたい。が――。
「――……鈴木さん、俺は気にしてませんから、そのへんで」
先ずはすべき事を優先して、不平不満があるのなら、その後だ。
そう自分なりにも納得し、村娘の方を見る。
「マイラさん、言いたい事は後でも聞けます。今は、やるべき事を優先しましょう」
「……――でも……どうやって?」
そう、肝心なのは仕方だ。
猶予している場合ではないものの、まだ状況的には時間もある。なので先ずは――。
「――避難場所を、決めます。村の近くに安全な所はありませんか?」
「そんなのありません……。でも、身を隠すだけなら」
と、相手が木々の生えた一帯を見る。
……――さすがに、とやかく迷う暇はないか。
「では、そうしましょう」
「ぇ? ――……でも」
「どのみち遠くには行けません。けど、村に残るよりは見つかりにくいはずです」
「……そう、ね」
納得はいかずともな表情で村娘が視線を落とす。ので、直ぐ横に居る少女の方を見。
「鈴木さん、お願いできますか?」
「ん、任せて。年老いた連中を騙すなんて、お茶の子よ」
騙せとは言ってないし、そろそろ下りてほしい。
「……俺も、直ぐに向かいます。ので、先に皆と」
途端にこっちを見る小さな顔に不安の表情が表れる。
「水内さんは……?」
「俺は――」
先刻、気持ちを立て直す切っ掛けとなった赤い少女がいつしか向かった先を見る。
「――“皆”と無事に帰る為にも、お願いすべき事を話してから、行きます」
先に村の方へと戻るコボルトの群れと少女達の背を見送ってから、振り向きざま駆け足で行く、丈の短い外套を羽織る少女の直ぐ後ろで足を止める。
「――……どんな感じですか?」
何をしているのかは分からないが、既に所有する自らの杖で地面に何かを描く様に動かしている相手の、邪魔にならないよう、やや声を抑えて尋ねる。
すると普段と比べて特に変わった様子もなく、こっちを向くその口が徐に――。
「――ヨウは、行かないの?」
「行きます。けどその前に、妹さんにお願いがあって残りました」
「うん。いいよ」
へ……。
「……まだ、何も」
「言わなくても分かる」
と、動かしていた手を止め、いつもの単調な物言いで少女が告げる。
「けど……、――なら」
「アタシは死なないから、大丈夫」
ム……――。
「――全部、お見通しなんですね」
「うん。だから早く行って」
次いで、分かりました。と返事をし、動こうとする自分に少女の待ったが掛かる。
「――はい、何ですか?」
そう聞いた自分に、ガサゴソと腰についた袋の様な鞄を探って取り出された――小さなぬいぐるみが差し伸ばされる。
ム。――これは。
「預かってて」
「ぇ? ぁ――ハイ」
出された物に下から手の平を添えて、受け取る。それは――。
「ちょっとコゲてますね?」
――耳の部分が若干黒く、焼けた様に変色していた。
「……うん。ごめん」
「ぇ。なんで謝るんですか?」
すると相手が小さく首を振り。
「燃えないように、持ってて」
ム――。
「――分かりました。村から帰る時まで、預かっておきますね」
そしてコクリと頷きが返る。
「他にはないですか?」
「大丈夫」
「なら、自分は先に」
「うん。気をつけて、ね」
「はい。妹さんも」
改めて互いの無事を祈り、微かに口元を緩ます相手の顔を見る。と、視界の隅で何かが身動ぎ――反射的にそっちへ目を向ける。
あ、あれ?
「……ホリーさん、どうして……?」
何故か其処に居た、黄色の短い髪を恥ずかしそうに掻く騎士に尋ねる。
「ええっと……それが、出る機会に恵まれなかったと言いますか、――ですね」
ムム?
「ワタシも……ここに、エリアル導師と残ろうかと思い、――まして」
ハハと相手が空笑う。
「ホ、ホリーさん……?」
――一体なにを言い出して。
「よくよく考えたらワタシって、こう見えても騎士だと思うのですよ」
というか、見た目的には完全に騎士なのだが。――鎧、着てるし。
「なので、村に戻るよりここに残って戦うほうが、いいかなっと」
「いや、けど……」
ふいに魔導少女の顔が短髪の騎士に向く。
「役に立つ訳ないだろ、分を弁えろ」
「うわハハ」
心的負担の余り、ワロてもうてるやん。




