第19話〔そもそも死んでませんよ〕④
キャメル色のダッフルコートに藍色デニムのジーンズを着る細身かつ引き締まった体に、女性としては高めの身長があいまってファッションモデルさながらになった相手を隣に立って発表した後、改めて少女が口を開く。
「ど。けっこう、さまになったでしょ?」
恥ずかしそうに立っているモデルから、ちらちらと視線が送られてくる。
「はい。モデルみたいです」
「モデル……?」
「ええと。すごく、魅力的ってコトです」
「み、みりょ」
俯き加減に相手が頬を染める。
この様子だと、モデルの仕事までは無理そうだな。
で少女の方を見る。
「サイズ、ピッタリですね」
「大きさとか気にせず買いまくってたからね。それ、あげるわ。わたしが持ってたって、どうせ着れないし」
「そんなっ、お借りしただけでも迷惑だというのに。いただくなどっ」
ム。
「べつに、いいわよ。代わりにアンタの大層な体、見せてもらったし」
「きゅ救世主様っ」
若干二人の間から堅苦しさがとれた気が。
「――まぁ要らない物なら貰っても、相手に損は無いですよ?」
「そう、でしょうか……」
「わたしがイイって言ってんだから、イイのよ」
「で、では、暫くお借りするというコトで……」
「はいはい好きにしなさい」
「はいっ。ありがとうございます、救世主様っ」
「ん。で、水内さんのほうは、どうなったの?」
ム。
「それが、その……」
「え。もしかして、つぶれちゃったの?」
「……残念です」
「ま。世の中、いつも不景気だから、仕方ないわよ」
金を近くに置いて言う台詞ではない、と思う。
「――ところで、話を戻すんですが。思い付いたという、鈴木さんの話は?」
「あ。そ、ね。行く前に、話しておかないとね」
「行くって、何処にですか?」
「わたしが借金してる、カネ貸しのとこ」
え。
「わたし、思ったのよ。カネ貸しなら、金だからって困るコトないでしょ? ついでに借金も返せるし。――ね、これで問題、解決じゃない?」
エエ。
「――……かえって、面倒事になるのでは……?」
「だから、騎士さまを連れて行くの。――でしょ」
と言って隣を見る少女。
「はい?」
それに小首を傾げ、返事をする女騎士。
「そういうコトだから。水内さんは、ここで待ってて」
「え。そんな、一緒に行きますよ。何があるか分からないのに」
「分からないから、二人で行くの」
「……何故?」
「わたしは、当然でしょ。騎士さまは、保険。水内さんは、なに?」
「俺は――」
――何の役に立つんだろう。いや、そうじゃない。役に立つとか立たないとかじゃなくて。
「男として、とか。女だけで、とか。そういうコトを言うつもりでしょ?」
ム。
「……なんで」
「分かりやすいのよ、水内さんみたいなタイプって。でも、ダメよ。水内さんは、ここで待つの。ちゃんと理由だって、あるわよ」
「どんな理由ですか……」
「まずはともかく、来る意味がないってコト。で、護る対象が増えたら騎士さま大変でしょ。あと、顔を見られたらメンドウよ。――どう、けっこうまともな理由でしょ?」
ムム。
「ん、と。世の中、口先だけってのが、沢山いると思う。でも、口にも出さないヤツは、もっと沢山いるの」
「俺は、口先で言った訳では」
「うん。水内さんは、違う。だから、連れて行きたくないのかも」
「どういう意味ですか……」
「水内さんて、いざとなったら体が先に動く典型的なタイプでしょ。わたし、そういうドラマの主人公みたいな生き方や死に方、好きじゃないの。冷静に考えてみて、水内さんだったら、わたしの言いたいコト、分かるでしょ?」
ム、ムム。
「――……分かりました。ただ、絶対に、無理はしないでください。もし何かあったら、誰が止めても、その主人公になりかねません」
「うん。やっぱり、水内さんて、物分かりがよくて助かる。さすが、わたしが惚れた男ね」
小さな腕組みをして、さらりと少女が言う。
ハィ?
驚きのあまり変に冷静になる自分とは裏腹に、飛び掛かりそうな勢いで女騎士が相手に顔を寄せる。
「きゅ、きゅっ、ぎゅっ……――救世主様ッそれはいったい、どういうっ」
ついに絞り出した。
「どうって、そのままの意味でしょ」
「ほ、惚れ、惚れた、というのは、つ、つまり」
「心惹かれる、夢中になる、恋い慕う、要するに好き。これだけ言えば、分かるでしょ」
「そ、そんな、いつの、間に……」
何故こっちをそんな恨めしそうな目で見るっ。
「――俺は、何も知りません。本当です、嘘じゃないです、初耳です」
「さっきのあれもやっぱり……」
なにッこのドラマのような展開っ。そっち系統の主人公になるつもりは毛頭ないんですがっ。
「いったん落ち着きましょう。落ち着いて話をっ」
意図せず両手を前へ出し、相手を宥める姿勢をとる。
「そ、よ。水内さんが言ってるコトは本当なんだから。アンタ、落ち着きなさいよ」
この状況をつくったのはアナタなんですけど。
「で、ですがっ」
「アンタね、いちいち許可をもらわないと恋愛もできないの? どっかのお姫さまじゃあるまいし。それにね、伝えたら終わりじゃないの。そこからが、本番よ。その気があるならね」
いや、なんの気。
「――……申し訳、ありません……」
で、なんで謝る。
「ま、いいわ。――ともかく、そろそろ出発しましょ。先に言っとくけど、着くまでにはちゃんと気持ち、切り替えといてよ」
好き勝手に言っておいて、なんと横暴な。
「も、勿論ですっ。これくらいの事では私の、剣先にも影響を及ぼしませんっ」
ム。
「あの、できれば剣を使うのは……」
「そ、ね。いちお、注意しておくわ。そんなわけだから水内さん、お留守番お願いね。ほら、行くわよ」
「え。あっ待ってください、救世主様っ」
そして先を行った相手を追い掛けようとして立ち止まり、女騎士がこっちへ振り返る。
で何も言わずに立ち尽くす相手を見るに見兼ね。
「鈴木さんの事だけではなく、ジャグネスさん自身も危ない目に遭わないよう、注意してくださいね。俺にとっては二人共、大事なので」
そして何より、死人が出ませんように。
二人が出て行ってから二時間程が経過して十二時を回った頃、特に変わった様子もなく少女が手にアルミ製のアタッシュケースを持って帰ってきた。そしてもう一人が、部屋に入って来るなり倒れるようにしゃがみ込む。
「大丈夫ですかっ」
怪我でも負ったのかと、急ぎ駆け寄る。――しかし、顔を下にして口を手で押さえているだけで、特に目立った外傷は見当たらなかった。
「なんか酔ったみたい、わたしの運転」
あ……、そう。




