第48話〔差し当たって これは事故なのだろうか?〕⑨
五軒目の台所にて皿を洗う。その間、共に来たコボルト達は家の中を清掃し、家主は食卓から自分の事を見守りつつ。
「本当にごめんなさいねぇ。――遠路はるばるお越しいただいたのに、持て成すどころか、こんな事に巻き込んでしまって」
三回、いや四回目かな……。――と思いながら。
「い、いえ、これくらいの事はなんでも」
次いでキリがないので口には出さないが、日帰りできる距離だし。と内心で再度思う。
「ここのところ家の者が調子を落としちゃってねぇ。コボルトさん達に頼りっきりなの」
それも同じだけ聞いたな。――と、洗い物を終えたので、食卓に居る家主の方を向く。
「ええと。洗い物が終わったので、自分も掃除をしてから次の家に向かいますね」
「あら。そーお? ――本当にごめんなさいねぇ」
思わずピクっと体が反応する。
「い――いえ、それじゃぁちょっと、行ってきます」
そしてハイハイと微笑みながら返す相手に軽く頭を下げつつ、そそくさと行動に移りながら――。
にしても、やっぱり前に来た時と比べて全体的に気の抜けた感じがするな。
――と、食卓に残す村長の事も含め、村の印象を三度改める。
「どうぞ」
作業を終えて、一所に集まり休息する皆に村娘から飲み物が配られる。
つ、疲れた……。
家事全般、わりあい得意な方だと思っていたけれど。慣れない、且つ話が噛み合わないと心身ともにこうも疲弊するのか。
「……どうぞ」
ム――。
「――ぁ、ありがとうございます」
若干テーブルに突っ伏していた体を起こし、礼を言ってから前に出されていたコップを村娘から受け取る。
「マイラさんは、いつもこんな大変な事をしているんですか?」
「毎日はしてません」
「なら、今日はたまたま……?」
「半月に一度、コボルト達が勝手にやってる事です」
「けどマイラさん、手伝ってますよね?」
「……ここは私の村ですから」
なるほど――。
「――ちなみに、あのコボルト達は以前の?」
「はい。おかげさまで正式な手続きをして、この村との提携関係になりました」
なるほど。――だから腕章をつけていたのか。けど――。
「――おかげさま? 自分は、特に何もしてませんよ?」
「フェッタさまからの返信にそう書いてありました」
返信……。
「どんな内容が?」
「……――村のために、偉い人と掛け合ったり、より良くしようと奔走して忙しい。と」
一体なんの話だ……。
思わず考え込む。
と、雰囲気で伝わったのか、相手の眉間にも軽くしわが寄る。
「……違うのですね」
ム。――違うと言うか、忙しいのは事実というか――ていうか。
成り行きが分からず、迷う。と次の瞬間、自分達が囲むテーブルの上に木製のトレイが乗っているコップごとガシャンと乱暴にして置かれる。
「マイラさん……?」
心配して、というより不安になって、声を掛ける――と何故か、キッと睨み返されて。
「手紙は読みましたか?」
ム……。
「……手紙? お礼の手紙なら、あの後に」
「それから後の、手紙です」
ム。
「それは……、――知りません。あの後、自分の所にマイラさんからの手紙が来た記憶はありません」
「……――そぅ」
目を怒らせて自分を見ていた村娘がテーブルのトレイにふっと視線を落とし、胸の奥から絞るような声を出す。と――。
「もう、帰ってください」
――悲しみの感情を震わす瞳でこっちを向き、告げる。
へ。
「あ、あの……?」
「アナタと関わっていると、ジブンが惨めに感じられます。だから帰ってください」
いやいやいや。
「一体なんの」
ダンッ――と、荒々しくコップを置く音が向かいで座っていた少女と共に立ち上がる。
す、鈴木さん……?
次いで不安に駆られる自分と皆の注目を集めて席を立った少女が村娘を見て、緩やかに口を開く。
「ね。手洗い場って、どこ?」
うそん。
「……――部屋を出て、すぐ左の扉です」
「そ。じゃ、アンタも一緒に来なさい」
「な、なぜ私が……」
「そんなの、女子としての嗜み、みたいなもんでしょ」
個人宅のはその手の交流場としては不向きだと思うのだが。
「……私に、そんな趣味はありません」
「そ。だったら、アンタが捜してる男の情報は――見ずに流しちゃって、いいのね?」
そう言って、いつの間にか手に持っていた葉書のような物を相手に見えやすい位置で少女が振る。
ム。――なんのコトだ。
「……それは、――なぜ、それを……?」
「ま。いろいろあって、本人から受け取った物よ。見覚え、あるでしょ?」
「……――か、返してください」
「べつに、アンタの物じゃないでしょ? まだ」
「……なにが、望みですか……」
「だから女子の嗜みって、さっきから言ってるじゃない」
「……――分かりました。付いて行けば、いいのですね?」
「そういうコト。て訳だから――行きましょ」
そして村娘がハイと返す。と次いで、先を歩き出す少女の後に付き、二人が部屋から出て行く。すると――。
ど、どうなって……?
――残された自分は状況が分からず、ただただ首を傾げるしかなかった。が、唐突に隣から乾いた雑巾を絞るような捻り声がして。
ム? ――と隣を見る。
「ヨ、ヨウジどの……、ワ、ワタシの、水は……まだですか?」
そう枯れた声で言う騎士のプルプルと震える手が自分の方へと伸びてくる。ので、咄嗟に受け取ったコップの行方を探す。と――。
「……プハ」
――いつの間にか二杯目を飲み干す魔道少女の姿が。そして――。
自分も、まだ飲んでないのに……。
――パタリと小刻みに動いていた手がテーブルの上で意気消沈する。
***
上から見下ろす景色。近くに感じる遠方の風景。それ等は常日頃、見慣れた光景。
――高揚する事はない。
だから彼女は心を弾ませて、宙を躍る。
そうして両手を広げ、待ちに待った瞬間を地平線となる場所へ解き放ち。
――下を見る、女神の瞳に小さな争いと一つの産物が映った。
しかしそれは、よい良い好い。と、期待を高め。
――胸に思い描く情景を紅く染め上げる。
*
状況が状況だけに許可なく頂戴した水を飲み、一息つく騎士の安堵を眺めていると先刻村娘と出て行った少女が一人で帰ってくる。
「あれ、マイラさんは?」
「ん。なんか、ポロポロ泣き出したから、黙って置いてきたわ」
え――。
「――な、何をしたんですか……?」
「べつに……なんも、してないわよ」
ムム。
思わず黙り込む。と雰囲気で伝わったのか、テクテクと自分の所に歩いて来た少女が不満げな表情をして。
「わたしって、そんなに信用されてない?」
「そういう訳ではないんですけど……。普通に、気になる事なので」
「ふーん。――ま。よくある男女問題よ。で、今回ので白黒ついたってだけ」
なるほど……、――分かったような、分からないような。
「結果的に、マイラさんは納得と言うか……――良い方向に……?」
「そんな方針はないわよ」
「え……、それだと」
「好きも嫌いも、良いも悪いも、これからの生き方、考え方次第よ。他人が進んで世話を焼くコトじゃないわ。――ただ」
「ただ……?」
何故か少女が自分に一歩近づく。
……ム?
「わたしなりに助言はしておいたから、後のコトは、水内さん次第よ」
悪い顔してるなぁ。




