第46話〔差し当たって これは事故なのだろうか?〕⑦
騎士の一撃で吹き飛ばされた獣が背中から地面に激突した後、よろめきながらも立ち上がり。振り向きざま一目散に走り出して最初に現れた草むらの方へ、後を追う二匹を伴い、去って行く。
結果、剣を構え直したまま、様子を見ていた短い髪の騎士が安全と判断したのか自分に振り返り――。
「――ちょっと先に、下を取ってきます」
照れ隠す様に片手で頭を掻き、笑う。
「ぁ、はい……」
理由は後で聞こう。――白がチラつくし。
「へぇ。そんなコトがあったんだ」
騎士が行った後、入れ代わりに戻ってきた黒髪の少女が雰囲気を察して尋ねた答えを聞き、そう述べてから――路の先を見る。
「あの辺に落ちてるのが、そう?」
戦闘中に落とし、拾わずに逃げて行った獣達の武具を少女が目線で示す。
「あー、はい。そうですね」
「ふーん。――じゃ。見てこよっと」
言って、テッテッテと小さな歩幅で目の前に居た少女が路の方へ走って行く。
あ。――まぁ、大丈夫か。
すると交代して、近くで一緒に事情を聞いていたもう一人の少女が自分の前に来る。
「大丈夫?」
「はい、怪我とか心配するようなコトは一切ないです」
「……――そっか」
幽かに少女が微笑む。
瞬間、鼻が着きそうな程の目前にぬっと上から逆さの顔が現れ。
――思わずビクッとなって身を引き。
吃驚した。と、正位置に戻る修道女を見つつ、立ち位置を改める。
「恙無くて何より。じゃが何故、争わぬのじゃ?」
ム。
「一応、逃げようとはしたんですけど……」
「逃げずとも打ち倒せば、済む話であろう?」
「……――倒せません」
「何故じゃ?」
いや、そんなの……。――けど、確かにそう聞かれると。
「ちょっとメんど神、水内さんに余計なコトを吹き込まないでくれる?」
ム。――と顔を向ける。
「水内さんはこう見えて、いざって時は考えなしなのよ。危ないでしょ」
こう見えてって、どう見えてるんだ。――と、矢が装着されていない弓銃を一方の手に持ちながら腰に手を当てて立つ、黒髪の少女を見る。
「……鈴木さん、それ――どうするんですか?」
「戦利品なんだから、貰ったって問題ないでしょ?」
なぬ。
「で。水内さんが持ってるのも、そう?」
言いつつ少女の小さな指が示す。が――。
え? あ。
――持っていた自分は完全に忘れていた。
「これは、御者さんのです。から、忘れる前に渡してきます」
言って、柱に刺さった矢を抜こうとしている持ち主の方を見る。
「オッケー。じゃ、わたし達は先に乗って待ってるから、渡したら出発しましょ」
「分かりました」
次いで場を離れ、御者の居る台へと向かう。途中――。
うーん、まだ何か忘れてるような……。
――まあいいか。と、矢が抜けた反動で落ちそうになっている相手を見て、思う。
四つん這いになって息も絶え絶えと、走っている馬車に乗り込むことが出来た短い髪の騎士が、ゼーゼー呼吸を繰り返す。
「ホ、ホリーさん――……大丈夫ですか?」
「なん――とっ、か――」
――息苦しそう、というかは息を切らしつつ騎士が言う。
すると直ぐ横で様子を見ていた黒髪の少女が、呆れながらも感心する様な表情をして。
「……アンタ、意外に足速いわね」
「ぇ、――女としてのですか?」
けろっと少女の方に顔を上げ、整った感じで騎士が尋ねる。
期限の話ではないのだがっていうか女としての期限てなんだ。でもって、相も変わらず回復するのが早いな。
「そっちはもう、売れ残りのセール品になってるわよ」
「それならヨウジどのが、最期の希望です」
四つん這いだった状態から座り直して、荷台の床に腰を下ろしつつ騎士が述べる。
一体なんの話だ。――そう何気なく思いながら、落ち着いた騎士の手を見て。
「ところでホリーさん、それは?」
「ぇ――それ? それってどれですか?」
「……――その、手に持ってる矢のことです」
「ぇ? あ――忘れていました」
「……どうしたんですか? それ」
途端に相手が何か思い出した様子で、矢を持った拳の底を自身の手の平にポンと当てる。
「そうでした。この矢のせいで、と言うよりおかげで、ヨウジどのを助けることができたのですよ」
ム――。
「――どういう、ことですか?」
「ハイ、じつは便所をしに行ったあと終わりかけに立ち上がろうとして」
というか、便所をしに行く。って、なんだ。
しかしながら相手が相手なので、突っ込まずに、聞く事にする。
「そうしたら、この矢が飛んできてジブンの股の間を抜けて地面に刺さりました」
……ム。
「それで飛んできた方を見たら、ヨウジどのがコボルトと対峙している感じだったので、急ぎ向かおうとしたのですが……」
騎士が自身の下半身に目を向ける。
「……――下ろした腰当ての隙間に矢が入り、時間が掛かりそうだったので……置き去りにして、助けに行きました」
なるほど、だから……。
「……そうだったんですね」
「ハイ、そうだったのです」
何故か表情をキリッとさせて相手が言う。
「……で、さっきはそれを取りに戻ってた。と?」
「ハイ。それで帰ってきたら馬車が……」
――本当に申し訳ない。
忘れていた自分の事を含め、そう思う。――そして。
「スミマセン……。――けど、よく追いつけましたね……?」
「ぇ? ああ――ハイ、行き先は分かってました。それどころか一本道ですし、迷う心配はこれっぽっちもなかったですよ?」
「いや、そういうコトではなくて……。そこそこ走った後だったので……よく、追いかけてこれたなと」
「そ、よ。なんでアンタなんかに、そんなコトができんのよ?」
暫く黙っていた少女が、ここぞとばかりに不満げな顔をして平常の騎士に問う。
「ええっと……ジブンは今、怒られているのでしょうか?」
怒っていると言うかは、核心を観る事ができなかった――恐らく実行犯の不満、ではないかと思う――。
「――まぁその、無事に合流できたんですから、いいのでは?」
主に不満げな少女の方を見て、言う。
「ま。そ、ね。――だったら。ダメ騎士、それ頂戴」
何故、だったら。なのかは分からないが、騎士の持つ矢を指して感情なく少女が告げる。
「え、――これですか?」
「そ。さっさと、よこしなさい」
「ぁ、ハイ。どうぞ」
すっと矢を持つ手が上を向いて開かれ、相手の前に差し出される。
と次いで、受け取った側が矢じりなどを全体的に見る。と――。
「どうやって、着ければいいの?」
――傍らに置いてあった弓銃を手に取り、騎士の方を見て聞く。
「ええっと、上の板ばねを引いて――装填します」
続いてホイと返事をする少女の小さな指が、バネの引く為の板を挟む。
「ちょっと、なによコレ。全然、ビクともしないんだけど」
若干イラだった口調で、赤くなった指を振りながら鋭い目付きで少女が騎士に顔を向ける。と、あからさまにビクっとして――。
「――か、貸してもらっても、……いいですか?」
「いいけど。人の物なんだから、責任もって扱いなさいよ」
言って、小さな手から弓銃が相手に渡される。
人の物……。
などと心なしか違和感のある発言に釈然としない自分。とは裏腹に、弓を受け取った騎士の指が淀みなく板を掴む。
そして一呼吸ほどの間が空いたのち、ほいっと容易くバネ板が引ききられる。
おお……、――凄い。
「はい。――どうぞ、お返しします」
結果速やかに返される私物を取って――。
「――や、やるわね……」
「ヤる? あ――矢は、そこに着けてください」
ちょいと騎士の指先が弓銃の発射溝を差す。
「ん。置けばいいの?」
「はい、滑り込ませるようにして」
言いつつ騎士が覗き込むようにして、相手に顔を寄せる。
ふム。――今の内に、言っておいたほうがいいのだろうか。
「オッケー。で、次は?」
「ええっと、こっちの装置が外れているかを確認して」
そうして説明を続ける騎士の胸に向く射撃口を見ながら――。
さすがにしないよな……。
――独り不安に駆られるのだった。




