第45話〔差し当たって これは事故なのだろうか?〕⑥
「危うく、もう少しで馬車から落ちるところでした」
座る場所が変わり、騒動が起きる前とは反対の後部側で黄色い髪の騎士が深く痛み入った感じで、そう述べる。
というか、よくあの状態から……――ほんと感心する。
「ま、成功に犠牲はつきものよ」
現状で騎士の傍らに腰を下ろす黒髪の少女が、いつもの調子で、言う。
誤った結果を得た後の事も、確りと考えてほしいものだ。
「そうは言ってもですよぉ……――って、あれ? そういえばジブン、どうして落ちそうになったのですか?」
ようやく行き着いた疑問に、小首を傾げつつ短い髪の騎士が直ぐ隣の少女に顔を向ける。
「アンタが勝手に、足を滑らせたんじゃないの?」
よくそんなイケしゃあしゃあと……。
ただ――。
「そうなのでしょうか? ジブンとしては誰かに強く背中を押されたと言うか、吹き押された感じがしましたよ?」
吹き押され……。
――と、馬車の前側に移動して外を見ている赤い魔導少女に目を向ける。
「ふーん。咄嗟に、屁でもこいたんじゃないの?」
コワ。――内心で思いつつ、静かに腰を上げて前へ座る位置を移す。
そして、いつもの様にお互いに外を眺めながら――。
「今回も捕まえるんですか?」
――尋ねる。と、視界の端に見えるボサっとした髪が横に振るわれて。
「時期的に飛んでない。から、無理」
なるほど。
納得――した途端に、前部の台で馬を操る御者が自分達に振り返る。
ム?
「オタクら、アッシーの言ってた導師さまの知り合いっぺ?」
ぺ……。
「……ええと、アッシーさんという方は……?」
「同じ村に住む御者仲間だっぺよー」
よ……、――ええと。
「もしかして、以前こっちへ来た時の……?」
「そっぺそうっぺ。それ、アッシーだっぺ」
「……なるほど」
しかし、気になる。
思ったと同時にガサっと外套を揺らして身動ぐ魔導少女が――御者に顔を向ける。
ム?
「――アンタぺっぺぺっぺ、煩いな」
ちょっ。
「……――ゴメンだ……っぺ」
イインダヨ!
「そっぺかー。兄さんは、導師さまのお義兄さんなんだなー」
「はい。なんで、お弟子とかではないです」
「だけんども兄さん得だなー」
ム――。
「――なにが、ですか?」
「んだってよーぉ、導師さまと一緒に住んでたら――いろいろ教えてもらえっぺ」
ああ、そういうコトか――。
「――そういうのは、ないですね」
「ぇ、――なんでさ?」
「……――まぁその、いろいろと事情が」
「そっかー。導師さまは忙しいもんなー」
――そういう訳でもないが。この場はそういう事にして、話題を変えるついでに。
「アッシーさん……でしたか? の、お子さんというか……どうなりましたか?」
「おおー、元気一杯の女の子だったっぺよぉ」
なるほど。――何事もなかったみたいで、よかった。
ただ、気になるのは――。
「――ちなみに、名は何と……?」
「たんしかエッリアルだったっぺかなぁ。導師さまからいただいた名だって、アッシー喜んで付けてたっぺー」
え? え? なんで。
「……――エッリアル……?」
「そうっぺ、エッリアルだっぺ」
ちょと待て。――エッリアル? たしかに“ッ”は入ってるけどもっ、寧ろ余計な形で。
そして隣の少女が顔を動かす。
「馬車を止めろ」
前回と同様に強圧的な口調で魔導少女が告げる。
「ど、どうしたっぺ……?」
次いで、おどおどして返事をする御者に――。
「用事を済ます」
――と、身内でないと分からない、用便の意図を口にする。
これは結構急いでる時に言う台詞だなぁ。
停車した馬車から降り、近場の草むらへと用を足しに行った女性陣を御者と共に待ちながら見る青く澄み渡った空。
そして、それを眺めつつ御者台で吸った煙をプカプカと上げる男が、ぽけーっとした顔で、口を開く。
「今日もイイ天気だっぺなぁー」
ふム。――と、特に用事はなかったが馬車を降り、外気に触れて伸びをした後はぼんやりして呆けた――気持ちで、相手を見る。
「今日の空模様も、そうですけど。こっちは常時、過ごしやすいです」
なにせ、この十二月、向こうは冬だもの。
「――こっち? 兄さん、他所から来たっぺ?」
ム。
「ええと……――そうですね、はい。こことは違う所から来ました」
「そうだったっぺかー。そんじゃあ、オレっちのかみさんと一緒だなぁ」
「ぁ、そうなんですか?」
「うんだー。うちのかみさんは、リエースから来たっぺ。――兄さんはどこっぺ?」
どこっぺ……――。
「――ええと。遠い所です」
行き来は略一瞬だけど。
「遠い? フィルマメントの方っぺ?」
「ではないです。たぶん、もっと遠い所です」
「もっとっぺ? ――んな所あるっぺか?」
なんと説明すれば……――いっそ。
と思いきって言うかを迷った矢先に、停まっている馬車の向く路にも続いている脇の草むらがガサガサと揺れ動く。
――ム?
誰かが戻ってきた。そう思うよりも先にくる違和感――。
――あれ? たしか三人は反対側の方へ。
そう思うや否や、注目する茂みから犬と猿を足した様な貌がひょいと現れる。
次いで、ひょいひょいっと現れる貌を引き連れて草むらから路上に出る、その姿は――。
「あんれぇ、この辺じゃぁ見たことのない毛色だなーっぺ」
今の、ぺ。は要らない気が。
――思いつつ、二足歩行する白い毛の獣達を注視する。と――。
ム、あれは。
――三匹の内、やや後方に居る獣の手に見たことのある道具が。
「なしてか、あんな物騒なもん、持ってるっぺか」
たしか……クロス、ボウ……?
「――なんで、あんな物を」
「道端で拾ったっぺかな?」
んなアホな。
すると、常識を疑う自分を余所に、ガサゴソと身の回りを探り始める御者。が――。
「あったっぺー」
――手持ちの棒に弓が合体した様な――。
へ。
「……なんで、持ってるんですか……?」
「護身用の商売道具だっぺ。ええっと、ここに矢を置くのだったっぺかなー。すこぶる忘れたっぺよぉ」
――武具に装着した矢じりを正面から見詰める。
危ないっ、危ないっ。
その瞬間ドスっと、弓の先端を見る御者の近くにあった荷台の柱に矢が突き刺さる。
ふぇ。
「どわっわっ、危ないっぺッ!」
同時にバシュンと、驚き慌てる御者の持つ弓が板ばねの力を解放された弦の発射音を立て、矢を何処かへ撃ち放つ。
ぬわ、危ないっ。
更に反動でなのか、持ち主の手を離れた弓が自分の足元に落ちてくる。
「わわっ、すまんぺっ。兄さん拾ってくれっぺっ」
すかさず落ちた弓を拾おうと屈む。
――直後、近場で地面を擦る音がして上げる視界に――。
お……。
――小振りではあるものの、十分に命を刈る形状をした道具を持つ、二匹の獣が居た。
あ、これは。
「兄さん逃げるっぺっ」
グッっと足に力を込める。と途端に――草を掻き分ける音を伴い地面を踏み叩く、そんな騒々しい登場の仕方で草むらから黄色い髪をした騎士が飛び出してきて、自分の前で所持していた剣をカチャリと構える。
「大丈夫ですかヨウジどのっ、――お怪我はっ?」
え――。
「――……ええと。だ、大丈夫です……」
というか。――なんで。
「……――ホリーさん、下は……?」
下着だけの下半身を言葉で示し、相手の背中を見て問う。
「え? ――どわッ! 忘れてましたっ! って、わぁ!」
余所を見た隙に打ち込まれた獣の一撃を、あわやのところで、騎士が受け止める。
――危険が危ない。




