第42話〔差し当たって これは事故なのだろうか?〕③
「代理――というか、預言者様が話すことはできないんですか?」
そもそも内容より、そっちのが気になる。
と、唇に指先を当てる相手が何処か虚ろげな様子になり。
「……そうですね。残念ながら、不可能です」
ム――。
「――不可能? 変わった言い回しですね」
何か理由があって、言えない。なら分かるが、まるで他人事のようだ。
「もし、どうしても私から聴取したいのであれば――洋治さまの手を私の懐に、お入れになるしかありませんねェ」
口に触れていた手と、もう一方を斜めにして打ち鳴らし、にこにこっと預言者が告げる。
「……なんで、そうなるんですか……」
「おや、お疑いでしょうか? ご安心ください。私のは年中鍛え抜かれた硬質なモノとは違い、女性味で膨らんだ誠の発達部。お手を掛けるだけの価値がございます」
なんとご丁寧な言い回しなんだ。――て、そうじゃなくて。
「……なんの話ですか?」
あと決して硬くないです。
「おや? 洋治さまが、私の事を今以上に深くお知りになりたい、という話ではありませんでしたか?」
「そんな憶えはないです」
「では今一度、主となる話題の摺り合わせを」
いや、一度たりとも試みた事はないのだが。
「……まぁその、嫌なら無理に話す必要はないんで」
「それでは現地調査というのはどうでしょうか?」
ム――。
「――……現地調査?」
というか、イキナリだな。
「ええ、今ほど申し上げたとおり、諸事情で私は詳細な訳をお話しする事が出来ません。それ故、洋治さまが直接現場に赴くのが手っ取り早く理解を得る方法と、私は判断をいたしました」
「……なるほど。――で、赴くと言うのは、何処へ?」
「以前、現場検証という名目で東にある村へと足を運んでいただいた事を覚えておいででしょうか?」
「はい。もちろん覚えてます」
「此度もそちらに、行っていただきます」
ム……。
「……また何か、あったんですか?」
「いえいえ、村そのものに何かがあった訳ではございません。あれからというもの、度重なる良質な取り引きと、感謝状まがいの密書が何通も届いております」
感謝状まがいの密書……?
「――それって」
途端に預言者がすっと椅子から立ち上がる。
「率直に言って、現在あの村は人とコボルトが対等な立場で共存する物珍しい一村です。ここいらで様子を見ついでに出向くのは先の関係を深めるにも有効でしょう」
物静かな足取りで座っていた席から机の横を通り、話しをしつつ、預言者が自分の前に来て足を止める。
「多少の不安は私の方で何とかいたします。ゆえに、行っていただけますか?」
元より身長に差のある相手が、何故か顔を上げずに上目で自分を見て、言う。
「……――今回の、目的は?」
すると一枚の小さな紙が顔の前に下から差し出される。
ム――。
「――これは?」
と、出された紙を指先でつまみ。相手の力が抜けたのを確認してから、取る。
「そちらを、村に居る例の娘にお渡しください」
「例の娘? あー、マイラさんのことですか?」
「ええ、熱心な生娘と言ったところでしょうか」
「それは知りませんけど……。――これをマイラさんに、渡せばいいんですね?」
受け取った四つ折りの紙を軽く掲げて言う。
「そのようにお願いいたします」
「出発は何時ですか?」
「明日の朝、出立をこちらで手配しております。詳細はこちらに」
と、一枚目よりも大きな紙が差し出される。
次いで受け取り、目を向けるそれは――。
「――あれ。依頼書ではないんですね?」
「ええ、此度の一件は私個人のお願いとなりますゆえ」
「……それ、職権の乱用では……?」
「おや手厳しい。私達二人の仲ではありませんか」
「だとしても、バレた時に怒られるのは預言者様ですよ?」
こっちは、上司の命令に従った。とか、言えそうだけど。
「おんや、私の身を案じてくださるのですか?」
上向きだった目を止めて、相手が艶めかしく自分を見て言う。
「知らず知らずに加担するのが嫌なだけです」
「おや素っ気ない。ここは素直に欲を出し、媚びを売るのが利益的だと思うのですが」
なんの利益だ。
そう内心で思い。そろそろ、と自分の中で機会を設ける。
「預言者様、一つ聞いてもいいですか」
「ええ、なんでしょう?」
と何故か身を軽くよじりながら預言者が返答する。
「ええと。――飲んだんですか?」
途端に相手がハッとした表情を見せ――。
「――……お気づきに?」
「そうですね。さっき」
一見して普通だが、近くで話されると分かる。
そう口には出さずに思う自分から、口を塞ぐように手を当てる預言者が若干身を引く。
「……極少量でしたので、気づかれまいと思ったのですが。お恥ずかしい限りです」
酒気とは関係なく、仄かに頬を染めて相手が述べる。
ふム。
「どうか、したんですか?」
訳を尋ねる自分に、添えていた手を下ろす相手の正面が向けられる。
「洋治さまの計らいで手にする事となった先の品が、如何とも私の傾向にそぐう香味で、ついつい手が伸びてしまうのです」
思い出す様に、うっとりと頬に手も添えて白いローブを着る淡い髪色の伝達者が答える。
ので――。
「それが本当なら、別にいいんですけどね」
――と、軽く相手の本音に交渉を仕掛けてみる。
その結果、予想より長く時計の針が動いたのち、見たことのない表情が視界で作られる。
「洋治さまに取っては関係のない事。しかし、今後は自主的に慎むとしましょう」
温度を感じさせない声で相手が告げる。が、直ぐに頬を緩ませ――。
「――という訳ですので、私の自主性を景気付ける為にも軽く一杯、どうでしょうか?」
「……――また今度で……」
次いで、あらァ。と、何故か陽気な顔で相手が残念がる。
さ、帰ろう。
――そうして夜、いつものようにリビングでする雑談。
本日は、昼夜逆転の境目で微睡む少女の頭をソファに座る自分の膝上に乗せて――。
「――という訳なんで、明日は朝から以前行った村へ行ってきます」
「分かりました。くれぐれも危険のない様に、注意を払い、行ってきてください」
そして隣に座る寝衣姿の相手が自身の妹をちらっと見る。
「勿論用心は欠かしません。ただ妹さんと、今回はホリーさんも居ますし。目的自体が単純なお使いなので、危険は少ないと思いますよ」
「その様な事はありえません。道端の小石一つとっても、命を絶つ凶器になり得ます」
だとしても、そんな危ない価値観が浸透している所に行く予定はないのだが。
と、度々膝の上で寝ている少女に目を向ける、日中は上げている髪を下ろした相手を見つつ思う。
「……まぁ、それも踏まえて、気を付けておきます」
「はい、宜しくお願いします」
そう言って、にこっと頬が和らぐ。
ふ、ふム――。
「――ジャグネスさんは、何を?」
「明日でしょうか? 明日は、普段より早くから訓練を始める日です。が、それ以降は通常の任務内容となっています。――何故でしょう?」
ム。――うーん。
思わず考え込む。
と覗くようにして髪を横に垂らす女騎士の顔が視界に入ってくる。
「……どうか、しましたか?」
「ぁーいや、どうってコトはないんですけど……」
「――けど?」
そう返して、相手が小首を傾げる。
ふム。
「なんとなく……ですね。――なんとなく、ジャグネスさんが明日なにをするのか、気になっただけです。理由はありません」
そして自分でも何故聞いたのかが分からない。
――にもかかわらず、目の前の相手は笑みを浮かべて嬉しそうにする。
ので、まぁいいか。と納得して、膝の上で眠る少女を揺すり。
「そろそろ、寝ましょう」
と二人に声を掛ける。
すると目を開けた寝惚け眼の少女に、揺すった手の首を掴まれ――。
「――……一緒に寝る」
ム。
「エリアル……? 貴方、寝惚けて?」
少女の頭部が小さく横に揺れ動く。
「……一緒に、寝る」
次いで、徐にふわっと立ち上がる少女が自分と姉の手を取る。
「……行こ」
「ぇ? ぁ――ェ、エリアルっ?」
と言って驚きはしつつも拒む様子のない姉と共に先行する少女に引かれ、半ば自発して付いて行く、途中――。
異世界に川って字、あるのかな。
――と思い、悩むのだった。
明けて、朝――城に到着して直ぐ行動を別にした後、ボサっと髪の少女と向かった馬車乗り場で例の如く現れた黒髪の少女が、若干遅れて走って来た短い髪の騎士を見て――。
「アンタそれ、どうしたの? 少しだけど血、出てるわよ」
――と、切らす息を早々に整えて顔を上げる回復力の高い騎士の額中央を指し、言う。
「いやぁ、来る途中にすっ転んでしまい、偶然落ちていた小石が刺さったのですよぉ」
アハハと騎士が後ろ手に頭を掻く。
よし、細心の注意を払って今日も行こう。




