第41話〔差し当たって これは事故なのだろうか?〕②
ノック後、部屋主の返事を待って扉を開ける。
すると――。
ム。
――見掛けに全く合っていないダンディ感が漂う医者と、いつものローブを着る預言者が足を踏み入れた自分に会釈をする。
「どうもです。クーアさん、来てたんですね」
言いつつ、部屋主が座っている机の前で立つ医者の近くに足を運ぶ。
「来てた。と言うよりかは、キミを待っていたよ」
ム――。
「――自分を、ですか?」
相手の横で足を止めて、首を傾げながら聞き返す。
「ああ、そうだよ。キミを、待っていたんだ」
瞬間的に爽やかな笑みを見せ、キラキラと医者が答える。
「なんでまた……。あー――医学書の、追加ですか?」
「いや、それは事足りているよ。今回の件とは殆ど関係がない」
ほとんど……?
「だから早速、本題に入ろう。洋治くんは以前わたしが言ったコトを覚えているかな?」
「……どのコトについて、ですか……?」
「わたしがキミと、初めて会った時のコトだよ」
ム……はじめて。
「ええと。ちょっと、分かりません」
すると何故か、ふっと相手が寂しげな顔をする。
ム?
が直ぐに、にこっと笑み。
「ウン、無理もない。わたしだって、そんな前の事は判然としないからね」
「はぁ……」
なら、何故に聞く。
「しかしだ。以前わたしが、加護の損失を口述した事は覚えているだろう?」
ム。
「それは――はい、覚えています。その話のコトですか?」
「ウン、そう。その話の続き――いや、進度を語りに、わたしは来た」
「……なるほど。けど、どうして、クーアさんが? あと、なんで自分が」
「キミだけが唯一、彼女の支配下ではないからだ。そしてわたしは仲介者ではない」
「仲介者……?」
「神と人を取り持つ、仲立ち役だよ」
――なるほど。
「要するに、女神様と預言者様の関連ですね」
「そう、キミの察しで申し分ない」
と医者が面持ちに本腰を据えて言う。
ム……?
「――ところで、最近身近な所でオカシナことは起きてないかい?」
途端に医者がほわっと表情を変える。
「……ええと」
毎日が、オカシナことだらけなのですが。――しかし。
「強いて言えば、最近忙しそうですね?」
と、少し前から気になっていたことを口にする。
「ウン? ――そうなのかい?」
自分と同じ様にくるっと顔を預言者の方へと向けて、医者が問い掛ける。
そして急な振りに一切動じる様子なく、自身の席で茶を啜っていた白のローブをフードは被らずに着ている淡い色の長髪を一括りのおさげにした大人の女性が和やかにカップを下に添えていた受け皿と一緒に書類などが乱雑する机の小さな空間に置く。
「最近、とは誤断です。私は何時も多忙を極めた、柔順な信者、です」
「……それは失礼したね。――で、事実なのだろうか?」
「たった今、申したとおりです」
今までに一度も見たことのない、嘲る様な笑みで、預言者が告げる。
「……そ、そうだったね……」
ふ、ふム。
次いで、ふと思った。ので――。
「――二人って、旧知なんですよね?」
瞬時二人の顔が自分に向けられる。
「おや。誰が、そのようなことを?」
「クーアさんです」
直ぐに預言者の眼が医者に転じられる。
「いつ頃から、そのような無徳の関係になったのでしょうか?」
すると医者が相手の眼差しを受け付ける感じで。
「――わたしは、事実を言ったまで、だよ」
「虚言とは癖になるもの。一度、診察されることをオススメいたします」
「それでは古い知人の名医でも、紹介してもらおうかな」
「ええ、では先日に知り合った腕のよい治療師を引き合わせるとしましょう」
「ああ、楽しみにしているよ」
そして視線を外す預言者が座っている椅子ごと回り、窓の方へと向きを変える。
ムム……。
結果、明らかによくない雰囲気を受けて医者がこっちを見る。
「ご覧の通り、フェッタ様とは然程相性がよくなくてね。どちらかと言えば彼女の祖母、ベネッタ様との面識が深かった」
「なるほど……」
「――祖母は、お人好しの変わり者です。母とも度々、衝突しておりました」
窓の外を見ながら、自分達に背を向けたまま、預言者が口にする。
ム。
「そういえば、預言者様の身内って――近くに居るんですか?」
以前に形見の品と言っていた以上、一名の所在はなんとなく察しはつく。が、その他は存命していてもオカシクない。
ただ年齢はもとい、いろんな面で謎の多い人柄な為、何かに付けて断言は出来ない。
「……――神の使いに、家族などは居りません。預言者とは唯一無二の存在。祖母の話も、過去の因縁からそう表現するのが単簡であると判断したまで、でございます」
ム――。
「――……因縁?」
と、変わった表現をする小柄な割に大きめのローブを着ている相手の背に、内心で首を傾げつつ問い掛ける。
すると横から急にダンディ感の漂う爽やかな医者の顔が自分の名を呼びつつ視界を覆い。
思わず仰け反ってから若干後退り――。
「――は、はい……?」
「洋治くんのご家族は、どんな人柄の人達なんだい?」
何故か背筋を正してニコリと微笑み医者が言う。
そして何故か、預言者の背がピクリと揺れ動く。
「……――特に変わったところもない、普通の身内です」
「なら、変わり者は洋治くん一人かい?」
「え、変わり者……?」
無意識に自分の顔を指す。
「ウン、そう。変わり者だろう?」
そんなバカな。
「……そうですか?」
周りを見れば霞む程度の個性しかない、と思うのだが――というか、言ってる相手は自身を棚に上げている気も――いや、上げている。
「自分なんて、大したコトないと思いますけど……――」
――絶対に。
「マアそうだろう。周りが、極端だからね」
ム。
「しかし惹かれ合うのは、互いに感じる魅力があるからだ。だから、相対的に言えば、洋治くんも変わり者だよ。イヤ、皆を引き付ける分、度合いで言えばどぎつい」
ど、どぎ……。
「……まぁ、その」
其処で預言者がくるりとこっちを向く。
「貴方が洋治さまの事を語るなど、百年早いと思われますが」
「――そうかい? しかしわたしは、二百年は生きている憶えだよ」
「不確かな生など合算に値しません。時に、これ以上のおふざけは聞くに堪えず。用を済ます気がないのであれば、自らの本分に戻られては如何でしょう?」
「ウン、いいのかい? わたしの口からでなくて。世知辛い話だろう?」
「それ故に後悔しております。貴方に頼んだ私が、不合理であったと」
「仕方のない事だ。失敗に気づくのは、肌のシワを見つけるよりも難しいからね。故に悔やむ必要はないよ」
ピシ。自分の耳に、もとい目に、見えるはずのない亀裂が確かに生じる。
そして、おやおや。といった感じで笑い合う二人の間から――。
コワ。
――と身を引く。
「では話は後日、わたしの家でしよう」
「はい、分かりました」
次いで、では。と、終始ニコニコ顔だった医者が扉を開けて部屋を出て行く。
ふム。
一息を吐き、預言者の方に向き直る。
「よかったんですか?」
結局、それらしい話は何もなかった。
「不要とは思いません。さりとて今日のところは私の個人的な見識が撥ね付けたのです」
ふム……。
「……苦手、なんですか?」
「私に好き嫌いはございません。有るのは敵か味方かの区別のみ、意識する意の振る舞いは一切有さずに活きております」
なるほど、イが多いな。
「――けど、大事な話だったんじゃ?」
「たしかに重要な内容ではありましたが、これより私がする話で、なんとか代理をいたしましょう」
「……――そんなんで、いいんですか……?」
「まァ手先と足先ほどの違いでしょう」
ふム。――マったん。




