第40話〔差し当たって これは事故なのだろうか?〕①
イテテ。
身動ぐ際に伴う不意の痛みで、反射的に手を腹部にあてがう。
「ヨウジどの、大丈夫ですか?」
と向かいに座る、一週間が経って毛の様子も随分よくなった騎士が心配げに聞いてくる。
「はい、大丈夫ですよ。まだ少し痛みがあるだけですから。――ホリーさんのほうは、どうですか?」
「ハイ、ワタシも順調です。預言者さまに頂いた育毛剤は画期的です」
そう言って、いま少し左右で分量の違う頭髪を大事そうに撫でる。
いや――。
「――そっちじゃなくて……体のほうです。痛みとかは?」
「ぇ? あ――ハイ、そっちは微塵も問題はありません。二日くらいで治りました」
凄いな。
「ワタシ、昔から治りは早いんです。ただその分、死ぬ時も呆気ないのですけどぉ」
ハハハと相手が笑う。
むしろ、だからこそ、早くなったのでは。と苦難を受けやすい性質に心なし同情する。
――そんなかんじで過ごす一週間後の午前。いつもの様に奥の席で眠る赤い魔導少女や、仕事中に雑誌を見る短い髪の騎士に日常を感じつつ、一週間前の事を思い返す。
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「なるほど……、それで」
角度を上げたベッドに上体を預けて話す、病衣を着て腹部に包帯を巻かれている自分の体に目を向ける。
そして、あ。と思い至り。
「ホ、ホリーさんは? ホリーさんは、平気なんですか?」
はっきりと目にした訳ではないが、状況的に自分と同じ目に遭ってるはずだ。
「ご心配には及びません。先ほど申したとおり、叱責を受けれる程度の軽傷です。そうですね――アリエル」
と、自分が横になっているベッドの脇で立つ預言者が直ぐ隣で床に膝をつけて反省の姿勢をとっている女騎士に顔を向ける。
「はい……」
ふ、ふム。
すると預言者とは反対の脇に居た黒髪の少女がベッドの上に手の平を置き、半分乗り掛かるような体勢になって。
「ほんと、最後の最後で伴侶がトドメをさして、どうすんの? まったく笑えないわよ」
ささってはいませんよ。ただ、危うく決定打になりそうだったけども。
「……申し訳ありません。ですが、あれよりも速度を抑えては二人を助けるのに、間に合わないと思い……」
「そっちじゃなくて。わたしが言ってんのは、最後の飛び込みのほうよ」
「ぇ? ぁ。アレはっ」
もじもじと顔を赤らめて女騎士が俯く。
途端に脇の二人から、なんとなく、不穏な空気が漂う。
ム……?
「――アリエル、私が思うに貴方は今回の一件を事前把握していたのではないですか?」
「ぇ? 何故――いえ、どういう訳でしょうか?」
「私の想察では、エリアルから多少の事情を何らかの方法で伝えられていたものと思っております。如何でしょう?」
「えっと……――ハイ、確かにエリアルはヨウ達よりも先に、私の所に来ました」
なぬ。
「ではナゼ、貴方は事前に知らされていたにもかかわらず、今回のような――失態を?」
ム。
「そ、それは……――言い訳がましく言いますと、伝えられた内容が極めて断片的なもので……理解を進めるのに、少々時間を要し、その結果」
「もう十分です。貴方の言い分は、よく分かりました。どうも貴方は身体の鍛錬ばかりで、物事に対する心得が不足している様子ですね。ゆえに、それでは王国騎士団の長としては分不相応。一度、貴方の身の上を考えるとしましょう」
「……申し訳、ありません……」
ムム――。
「――けど、結果として見れば、丸く収まったのでは……?」
途端に、こうべを垂れるように俯いたばかりの騎士がパっと顔を上げる。
はやい早い。
そしてそれを見てか、眉をひそめる様な表情で預言者が自分の方を向く。
「そうでしょうか? 他に、誰も傷付かぬ方法はあったものと、思われますが」
「かもしれません。けど、可能性の話なんてするのは預言者様らしくないですよ?」
いつもは終わりよければな感じなのに。
「それは……」
と言って預言者が口を閉ざす。が直ぐに改めた様子で。
「今回の一件、最も甚大な被害を受けた洋治さまの審判がそうであらば、私は従うとしましょう。しかしながら以後、同じ事が起きぬよう、後日私から口頭でのみ窘めはいたします。それで、宜しいでしょうか?」
「はい、それは自分が関与することではないんで。口は挟みません」
途端に、がっくしと騎士が項垂れる。
……――相変わらず、感情が態度に出るタイプだな。まぁ、それはそれとして――。
「――ところで、審判で思い出したんですけど……女神様の方はどうなったんですか?」
「おや、確かに御姿が見えませんねェ。――アリエル」
ピクリと女騎士の肩が動く。
「め、女神様は、向こうでホックさんと一緒に居られます……」
加えてベッドに手を置いていた少女が体勢を変える。
「アンタの、妹はどうしたのよ? 呼びに行ったわよね?」
「ハ、ハイっ。エリアルなら私の所に朗報を伝えに来ましたっ」
「で、アンタが真っ先に飛んで来たのね」
「はいっ恥ずかしながらっ」
「……――べつに、恥ずかしくはないでしょ。自分の、旦那なんだから」
「ハ、はい。とっても嬉しくて、無意識に気分が浮かれてしまい!」
「……――あ、そ」
つっけんどんな物言いで少女が告げる。
ム……?
「じゃ、わたしはあっちの様子でも見てくるわ」
次いで素っ気なく、少女が髪をさっと撫で上げて言う。
するとそれに合わせたように扉が静かに開き、赤黒い髪の少女と――。
え。
――頭髪が無い為、頭皮が半分ほど見えたウサギ跳びの様に膝を深く曲げた姿勢の騎士がちょこちょこと部屋に入ってくる。
そして自分達の所に来るなり、低姿勢の騎士はどかっと床に腰を下ろし。
「だはッ、疲れましたーっ」
「……――なに、やってるんですか……?」
新しく取り入れられた特訓だろうか。
「いやぁ、それがですね。元の姿に戻った後、なかなか筋肉がいうことを聞いてくれないのですよぉ」
なんだその、どこぞの芸人が言いそうな台詞は……。
「……どういうコトですか?」
「はい。――其の実ワタシ、子供の頃に戻った訳ではなかったのですよぉ」
「え? いや、けど……見た目は完全に、子供でしたよ?」
「はい。――なので、見た目だけが子供になってたみたいです」
ムム……?
思わず小首を傾ける。と――。
「――その点についてはのちほど、ご説明をいたします。それよりも、主の御姿がありませんが、二方と共に居られたのではないのですか?」
やって来た二人の方、主には少女の方を見て、預言者が尋ねる。
「……知らない。飛んでった」
「おや、どのような訳で?」
続けて、そう尋ねる預言者と、答える様子もない少女の間で低い姿勢から二人を見ていた髪が半分無い騎士の顔が質問した側に向けられる。
「女神さまなら、泣きながら窓の外へ飛び出して行きましたよ?」
なぬ。
「おや……それはまた、何事で?」
「さぁ? ――ジブンには分かりません。ただ、おぼえておれよ、オニムスメッ! と、出ていく間際に吐き捨ててはいました」
ムム。
「おやおや、それはまた――厄介な」
確かにややこしそうだ。
「さりとて、後を追うことは難儀。お帰りを待つとしましょう」
ふム。
そして、いつの間にか移動していた黒髪の少女が横から現れ、低姿勢の騎士に近寄る。
「で、アンタはどうすんのよ?」
普段は見上げる側が見下ろし――。
「なにがですか?」
――と、珍しい角度で、いつもは目線を下げる側が斜に構えて返事をする。
「なにって……アンタ、その髪はどうすんのよ? メんど神が居ないと、直せないんじゃないの?」
途端にアッと、世紀末が半世紀ほど近付いた頭部に触れ、騎士が声を出す。
「どわぁあッどうしましょうっ、いますぐ女神さまを追わないとぉ!」
「ムリなんじゃないの? 第一、その頭で外を走り回るつもり?」
「イヤですッそんなコトをしたら、ジブンの女性的な物質が滅んでしまいますッ!」
どういう表現だ。
と内心でツッコミ、慌ただしくなっていく現状を部屋に居る大半と同じ様に眺める。
すると、ベッドの脇に居る預言者が静かに顔を寄せてきて――。
「――洋治さま、早急と言う訳ではありませんが、後日、体調が戻り次第ご相談したい事がございます」
ム。
「相談、ですか?」
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――さて、そろそろ行くか。
と座っていた自分の席から立ち上がる。
「む。――預言者さまのところへ、行かれるのですか?」
読んでいた雑誌を机の上に置き、一週間前に比べて随分と見栄えはよくなった短い髪の騎士が何故か興味ありげに聞いてくる。
「はい。約束の時間なんで、行ってきます。なので、いつも通りに、お願いします」
「分かりました。お茶の用意をして、待っていればいいのですね!」
違いますよ。




