第38話〔一体なにが〕⑬
開始後しばらくして、二人の遣り取りが一種の指導である事を理解する。
そして残りは二分、このまま。
「ツマランっ、ただただツマラヌゥ」
いつの間にか、元の市松人形に容貌が変わっていた聖女が苛立った様子と声で告げる。
「まぁでも、決まりは破ってませんよ」
「ナニを言ぅ! あんなのは茶番じゃっ八百長じゃッ。ワレが観たかったのは討ち合い、壮絶な生命の遣り取りなんじゃっ!」
そんなディスカバリーな番組で言ってそうなことを言われても……。
「……なんで、そんなのが見たいんですか?」
「弱点を知るためじゃ」
「……弱点? 何の弱点ですか?」
「何を言うておる。そんなのは、鬼娘のに、決まっておるじゃろ」
「ジャグネスさんの? なんでまた」
「あの者を処罰する時に必要だからじゃ」
「……処罰って。どういうコトですか? 罰がどうこうという話は、まだの筈です」
「確かにの。じゃが、そうなる前に用意しておくのは周到で、よいじゃろ? ――なに、そう心配するでない。現時点では、ただの備えじゃよ」
「……――けど」
「それよりもじゃ。このような見世物で、ワレは納得せぬぞ。早う戦わぬかっ、もしくは弱点を見せい!」
――もはや完全に野次馬だな。
若干、呆然に思う。
すると腕を組み向こうの様子を見ていた少女が自らの腰に手を当てる形で身動ぎ。
「アンタ、ほんとになんも分かってないわね。騎士さまの弱点なんて、とことん見え透いてるじゃない。――分かんないの?」
ム。と、宙に浮いている聖女と共に少女の方を見る。
「どういうコトじゃ? 説明いたせ」
直ぐにジっと鋭い少女の眼が聖女を睨む。
「ス、スズキーさんは……どのような、お考えをお持ちかな……?」
スゥっと静かに降下しつつ、物腰を柔らかく慎んだ口調で聖女が言う。
「ん。――そ、ね。間違いなく、騎士さまの弱点は――水内さんよ」
ム。
「ホウ。ナゼ、そう思うのじゃ?」
「思うもナニも、そんなのは基本中の基本、王道を征く王道よ」
否定は出来ないが、もの凄い特撮臭だな。
「なるほどの。ではヨウジを人質にすればよいのじゃな?」
いやいや。
「アンタなんかに、できるんならね」
「なに、どういうコトじゃ?」
「アンタ、そんな体で、どうやって水内さんに触るのよ? こっちが触れないなら、そっちだって、触れないでしょ」
なるほど。
「――そのようなコトはないぞよ。遣り様は、ごまんとあるよってな」
ム。
しかしながら、というところで、そろそろ。
と、二人の方を見る。
――え?
***
アリエルが指し示す箇所を斬る幼いホリの腕に刃先を掴まれた故の反動、衝撃が走る。
と、直ぐに相手の顔を見る幼い目は、自身の背後に向けられている女騎士の眼差しに釣られ刃先を掴まれている剣の柄を持ったまま、振り返る。
――其処に、発光する粒子が集まっていた。
*
いやいやいや。
突如として地面から沸き上がるように現れた光りの粒が宙で集い。その後、大きな集合体となってから一つの形を成し、緑に色付く。と、そのデカい図体は立ったまま、皆を虚ろな瞳で見下ろす。
いやいや、なんで。――トロールが。
突然、皆が見ている前で、訓練場の平地に現れた緑の体表を纏う大きな体。ただ、出てきた以後は全く動く気配すら見せず、目を開いたまま立ち尽くしている。
ム、ムム。
そして誰もが現状を把握しきれていない雰囲気で静止する中、真っ先に顔の向きを変える少女が自分との間に居る聖女を見る。
「ア、アンタ――なに、やったのよ……?」
「ひょえ? ワレはなんにもしておらんよ?」
「だッたら。――アレは、なんなのよ」
「ンー? ああ。アレはの、いわゆる失敗作じゃ。今より遥か昔にワレが拵えた」
なぬ。
「そんなコト、今はどうでもいいわ。そうじゃなくて、なんでアレがイキナリ出てくんのよ。て言うか、なんで動かないのよ」
「偶然、この場に蘇生したのじゃろ。動かぬのは、まだ中身がないからじゃ。――ほれ、魂が入りよる」
そう言って指される場所を見る自分の目には何も映らず。ただこれまで空虚だった存在から突として、灯がともる様な熱を感じ始める。と、ぼうっと一点を見つめていた瞳に、明らかな命が宿り。次の瞬間には、ギロリと自分達を見つける大きな身体が――。
「ブフ、ブ、ブモオォォォォッ!」
――体を内側から叩くほどの唸り声を口から吐き出す。
次いで、思わず身を竦ませる視線の先で背丈が四メートルを優に超える人形の、猿と豚を掛け合わせた様な顔が最も近い所に居る幼い少女へと向けられる。
マズい。
「ブモッオオ!」
続けて上がる雄叫びとも取れる小さな唸り。
強張る脚になんとか力を注ぎ、前へ出ようとした矢先――グイと肘の服が引っ張られる。
直後、え? と振り返る先に――。
「い……妹さん?」
――黒みがかった赤色の乱れた髪と丈が短い外套を羽織る少女が居た。
「なんで、ここに……?」
というか、なんで今。
そう思う自分に、見たことのある包みが赤い少女の小さな手で差し出される。
ム、これは……。
「……サンドイッチ? 何故……?」
「あげる」
いつも通り、徐に少女が言う。
「いや、けど……――」
――……この状況で。
「ブモッブフ、ブモオォッ!」
地を揺るがす様な唸り声と共に足元が揺れる。
うおっ。
咄嗟にグラつく体を踏ん張って支え、振り返ろうとした矢先に肘が引かれる――。
「――こっちも。どっちがいい?」
と新しい包みを出した少女が二つを同じ手の上に乗せ、自分に見せる。
い、いや――。
「――今は、そんな場合では」
途端にズズゥン! と、再び地面が大きく揺れ動き。
次は何っ。と振り返る視界に――。
「あ……あれ?」
――地に倒れ伏す大きな体と、剣を静かに下ろす女騎士の姿が入る。
もう、終わった……?
続けて服ごと視界を引かれ。
「……――ええと、……そっちで」
ハムサンドを選ぶことにした。
「大丈夫ですか……?」
聞くまでもない事ではあったが体裁的にも、一応、聞いてみる。
「はい。私は、全く問題はありませんでした」
包みを片手に持って歩み寄る自分に平然とした表情で剣を収納しつつ女騎士が答える。
「……私は?」
「はい。実は……」
と、女騎士が幼女の方を見る。
ム?
足を止め、釣られて目を向ける自分の視界に立ったまま涙を流している幼い女子――と、その足元に濡れた地面を見付ける。
ム、これは……。
其処に、自分の後を追う形で来た後続が到着する。
「ん。どうかしたの? 二人して、変に固まってるわよ」
何故かドキッと、自分の胸が強く動悸を打つ。
「な、なに……? どうしたの……?」
状況的に自分が陰となり見えてはいないであろう事から、疑問を持った感じで、やって来た黒髪の少女が口にする。
な、なんとかして。
と決心し、少女の方に向き直る自分の横をスーっと幽霊の如き存在が通り過ぎる。
え。
「――ヌ。なんじゃおヌシ、小便漏らして泣いておるのかえ?」
ちょっ。
「え。マジ?」
続いて黒髪の少女が横を通り過ぎて行く。
あぁ……。
次いで自分の傍に来た女騎士が、幼女の方へと顔を向け。
「……正直、私であれば、自ら絶ちます」
何をでしょうか。




